銀の流入が減る理由
「そっか。浩宇、この後も帰ったら勉強?」
「だな」
「じゃ、もう早く解散しなきゃ」
「2ヶ月ぶりだろ。もうちょっと。瑞、……オレは、会いたかった」
一瞬、息が止まる。
浩宇を見つめてしまった。目が合った。浩宇は自分の言葉に驚いたように両目を見開く。その刹那、半開きの唇。けれど、一文字に唇を成形し、斜め下に視線を逸らす。その一連の表情に意味が欲しくなる。
どくんと跳ねた心臓は、一瞬静かになったけれど、平常には戻ってくれない。
「……」
「すっげぇ心配だった。瑞は、瑞の仕事は、体張るじゃん」
「ありがと。心配してくれて」
「オレが勝手に、してる、だけ、だ、から。ま。……気にすんな」
「ははは」
浩宇は友達思いで。本当にいいヤツで。このポジションは譲れない。
やっぱ、自分が女って宣言するのはやめよう。
「そーいえばさ、友達から聞いたんだけど。カステイラ国がパエリア国の船を攻撃したんだって」
唐突に浩宇が言う。話題の方向転換ぶりがすごい。確かに空気、変だったかもだけど。私に下心があるから、変に感じちゃったかもだけど。それにしても強引。
「ん? それが?」
「原因は、東の島国が貿易をほぼしなくなったこと」
「んんん?」
「央の国に入ってくる銀が減る」
「は?」
なんで? カステイラ国もパエリア国も央の国から遠〜く離れた異国。しかも、東の島国は海を隔ててお隣さんであっても、央の国とは昔から貿易していない。央の国の銀とは何の関係もない気がする。
浩宇は丁寧に説明してくれた。
東の島国が貿易制限をした。
東の島国は金銀銅がざくざく採れるチート国。チート東の島国の少ない利権を巡って、カステイラ国とパエリア国が喧嘩。大陸から銀を運ぶ船が来なくなった。央の国は、生糸や陶磁器を輸出してパエリア国の銀を得ている。
何より驚いたのは、国交がないはずの東の島国の銀が、カステイラ国の船で央の国にもたらされていたという事実。
「へー。カステイラ国が東の島国から運んでくれてたんだ。直ではNGだから。やさしーじゃん」
私の反応はおめでたかった。「やさしー」で商人が動くわけがない。彼らは金、銀、銅の交換レートの差額を利用して爆益。遠路はるばる遭難と海賊の危険をおかしてまでやって来るほど儲かるから。商売人の正義は金儲け。
「会ったとき、瑞は銀の値段のことを言っていたじゃん」
「浩宇が、銀の価値は貿易で決まるって」
そんなにこっちを見ないでよ。浩宇の目は私が理解してるかどうかを探っている。見つめられたら、分かったよーな気がして来たよ。やだ、耳が熱い。
「とにかく、カステイラ国は央の国と東の島国を行ったり来たりして爆益だったんだね?」
「そーなんだ」
あ、浩宇がほっとした顔。
「喧嘩が終わったら、大陸からの銀の方はまた来るんでしょ?」
「いや。水銀が足りない」
「?」
水銀を使って岩石から銀を溶かし出す。そのため、銀を造れないらしい。
「せっかく税を銀に統一するとこなのに、銀が減ることばっか。ふぅ」
浩宇はため息を吐く。
「浩宇、そんなに考えてたら科挙の勉強できないじゃん」
「なんだろな。国を良くしたくて考えててさ。なのに、官僚になるための勉強がその邪魔になるなんて、本末転倒」
「はは。すごーい。金と権力欲しさで官僚になる人しかいないって思ってた」
「そんなことないって。税を銀にした官僚らとか、国のこと考えてるって。それに反対してた官僚だって、銀の安定供給前提ってことは問題視してた。ちゃんと考えてる」
どうどうどうどう。大根の冷菜を勧めて、ちょっと熱くなった浩宇を宥める。
「分かった、浩宇。まず科挙の勉強頑張れ。国のことは、それから」
「はは」
こーゆー会話だってさ、男同士前提だと思う。
◇
「私は非番なのですが」
困った顔など、目の前の第一皇子正室、桃麗妃には通用しない。西洋の彫刻が施された円テーブル正面から身を乗り出してくる。
「分かってるのよ。瑞、あなた、三日月港へ行ったのでしょう?」
