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ブラック副業、第二皇子隠れ補佐  作者: summer_afternoon
北の国から銀取物語

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31/61

赤い紐は再会の願い


 

 誰にも姿を見られることなく、ひっそりと都を出るつもりだった。


 軍馬の厩舎を出ると、マントに身を包んだ浩宇(ハオユー)がいた。夜が明けつつある早朝。白い息を吐きながら。


「浩宇、おはよ」


 まさか、私を見送りに来てくれた?


「おう。お守り渡しに来た」

「お守り?」

「毎回毎回、(ルイ)はとんでもないことに巻き込まれっからさ」

「しょうがないって。それが仕事だもん」


 待っててくれたの? こんなに寒い中で。鼻が真っ赤。


「会えてよかった。この間集まったとき、今朝って言ってたじゃん。変更してなくてよかった」

「言ってくれれば、夕べ会いに行ったのに」

「いや、夜は」


 浩宇は視線を斜め横に逸らす。半開きになった口から、ふわりと白い息が静かに生まれ、消えていく。 


「そっか。勉強、忙しいか」

「んー。なんてゆーか。夜って時間は誘惑が多い」

「は?」

「はは。あ、これこれ。お守り」


 それは赤い紐。


「2本ある」

「1本はオレの」

「ありがと。浩宇は合格祈願だよね」

「それもだけど、瑞の無事が1番かな」


 どきっ


 心臓が音を立てる。


 朝日が昇り切る前の光が浩宇の耳を赤く染める。浩宇は長いまつ毛を少し伏せ、所在無げに視線を泳がせる。


 照れくさいのかな。


 優しいね。


「着けるよ」

「今、着けるか?」

「だね」


 2人で道端隅にあった石に腰掛ける。と、浩宇は左足の靴を脱ぐ。え? 靴下も脱ぐ。ついでに足の指の間を広げて笑う。


「ほら、これ。白癬菌に侵されたとこ」

「水虫かよ。こんな感じんなるんだ?」

「見たことなかった?」

「うん。初めて見た。痒いの?」

「夏が特に。地獄」

「あはは」


 男の人の足だった。大きくて。ごつごつして。浩宇が自分の足首に赤い紐を一周させる。自然に手を貸したーーこの少し後、私はこれを後悔することになる。


 紐の両端を持つ。長さを調節して結ぶ。いい感じ。


「おおーっ。さんきゅ」


 浩宇はおどけて、左足の指をばらばらに動かす。器用。


「科挙の試験のとき、検査で引っかからない?」

「ただの赤い紐じゃん。大丈夫」

「そっか」


 靴下と靴を履いた浩宇が、そっと私の左足を手に取る。


「待った」


 心臓止まるかと思った。靴や靴下を脱がされるなんて。()ずすぎる。


「?」


 浩宇は首を傾げる。だよね。男同士なんだった。


「自分で脱ぐ」


 ぽい ぽい


「細っ」


 女にしては筋肉質で逞しい足でも、浩宇と比べれば、その華奢さ加減は一目瞭然。驚いて手を止めた浩宇から、赤い紐をするっと取る。取ったはいいけれど、足首を一周させたところで、浩宇が紐の両端を持ってしまった。さっきの逆。恥っず。なんか、めっちゃ恥ずい。


 ついさっきまで、あれほど寒かったのに。厩でお馬番と「寒い寒い」と繰り返し、冷たくかじかんだ指先に息を吹きかけ、何度も握り直していたのが嘘のよう。今は、耳が熱い。足に触れる冷気すら、浩宇が温かさに変えてしまった。足首に触れる指がこそばゆい。


 紐を結ぶためには浩宇は私の足首を見なきゃいけないわけで。浩宇の視線を感じる。どきどきと心音が大音響。結び終わった浩宇が顔を上げたとき、あまりの近さにのけ反った。


「ホント、ありがと。……次会うとき、浩宇、官僚んなってるかも」


 もっと気の利いたことを言いたい。風邪をひかないでねとか、科挙の試験、頑張ってねとか。そんな言葉を並べるべきなのに、喉まで出かかった言葉は、胸の奥で詰まってしまった。ーー絶対合格するよ。すごく央の国のこと考えてるんだもん。浩宇が官僚にならなかったら、誰がなるの。


 今は年末、年が明けて2月に2次試験、3月に面接。


「もっと早く帰ってこいって」


 浩宇の優しい声に鼻の奥がつんとする。しばらく会えない。官僚になっても、友達でいてくれる?


