銀山かもしれません
深夜。私は朱氏様の枕元に立った。蝋燭は消え、部屋には青い闇が満ちていた。朱氏様は気配だけで目を覚ました。
「どうした。瑞様」
「こんな時間に申し訳ありません。このような方法でしか連絡できないのです。同行する兵士達の素性は分かっていますか?」
「いや。選出は軍部に任せた」
「殿下が北の国近くで命を狙われるとすれば、先の北の国境の駐屯地のときと同じかもしれません。殿下は、後宮にいらっしゃるときから命を狙われています」
怖くて皇后様というワードを出せなかった。それでも「後宮」と言ったことで、朱氏様は私の言わんとすることを察してくれた。
次の夜、私の部屋に第二皇子、朱氏様、小汚いおじさん1名がやってきた。
「第二皇子と私だけ、別ルートで都に向かう」
朱氏様は大胆な予定を立てた。
第二皇子御一行は対外的な公務なので、大人数。誰が皇后様の一族と繋がっているか、雇われているか分からない。あるいは三日月港と、あるいは都のアヘンタバコを扱う商人と。
考えた末、影武者を置いて脱退。私と合流することにした。朱氏様は軍の指揮官だけに別ルートについて伝えた。朱氏様としては、武家出身の指揮官を最も怪しいと考えたが、責任者なので伝えないわけにはいかなかった。
一緒に部屋へ来た小汚いおじさんは、馬車を走らせるために雇われた御者だった。挨拶をしても、会釈を返されるだけ。朱氏様が彼を雇った理由は、彼が喋れないからだった。殺されるかもしれない、場合によっては途中で捨て置かれるかもしれない。彼は全て承知の上で引き受けた。
仕事を選べない立場につけ込んだ朱氏様に、憤りを感じた。はっ。これじゃ、戸籍のない流れ者にアヘンの精製やらせた三日月港の商人達と同じじゃん。おじさんは喋る箏ができない。読み書きもできない。だから、どんなトップシークレットを知られても、伝達手段がないから他の人に伝わることはない。家族もいないし、いなくなっても誰も探さない。使い捨てできる最良の駒。
「瑞、顔がこわいよ」
第二皇子が扇子を広げて、私から朱氏様への視線を遮った。
決意。絶対におじさんを殺させない。
「僕の影武者は、都で豪遊できるって喜んでたよ」
第二皇子が気を遣って明るい声を出す。下々の者へ気を遣わせてすみません。
「影武者はどうなさったのですか?」
「スカウトした」
昼間、朱氏様は街を出歩いて影武者のスカウトをした。第二皇子と自分の影武者を、背格好だけで選んだ。近くで仕える者達にバレるのは時間の問題とのこと。限定されるけど、顔見る人いるもんね。声も。その前に佇まいでOUTだと思う。気づかれた際には、文を見せることになっている。
手短に話を聞いた後、即、出発することになった。宿から出て驚いた。御者だと聞いたのに。馬車は二頭立ての荷馬車だった。荷馬車の中には、おじさんの生活用品やこれからの食料、飼葉などがあった。軍馬や都のセレブ馬車の馬を見慣れている私からすれば、馬はよぼよぼ。「馬を変えた方がいい」と言ったら、それは朱氏様も提案済みだった。
「馬を変えるなら引き受けないそうだ」
朱氏様の言葉が聞こえたのか、おじさんは笑顔で2頭の馬の首を撫でた。
結論、おじさんの馬はすごかった。最初は「こんなん、いつ都に着くんだよ」って嘆いていたけれど、ずーっと歩いている。あまり休憩しないタイプ。脚が極太で頑丈だった。たてがみがボサボサで見窄らしく見えるだけ。私がたてがみを手入れしようとすると、朱氏様から止められた。
「瑞様、軍の者がいるとバレる」
確かに。軍馬はたてがみを手入れする。けれど、荷物を運んだり、農作業の手伝いをする馬はぼさぼさ。このぼさぼさがカモフラージュになる。
私の役目は、人目の少ない場所では並走し、人のいる場所ではステルス見守り。そして、宿の手配、食べ物の調達など。
おじさんは料理上手だった。第二皇子はとても喜んだ。
「温かい肉って柔らかいんだね。ぜんぜん味が違う。湯気の立っている食べ物なんて初めてだよ」
第二皇子はいつも、毒味係に異常がないことを確認してから食事に手をつける。温かい食事は人生初だと言う。不憫。