「とんでもございません」
桃麗妃がテーブルに肘をついてアゴに手を載せる。テーブルは豊満な胸を受け止める。重そう。
「私はね、なにも、枯れ専の秘密を暴こうなんて思ってないの。ただ、1番近くで第二皇子様ーーああ、響きでけでもステキ♡ーーの勇姿を見ただろう人から話を聞きたいの。一緒に行った宦官は朱氏だけ。それ以外は男性ばかりだから、ここへ呼べないのよ」
自分の実家が米の中抜きをしていた件以来、桃麗妃は朱氏様のことが苦手だろう。でも、なんで私が三日月港へ行ったことがバレてるんだろ。
「まったく存じ上げません。そして、私は枯れ専ではありません」
「あのね、隠したってムダ。三日月港の密輸の大物が都へ連行されたの。『妙に綺麗な男が第二皇子様を助けに来た』と証言したらしいわ。その直後、尋問担当が、あなたの上官に変わった。あのね、下っ端の仕事を上官がするなんて、軍部のような縦社会であり得ないの。よほどのこと」
「……」
「私は即、瑞のことだって分かったわ。大丈夫。他の方々は、イケおじの朱氏のことだと勘違いしたようだから」
「……」
私は黙秘を貫く。
「ね、ね、ね。第二皇子様は単独で悪者の船に乗り込んで、密輸のアジトへ案内させたの? ペルシャネコを撫でながら話す密輸の首領を脅したの? 自分は第二皇子だと名乗って、密輸組織の者達をははーって跪かせ、それでも正義のために三日月港を爆破したのね!?」
いやもうなにそれ。「単独で悪者の船に乗り込んで」までしか合っていない。でもそれは、桃麗妃の想像とは全く違う。桃麗妃の想像では、きっと、第二皇子が刀を悪者につきつけてるよね。違いますから。腰抜かしてました。ペルシャネコとか首領とか三日月港爆破とか、もはやギャグ。
「分かりかねます。私は口外致しませんが、夫のある身でありながら義弟に心を奪われるなど、あまり大きな声で話されるのはいかがなものでしょう。部屋の外の侍女達に聞こえてしまいます」
解放されたくて、私はキツイ言い方をした。そんなことはどこ吹く風の桃麗妃。
「何を言っているの? 瑞。推しへの愛はもっと尊く高尚なもの。利害関係など一切ないわ!」
「……」
もうこれ、夫の第一皇子とは利害関係だって言っちゃってる。
「私が第二皇子様のファンになったのは10歳のときです。側近の侍女達は知っているわ」
第二皇子と桃麗妃は同い年。10歳のとき、桃麗妃は後宮に招かれた。親族の娘達で二胡や箏などの合奏をお披露目した。それが失敗して、桃麗妃は東屋で泣いていた。そこへ第二皇子が来た。
『桃の花の精かと思った』
「第二皇子様は幼いころからお優しい方だったのよ」
「……」
10歳のガキんときから、女に手が早かったなんて。才能。
そのとき第二皇子は「さっき貰ったんだ」と干菓子を桃麗妃に渡して去った。桃麗妃は干菓子を口に入れたが、変な味だったので咄嗟に池に吐き出した。それを食べた池の魚が死んだ。驚いで侍女に話すと、侍女から桃麗妃の母親へ話が行き、大至急後宮を去った。
「それが推しとの美しい運命の出会い」
いえもう、干菓子の犯人が気になってたまりませんが。
「後宮とは、恐ろしいところなのですね」
私が思わず感想を述べると、桃麗妃は遠い目をした。
「第二皇子様は本来、優秀な方。パワーバランスを考えて、ひたすら私の夫である第一皇子の前に立たないように努めていらっしゃるだけ。それが、皇帝陛下のご寵愛を縦にした第一側室様母子の生きる術だったのよ」
庶民とアッパークラスとでは感覚が全く違う。第一側室一族は、官僚の名だたる大臣を輩出している皇后様一族から見れば格下。第一側室は第二皇子に、第一皇子と共に授業を受けることを辞退させた。ひたすら遊ばせた。優秀ではないと街にまで噂が流れた。
「後宮内部のことが市井に伝わるなど不自然。噂はきっと、第一側室様が流させたのよ。能ある鷹は爪を隠すと言うでしょう? 最近の推しのご活躍を見ればそれが分かるわ」
爪、そんな鋭いもんあったっけ。




