みんなで処刑は勘弁
「何をしておる。これもやる」
ドゴン ゴト ガタン ゴロゴロゴロゴロ
商人が、積み上げてあった2箱目の銀の箱を床にぶちまける音がする。
「こんのお」
ばっ
飛びかかる寸前の足をオールのブレードで払う。ずでんと重い体重が床に転がる音が響いた。不思議なことに、床下に私がいることに気付いていない。暗い空間の中の更に奈落。
「くっそぉ」
商人は悔しげな言葉を吐き、脱兎のごとく逃げていく。バンッと両開きの扉が全開になった音と共に眩しい光が雪崩れ込む。
「へっ?」
逃げ出す雇用主に驚き、用心棒の1人も商人に続く。逃がすか! 艀から床上に躍り出る。扉から外へ。加速。商人を追う。背中が近づく。距離を詰め、渾身の飛び蹴り。ずでんと商人が地面に倒れる。その背中を足で抑えながら、右手で前方を走っている用心棒目掛けて、懐から出した塊を投げる。
ごん
命中&気絶。痛いよねー。なんたって、銀の塊だもん。さっき転がってきたやつ。
「おい、こいつがどうなってもいいのか」
いきなり背後で声がした。振り返ると、建物の前、第二皇子がもう1人の用心棒に抱えられ、喉元に短刀を突きつけられている。そのとき初めて、さっきまでの建物が蔵だったと判明した。第二皇子は蔵の扉の前。私からの距離、約10m。
「ル、ルイ、ごめん」
私は商人の背中から足を下さなかった。それどころか、立ち上がれないよう、ぐっと力を加える。
「放せ。そのお方を誰だと心得る」
私の言葉に用心棒は笑った。
「はっはっは。関係ねーな。オレにとっちゃ、金くれるヤツかそうじゃないヤツかだけ。こいつが偉いから偉くないオレらがいる。顔まで綺麗ですっげームカつく」
顔。確かに用心棒は鬼瓦みたいな面立ちに苦労が刻み込まれ、頬に刀傷まである。かわいそうに。でも、仕事だから。恵まれない容姿や刻み込まれた人相から想像できる環境に同情しつつも、私は拳銃を構えた。建物の外。ここなら火薬も爆弾もない。照準は鬼瓦の顔。
「放さなければ撃つ」
パン
即撃ち。男の反射神経は抜群だった。私が引き金を引くとき、男は屈んだ。男が屈んだ向こうにあったのは、開け放たれた蔵の扉。弾丸は蔵の中へ吸い込まれていく。ひぃぃっ。
「第二皇子!」
やばいっ。大慌てで第二皇子の方へ走る。蔵が爆発したら、第二皇子は終わり。そしたら私だって処罰される。同行した軍全員も。良くて斬首。悪くて*凌遅刑。
「うわぁ」
危険を察した男は第二皇子をほっぽって、こっちに逃げてくる。
「え、なに、なに?」
狼狽えながら駆け寄ってくる第二皇子の腕を掴もうとした瞬間、怖いもの見たさで蔵の中を覗いた。目に入ったのは、床に転がる蝋燭立てと銀の塊、柱にからげてあるロープに引っかかって燃える蝋燭。小さな火は見ている間にもめらめらとロープを燃え伝い、その下にある木箱に迫る。
「走ります!」
宣言して全力疾走。蔵から50mほど離れた庭で伏せた。ここまで来れば大丈夫。……。なんだか時間がかかってる。もっと早く火が伝わるはず、と思った矢先。
BOM!
