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ブラック副業、第二皇子隠れ補佐  作者: summer_afternoon
北の国から銀取物語

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36/61

漏れ出たフェロモン



 十王府に第二皇子を送り届けた後、朱氏様は探るようにこちらを見た。


「私は屋敷に帰る。この時間なら浩宇がいる。一緒に来るか?」

「行き……。馬を返しに行きます」


 会いたい。会いたい。すっごく会いたい。でも、湯浴みして着替えてから。長旅で自分が全体的にヨレ〜っとなっているのが分かる。男装でしか会えないなら、せめて綺麗な姿を見せたい。

 

「そうか」

「よろしくお伝えください」


 朱氏様は、十王府の馬車で自宅へ帰って行った。


 そーだ。銭湯へ行こう。馬で行きたいところだけど、この子だって疲れてる。先に厩舎へ帰してあげよう。


 馬思いは裏目に出た。


 厩舎を出て歩いていると、誰かが道の向こうから走ってきた。「あれ? 走ってる人がいる」と思いながら見ていると、そのまま速度を緩めず、私に飛びついた。浩宇だった。


「おかえり! 瑞」


 パニック。抱きしめられちゃってる。がしって。私、髪、きっと臭い。体も。浩宇って結構体格いいかも。腕、意外に太い。顔、近っ。どーしよ、マントだっていろんな(にお)いついちゃってるし。ああっ、人が見てる。ちょっと。@_@


「浩宇。こんなとこで」


 抱きしめないで、という言葉が口から出そうになる。


「長かった。無事でよかった。すっげー心配だった」

「あ、あのさ。今、銭湯行こうと思ってたとこ」

「じゃ、オレも行く」


 しまった。女だってバレる。

 

「いや、えーっと。でも、すっごく疲れてるから、先に寝よっかな」

「あ、朱氏様からの伝言。十王府に帰ったら休みにくいだろうから、1週間くらいどっかの宿で過ごせってさ」

「やったー」

「な、宿どこ泊まる? 行こ」

「浩宇、2次試験、今、結果待ちだっけ?」

「そ。一応、ちょっとはほっとしてるとこ」


 宿を取った。通常、宿の1階が食堂になっているけれど、浩宇は食事を部屋まで運んできてくれた。テーブルに並んだのは、プラス、道々買った食べ物とお酒。


 先にお風呂に入りたかったな。


「無事に帰って来れたのは、浩宇のくれたお守りのおかげだよ」

「オレも。2次まで頑張れたのは、瑞が結んでくれたから」


 2人での食事は楽しい。旅の話はつきない。8割、おじさん。渋っ。


「朱氏様さ、しもやけんなっちゃって。その人に、お湯の中でマッサージしてもらってた。マジで飯テロ。気が利くし、ハンパない強さ。理想の嫁タイプ」

「はははは」


 とんでもなく疲れていたはずなのに、少しでも長く、浩宇と一緒にいたかった。浩宇がお酒まで買ってきたから効果覿面。気づいたら、あくびを連発してて。……それでも浩宇は一緒にいてくれて、笑いながら優しい声で「寝ろよ」なんて。


 朝、浩宇の服を握りしめたまま、ベッドで目覚めた。


 酒臭っ。それに串焼きのタレの匂い。漬物と鶏の出汁のスープの匂いまで。ぼーっとテーブルを見れば、串や落花生の殻がまとめてある。宿の食器も返してある。頭が働かない。もう一回、寝よ。


 こて


 二度寝した。


 再び目覚めてベッドから起き出す。左足で靴を引っ掛けたら……ん? なんか違和感。靴から靴下がころりんと転がり落ちてきた。右の靴もそう。


「えっ?」


 待った。どゆこと? 記憶を必死に手繰り寄せる。浩宇が部屋から帰る記憶なんてない。眠ってしまった私を、浩宇がベッドまで運んで、靴と靴下を脱がしてくれたってこと?! 恥ずい! 恥ずすぎて死ぬ! 全身が発火した勢いでベッドにダイブ。足を抱えると左の足首に赤い紐。旅の間、何度も触れたそれを指先で辿る。ありがと、浩宇。