 ヤバい。心臓がきゅーって絞られてるみたい。泣きそう。男友達との別れで泣くなんておかしい。必死で涙をこらえる。


 馬に跨って何度も振り向いた。朝日が大地を完璧な朝に変えていく中、浩宇はいつまでも手を振ってくれた。


 ◇


 央の国から北の国へ入った最初の大きな街で、小麦の受け渡しが行われる。


 当日、私は民家の屋根の上から見守った。なぜ先回りしたのかが分かった。小麦を積んだ荷馬車は延々と何キロにも及んでいる。列は地平線まで続き、最後尾がこの街に辿り着くのがいつになるのか、想像すらつかない。先頭集団に第二皇子の馬車がある。腹這いで屋根にしがみつく私の手に雪が落ちる。1時間見守ったところで断念した。荷馬車が後から後からやってくる。凍死する。幸い、第二皇子は建物の中へ入った。


 延々と続いた小麦の列は、わずか数台の銀を載せた荷馬車に変わる。こちらは友好の証。


 役目を終えた央の国の馬たちは、荷車と共に北の国の馬と交換される。北の国は名馬の産地。何百頭という馬が、北の国の馬に変わる。北の国としては、央の国の馬は農作業や運搬用にするだけだが、荷車部分の頑丈な鉄の車輪が欲しい。Win-Win。


 残った荷馬車の数台に、メインの銀が積まれる。そして、その残り、わずか20台ほどの荷馬車に、毛皮や薬草、琥珀、チーズ、食料が積まれる。


 儀式や様々な手続き、兵士や馬の休息も兼ね、10日間滞在する。


 街は大賑わいだった。ここぞとばかりに商人達がやってきた。彼らの目当ては兵士達。北の国にとって、公務に同行する央の国のエリート兵士は上客。私は、皆に姿を見られないようジモティーに紛れた。


 ここまでは予定通り、狙われることはなかった。運んでいたのは小麦。第二皇子の使命は二国間の友好。道中に第二皇子が命を落とせば、北の国と央の国の国家間の問題に発展する。北の国の多くの人々が飢える。


 問題はここから。


 北の国と央の国は、過去。小競り合いを繰り返している。実際、第二皇子が1年半前、北の国に拐われた。小麦を手に入れ、銀を渡した北の国としては、第二皇子御一行を全滅させれば小麦と銀が手に入る。しかし、この危険を鑑みて、小麦を3回に分けて運ぶ。


 北の国が他の国から小麦の調達の見込みがあれば、たとえ国家間の問題となっても第二皇子御一行を攻撃するだろう。もともと敵対国。


 国境までは、北の国の軍も護衛してくれることになっている。小麦の調達を央の国に頼るならば、北の国としても、次の小麦の調達へ繋げたいところ。自国の野盗などに手を出されては困る。


 国境にある長い城壁の検問所を過ぎる。雪の中、北の国の兵士達は、黙したまま央の国の隊列を見送った。



 央の国に入ると、何百頭という北の国の軍馬が国境の駐屯地や検問所へ散っていった。壮観。


 最も危険なのは、央の国に入ってから都まで。


 まず、大量の銀。情報は漏れる。官僚から役人から兵士から小麦を売った商人から宿の従業員から。そこら中に目と耳がある。


 そして、第二皇子。アヘンタバコで儲けようとしていた商人達から恨みを買っている。かわいそうに。確かにアヘンや密輸を摘発したけれど、実質、シェシェや有能な王先生が暗躍してたんだよね。朱氏様の指示で。しかも、商人の屋敷の爆破に至っては、私の業務上の過失(軍で上官から厳重注意を受けた)。加えて、北の国との商売をしている商人達。


 思い返せば、最初から第二皇子は危険な目に遭っている。北の国に捕えられた。あれは、皇后様の一族が絡んでいたってことで、調査打ち切り&極秘処刑。最初から。そう、最初。最初っていつ。


『それが推しとの美しい運命の出会い』


 不意に、桃麗(タオリー)妃の言葉が頭に浮かんだ。10歳のとき、第二皇子が貰った干菓子に毒が入っていて、池の魚が死んだ。


 ……。 


 とんでもない見落としをしていた。最初から、生まれたときから、第二皇子は皇后様の一族に命を狙われている。北の国と内通していた将軍は皇后様の一族。だから、一族へのお咎めはなしだった。こうも考えられる。第二皇子がなぜ北の国境の駐屯地に送られたのか。皇后様の一族が将軍として駐留していたから。第二皇子が北の国に引き渡されることは決まっていた。鳩の足にあった紙を思い出す。「銀1000」。蹴球(サッカー)大会のときも第二皇子は命を狙われた。



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