地面が揺れ、一瞬体が浮いた。爆風が体の肉まで襲ってくる。池の水が飛び散り、頭の上に瓦礫や材木のかけらが降る。振り向くと、蔵には巨大な火柱。爆発物は大量にあった。これで終わらない可能性大。
BOM
キターーー。
ボカン ボカン ボカン
爆発音が連続した。
用心棒はとっくにいない。家の者達も逃げていく。
第二皇子は後ろで地面に手をついて座り、蔵の残骸に立ち上がる炎を眺める。その肩は息苦しそうに上下していた。汗と泥に塗れても美しいってナニ。爽やか。なんか、腹立つ。用心棒の気持ち、ちょっと分かる。
蔵の原型はもはやなく、炎はめらめらから轟々へと姿を変えて行く。蔵の地下に、港から、あるいは港へ直送できるよう、艀が係留されていたのだろう。
商人は私達よりも幾分蔵に近い場所に転がり、瓦礫の下敷きになっていた。引っ張り出す。意識なし。首筋に人差し指と中指を当てれば脈はある。縛り上げた。瞬間、庭に駆け込んできた軍の上官と目が合った。ヤバい。バレた。早く逃げなくちゃ。顔見知りの兵士が来ちゃう。
「では、私はこれで失礼します」
「え、瑞。僕、どーすればいいの?」
アヘン膏が吹っ飛んだのはいいんだけどさ、銀、どーなっちゃったんだろ。もったいない。あ、投げた銀、回収し忘れた。
◇
宿には2階の窓から入った。
「おお、瑞。どうしたのだ」
部屋にいた王先生が、私の有り様を見て驚く。だよね。髪も服も汚れまくってるもん。こんな姿、宿の人に見られたら通報されちゃうよ。
「爆発に遭いました」
外見がアヘン膏に似ている黒い投擲爆弾1つの威力は小さい。せいぜい半径2m程度。海賊船との戦いで投げるのに適している。投げた人は被害に遭わない。マングローブの中にあった小屋で爆発したのは、それだろう。偽兵士が撹乱させるために爆発させた。
商人の蔵の荷物を考える。押収したものは、箱に入れて蓋がしてあった。最初に引火したのは、投擲爆弾じゃなく、火薬の方だったと思う。火柱が派手だった。
くんくんくんくんくん
シェシェがしつこく私の臭いを嗅ぐ。日常には全くない臭いだよね。
「殿下はご無事ですか?」
「はい」
奇跡的に。私は、第二皇子の命と共に、自分と軍の仲間が刑を逃れたことに安堵した。
◇
子犬のシェシェは可愛い盛り。できる限り早く、シェシェをラブリー春香妃に届けた。春香妃は泣いて喜んだ。きっと会えなかったときも泣いてたいらっしゃったと思う。心底、申し訳ありません。平謝りした。
雑務が終了して、会いたいのは浩宇。
海路で先に都へ到着した朱氏様から、話は聞いてるだろうけど。事後のことは私よりも知ってるだろうけども。一応。報告にかこつけて訪ねちゃお。
夕暮れ時。朱氏様の屋敷に行くと、浩宇が出て来た。門扉が開くとき、少しやつれた生気のない顔に見えた。それでも、私だと気づいて破顔した。
「おう、おかえり」
いい! 癒されるー。
「ただいま。朱氏様に、都に帰ったって報告しておいて」
「おk。な、夕飯は?」
「まだ」
「じゃ、食いに行かね?」
三日月港より2000km以上北にある都には、秋の涼やかな風が吹く。歩き始めると夕闇が夜に変わっていった。
浩宇は朱氏様の夕食の用意をしなくてもいいんだろうか。何回か訪れたとき、朱氏様と浩宇以外の住人を見かけていない。細かいことは考えないで、浩宇とのデート♡を喜ぼう。
もう女だって言っちゃおうか。そうじゃなきゃ、恋のスタートラインにも立てない。恋。ぅふ。いっそのこと、好きって言っちゃおうか。
お食事処は、第二皇子の噂でもちきりだった。
「第二皇子、すげぇ」
などと聞こえてくる。
「何かすごいことでも、あったんですか?」
くるっと後を振り返り、尋ねてみた。あの後、どうなったのか私は知らない。とにかく、シェシェを連れて早く帰るよう、朱氏様に言われたから。
「兄さん、すげーんだぜ。第二皇子知ってるよな?」
「はぁ。あの、スキャンダルで有名な」
「それは昔の話だ」
「んだんだ」
「アヘンタバコを取り締まったんだってよ」
「アヘンタバコ」
「おや、知らねーんか、兄さん。やべぇタバコ」
「それがさ、たった3日で三日月港をめちゃくちゃにしたって話だ」
噂話って盛られに盛られてる。
「賄賂で儲けてる役人もアヘンタバコ商人もお縄らしいぜ」
「アヘンタバコを摘発して、三日月港を爆破して、大活躍だったと」
街の人達は、いろいろ勘違いしたまま噂を流布している。まず第1に、アヘンタバコ禁止を伝えた直後。摘発してもお縄にならない。第2に、これは私も三日月港で初めて知ったことだけれど、アヘンタバコではなく、摘発はアヘン。第3に、役人は捕まってないはず。第4に爆破は偽兵士と(私の)業務上の過失の2件。三日月港丸ごと爆破なんて物理的に無理。それにね、3日じゃないから! 6日間いたんだから!
*凌遅刑とは、生きたまま少しずつ肉を削ぎ落としていく刑です。