 で、この浩宇の服、どーしたんだろ。私が持ってたけど。寒かったから掛けてくれたのかな。優しい。



 その日の昼ごろ、浩宇が服を取りに来た。


 やっと銭湯へ行った後で、心置きなく近寄れるようになったというのに、浩宇は少しよそよそしかった。部屋の扉を開けたのに、廊下に突っ立ったまま、一歩も入って来ない。


「昨夜、ありがと。風邪引くといけないからって、服、掛けてくれてた?」


 私が笑顔でお礼を言うと、浩宇は気まずそうに目を逸らした。


「瑞、覚えてない?」

「え。私、なんかした? え、服にお酒こぼしたとか」

「違う違う。大丈夫。瑞、酒飲むとああなる?」

「どーなった?」


 ちょっとちょっとちょっと。私が動揺していると、浩宇は俯いて真っ赤になる。えっ。まさか私、浩宇のこと襲っちゃったとか。あり得る。疲れてて、緊迫した旅が終わって、目の前に大好物があったら、食べようとしたかも。


「寝たんだよ」

「あ。ベッドに運んでくれてありがと。悪かった。重かったよね」

「本当に覚えてない?」


 もう、勘弁して。どっどっどっどっと心臓が暴れ出す。いったい私。


「覚えてない」

「だったらよかった」

「ええーっ」

「や。オレの方が何、なんか、えと。いや。……」


 オーマイガッ。なぜ浩宇が言い淀んでんの。


「と、とりあえず、服返すよ」

「あ、どーも」

「浩宇、これ着ないで帰ったの? 風邪引くじゃん。まだ面接あるのに」

「服は……」

「服が?」

「……瑞が離さなかったから、置いて帰った」

「ええーっ。ごめん」

「いーって。マント着てきてたし。オレ、風邪引かねーし」

「だね。11月に野宿してたもんね」

「はは。覚えてなくてヨカッタ」

「え?」

「なんでもない」

「……」


 やっぱ、なんかしたんだ、私。


「あのさ、瑞」

「ん?」

「やっぱファンクラブがあるだけあって、ちょいフェロモン漏れてるからさ」

「え、私?!」

「あんま、疲れてるとき、飲むなよ。危ない。じゃ」


 浩宇は、逃げるように、、、じゃなく、本当に逃げた。


 何やらかしたんだよぉぉぉ、昨日の自分。


 ◇


 1週間、宿に籠るわけにはいかない。おじさんの正体を調べなくては。

 十王府にこっそり帰り、護衛の制服を取りに向かうと、同僚に会った。


「ああ、瑞。お疲れ」

「ただいま」


 同僚は、私がときどき別の任務に回されることに触れない。


「春香妃が心配なさってたよ」

「ご挨拶、した方がいいかな。休暇中なんですけど。一応」

「行っといで。シェシェも待ってる」



 留守の件をお詫びに行くと、春香妃は第二皇子とシェシェと遊んでいた。3月とはいえ、外はまだ寒い。

 

「わんわん」


 不意打ちだった。猛ダッシュして飛びついてきた特大の毛の塊。予想だにしない、どすっと重い一撃を喰らい、体がよろめき、地面に手をつく。体制を立て直す間もなく、顔にもふもふの塊がしがみつく。


「シェシェ、ちょっと」


 庭に倒された後、れろんれろん舐められた。不覚。子犬のつもりで歓迎しようとしたら、ほぼ成犬サイズになっていた。たぶん。ラフコリーの成犬サイズなんて知らんけど。とにかく、そこらへんを歩いている野良犬と同じくらいか、ちょい大きめ。私も子犬と思ってたけれど、シェシェの方にも自分が大きいという自覚がない。


 春香妃はころころ笑った。


「ははは。僕も同じ歓迎を受けたよ」


 第二皇子も春香妃の隣で笑う。


 昨晩、十王府に早馬が来た。「第二皇子が追い剥ぎに遭った」と。春香妃は心配して、十王府の門の内側で待ち続けていたのだという。春香妃は、門の内側から見ていたのだろう。朱氏様と私が十王府へ第二皇子を送り届け、深々と頭を下げて見送る姿を。


 十王府の春香妃は情報をシャットアウトされている。第二皇子が小麦を届けに北の国へ行ったことは知らされていても、共に行った者達が既に銀と一緒に帰ってきたことも、肝心の第二皇子がその中にいなかったことも、誰からも伝えられない。少ない手がかりをもとに推測するしかない。


「瑞、殿下を守ってくれてありがとう」


 そう労われたとき、涙が出た。けれど、密命。何も答えることができない。誤魔化すのであれば否定。けれどそれは、心からの言葉に誠実でない。ただ掌と拳を合わせ、頭を下げた。


「……」


 自分は素晴らしい人に仕えているのだと心が熱くなった。




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