悪徳商人密輸蔵地下
大きな家の果てしなく続く塀が前方に見える。再び艀が速度を落とした。曲がる? 水路に曲がり角はない。不意に男達との会話を思い出す。
『あの水路がさ、商人の家の地下に繋がってんだわ』
家の中に逃げられてしまう! あそこだ。アーチ型の穴が見える。加速、ジャンプ。水路から家への水門、上部分の縁にぶら下がる。驚いた偽兵士に竹竿で突かれそうになる。
けりっ
ばしゃ
偽兵士の顔面を蹴って水路に落とす。偽兵士は仰向けに伸びた。水深が浅く、鼻と口は水の上。
すたっ
私は艀に着地。さっと身を低くする。慣性のまま、艀は家の中へ滑るように入って行った。荷物と頭すれすれの高さに水門のアーチ。荷物は見事なまでにアーチを考えて積まれていた。さすが密輸のプロ。
ざざーっ
荷物を積んだのはプロでも、倒れている人の肘は水門の上を擦っていた。それは第二皇子。
「ル、ルイ?!」
腰を抜かしたまま驚かれた。ぎぎぎぃと音がして、黒い水門が閉じていく。到着したのは、暗く生臭い、澱んだ水の臭いの場所だった。
『普段は床板で隠してあるんだぜ』
男達の話では、ここは床下。私は第二皇子を起こした。けれど、完全に立ち上がる高さはない。
「恐らく、密輸をしている商人の家の地下です」
「え、そーなの?」
第二皇子は、小屋から押収された物を見ていたときに爆発に驚いて尻餅をついた。気づくと艀が動いてた。
「今、水門を閉めたので、じきに床板が開くと思います」
私は頭の上を指した。
「どうしよう。僕、捕まっちゃった?」
「いえ、家主はまだ、手下がこの艀に乗っていると思っているでしょう」
答えながら、私は懐に隠し持っている拳銃に触れた。
「見つかるよ。怖い人達なんでしょ?」
右往左往する第二皇子に、私は黒いボールを1つ、木箱から取り出して渡した。
「はい。これを持ってください。しっかりと摘発してください。威厳ですよ、威厳」
「え、え、てきはつ?」
がたがた がた
頭上の床板が外され、幾分明るい天井が見えた。それでも自然光とは違う。朝、この時間にこの暗さ。窓のない空間だろう。私は床板と荷物の影で身を小さくした。あ、れ? 少し離れた影の中に第二皇子も丸くなっている。摘発は?
ぎしぎしごとごとごそごそと音がして、床の穴になっている艀のところへ滑車が降りてきた。滑車のフックには、箱を入れられるようにロープで編んだネットが取り付けらえている。しかも極太。! これって、銀の箱を上へ引き上げる用のもの? 銀って重いもんね。きっと上には銀がいっぱい。
見上げれば、ロープの一方が天井に固定され、並んで定滑車が天井にある。天井に固定されたロープが、降りてきた小さな動滑車の一方に繋がり、くるっと動滑車を半周して上の定滑車の真ん中辺りに繋がっている。でもって、天井の大きな滑車からは別のロープがぴんと張って動いている。その先は床板で見えないが、引っ張っているのは商人だろう。
私は「早く出て摘発を」と第二皇子に掌を上に向け、腕を振ってジェスチャーで示す。けれど、第二皇子は小さく体を丸めたまま。
床の上から声がした。
「ご苦労。朱氏とかいう宦官、最悪だな。なにが水上パトロールだ。くそっ」
商人が悪態をつく。
第二皇子が動いた。と思ったら、ネットの中に木箱を入れようとしてもたついている。艀が揺れてバランスをくずし、第二皇子は危うく落ちかける。仕方なく、私は木箱をネットに入れた。う、重っ。めちゃくちゃ重い木箱だったけれど、動滑車と共にするすると軽快に上がっていく。
「船の手配を頼まれた役人が教えてくれてよかった」
あらら。分かってたことだけど、役人と悪徳商人がずぶずぶ。
見上げると、するすると上に登った木箱は床の高さ辺りで止まった。商人の手がロープを手繰り寄せて床に下ろしている。しばらくすると、また滑車と空になったネットが降りてきた。私が早く行けとジェスチャーしても、第二皇子は次の木箱をネットに入れようともたつくだけ。どいて。私がやるから。仕方ない。箸より重いものなんて持たないもんね。