寒さを除けば、そこそこ快適な旅だった。喋らなくても、おじさんは大抵笑顔で気が利いて、理想の嫁タイプ。ただ寒い。極寒の地の冬。降水量が少なく乾燥した地域で、雪がそれほど積もらないことは幸いだった。馬車が使える。
「霜焼けができた」
寒さに弱いのは、意外にも朱氏様だった。ご高齢とまでは行かないまでも、第二皇子や私の倍くらいの年齢に見える。血の循環は若者とは違う。おじさんはジモティだから別。おじさんは優しい。宿に着くと桶にお湯を持ってきて、朱氏様の足をマッサージした。いっぱい力仕事をしてきただろう、分厚い硬い皮の手で、にこにこしながらそれをした。
「朱氏様、マッサージのレクチャーを受けられたのですね。おじさん、部屋はこっちです」
もう自分でやってくださいと言わんばかりに、私は朱氏様からおじさんを引き剥がす。おじさんにこそ、体を休めて欲しい。冷たい雪と風に晒され、馬の休憩中は火を焚いてお茶を淹れ、料理し、馬の世話もする。これでは疲れ果ててしまう。
連日のおじさんによる飯テロに舌鼓を打ちつつ、和やかに旅路を急いでいた。
山の中、強い向かい風でなかなか進まない。馬車を止め、馬を休ませることにした。
「んー。っと。ちょっと用を足してくる」
人っこ一人見当たらない場所、第二皇子が荷馬車を離れる時、朱氏様も私も気を抜いていた。しばらくすると、少し離れた場所から第二皇子の声がする。
「ねえねえ、こっちにいい感じの洞穴があるよー。ちょっと臭いけど」
呑気。「臭い」って。雅な方なんだから、自分で「大」の方だと言わなくてもいいのに。行きたくなくても、ヒラ軍人、呼ばれたら行かなくてはならない。その辺にしてないでしょうね。
!
「殿下、伏せてください!」
パン
グオオオー
パン
どさっ
熊だった。洞穴の中にいたのだろう。第二皇子の立てた物音で冬眠中だったのに目覚めてしまったらしい。臭かったのは獣臭だった模様。
いつの間にかおじさんがいて、私達の無事を目で確認。熊の足を持って、ずるずる引きずって行った。
「うっうっうっ」
第二皇子は半泣きで、思わず掴んだそこらへんにあった草を布がわりに涙を拭おうとする。平べったいからといって、とても涙を拭けない。まだ動揺冷めやらぬ感じに見える。
「……」
第二皇子は泣き濡れた目で、やっと草に気づいた。そして固まって。「ヘビノベッド」と一言。
「ヘビノベッドですか?!」
忘れもしない、第一側室から聞いた、銀山の植物。これがあるところは、地表近くに銀鉱石がある可能性が高い。銃声に駆けつけた朱氏様は、引きずられて行く熊を見て驚き、尋常じゃない私の声に更に驚く。
「どうされたのですか?」
「朱氏、銀。銀山だ、ここ。この山の地表近くにたぶん銀鉱石がある」
3人で奇妙に沈黙する。トップof the シークレット。いくら喋ることができなくても、ジェスチャーで銀山のありかを伝えられるかもしれない。大丈夫。おじさんは会話の届かないところにいる。
第二皇子は、掴んでいた葉っぱを朱氏様に見せた。シダの葉の一部だった。
想像してたのと全然違う。蛇が寝転べるような、もっと刀のように長いものだと思っていた。でも、よく考えてみれば、蛇は丸まって眠りそう。第一側室が「なるほどって見た目」「なかなかのネーミングセンス」と仰った通り、爬虫類チック。シダという植物は一概にそういうもの。葉の裏は白っぽい緑色にぷちぷちと虫の卵の塊のような物が規則正しく並んでいる。胞子嚢と言うらしい。正直、美しくない。キモい。洞穴近くには草木はなく、岩が剥き出しになり、キモいヘビノベッドがわっさわっさ生えている。
第二皇子は扇子で岩肌をなぞる。
「ここに黒い筋がある。これが銀なんだよ」
ブラボー!
朱氏様は恭しく首を垂れた。
「殿下、我々は公式のルートを外れ、迂回しております。ちょうど、この山岳地帯の向こう側が北の国の銀山です。これは、素晴らしい発見でございます」
研究者の話では、銀は大昔の火山活動や地質の状態に由来する。だから、同じ条件だった近くには、銀山がある可能性が高い。山岳地帯の北と南に銀山。おおーっ。よかったね。第二皇子はやっとママに褒めてもらえそう。