「第二皇子も侮れん。ただの白痴美と思ったが、そうでもないのかもしれん」
いえいえ。顔だけです。
「ん、よっと。おお、この箱の中は丸い黒い銀の化身。臭いで分かる。はっはっは。だが、お前は吸うな。家族にも手を出すなと言ってある。大事な者には近付かせん。怖い怖い銀の化身だからな」
サイテー。大事な者には近づけさせないよーなものを売りつけて荒稼ぎするなんて。
いくつもの木箱が床の上に上がっていき、積荷がどんどんなくなっていく。と、商人らしき男が床の穴から顔を覗かせた。だよね。返事もしないなんて変だもん。
「な、なんだ!? なんとぅっくしぃ」
商人は第二皇子の美しさに息を呑む。ちなみに、私は床の陰にいたからか、気づかれなかった。観念した第二皇子は、荷物を足場に、家の中へ軽やかに上がった。艀がある床の穴を挟んで商人と対峙する。手には黒いボール。私は床下の暗闇から2人を見守る。
マングローブに隠れた小屋には、黒いボールが2種類あった。棚に並べて乾燥させていた9個のアヘン膏と、夥しい数の投擲爆弾。双方とも大きさはほぼ同じ。見た目は、導火線がついているかどうかと材質の違い。広めの小屋ではアヘン精製と投擲爆弾製造の2つの作業が行われていた。私が小屋で見たのは、乾燥中の黒いアヘン膏のボールと、火薬を詰めるための大量の黒く丸い鉄の器、火薬を詰めた完成品の数々、その他、火薬を精製していた痕跡だった。
小屋で投擲爆弾製造を見つけたとき、私は、即、蝋燭を消した。引火する可能性があったから。どう見ても杜撰な管理。火薬の粉末は部屋中にありそうだった。
今、第二皇子が手に持つ黒いボールは爆弾の方。
「央の国第二皇子として、火器の製造と密輸を見過ごすことはできぬ」
第二皇子の声が、見上げる空間に反響している。がんばれー!
小屋でのことを報告したとき、王先生は商人の強欲さに感心していた。アヘンの精製と火薬の精製は作業が似ているという。商人は職人に2つを依頼し、生アヘンを輸入→精製→国内で販売、硫黄を輸入→硝石・硫黄・木炭で火薬を精製し投擲爆弾を製造→外洋船に販売(海賊対策用)、を行って利益を得ているだろうとのこと。
「だ、だれか、だれかぁ」
助けを呼ぶ商人の声に、どかどかと物々しい音がして用心棒が現れた。2人。薄暗い部屋の中、蝋燭の火が、いかにもならず者の面構えを浮かび上がらせる。
第二皇子は役者だった。威厳に満ち満ちた声を放つ。
「ひかえよ。私は央の国第二皇子である!」
用心棒達は固まった。通常は跪くもの。雇用主の手前、どうしていいのか分からないようだった。
「「……」」
皇族を傷つけたら、たとえそれがかすり傷であっても死刑。用心棒はそれくらい知っている。
「ど、ど、どうした。お前達」
動かない用心棒に、商人はビビり散らかす。第二皇子は調子に乗り、もう一声。
「その方、反省せぬのか。アヘンについては没収のみ。罪にはならぬ。しかし、火器については確たる証拠がここにある」
黒いボールをばーんと掲げる。煽っちゃったよ。相手が捨て身でくるかも。私は咄嗟に拳銃を構え、即、懐に戻した。火薬満載の空間じゃ使えない。引き金を引いたら、建物ごと吹っ飛ぶ可能性大。
商人は狂ったように、箱を1つ床に落とした。勢いで蓋が開いたらしい。ゴンッガタッゴゴという落下音と共に、私のいる床の穴へ銀の塊が1つ落ちて来た。ラッキ。床上にはきっと、銀の塊がごろごろと転がっちゃってる。$_$
「お前達、殺せ! これを全部やる」
「うぉぉぉ」
1人が第二皇子に向かっていく。私は、艀に備えてあった船を漕ぐオールの柄で、男の股間を下から突く。
ずん
「ぐぬっ」と妙な声を出して男が視界から消える。蹲ってんのかな? 床板で見えない。




