アヘン精製所の摘発
「役人達は、まさかアヘンが見つかるとは思わなかったでしょう」
朱氏様がほんの少し口角を上げる。
倉庫で摘発したアヘンは没収。勅令が出て日が浅いので罪には問わない。第二皇子は「せっかく儲ける予定だったのにごめんね」的に、その場で別の品物を高額購入した。アヘンの損失が埋まったかどうかは知らんけど。
「僕、勅令を読み上げたばっかなのにな。なんとも思ってないんだろうね」
「ここ三日月港は特別です。かつて密輸港を正規の港にさせてしまったほどですから」
8個のアヘン入り荷物から計31個ものアヘン膏の黒いボールを暴いたのだから、第二皇子の功績としては十分。ホントはシェシェの功績なんだけどね。それでも、アヘンの深刻さを知っちゃった今は、心底、撲滅したい。
5日目は、第二皇子が水上パトロールに加わることになった。
三日月港の役人と商人は、2、3日目に建物内で見学されたせいで、賄賂の受け渡しや事務処理が滞ってしまった。4日目は建物から追い出すため、第二皇子御一行に倉庫見学を勧めた。これが裏目に出てアヘンを没収される結果に……。だから、4日目に漁師小屋で死体が見つかり、第二皇子が「水上パトロールは重要なのだな」と言ったとき、役人はそちらへ追い払おうとした。
『あと残り少ない滞在です。明日は船遊びなどいかがですか? お望みであれば、海の幸と美味しい酒、音楽や舞など披露いたします』
朱氏様はすかさず、用意させる船を小さくさせたらしい。
『第二皇子はご公務でございます。美酒美食余興は不要。水上パトロールに相応しく、三日月港名物の水路を行くコースがよろしいかと』
4日目深夜、私は、水路沿いにあった2つのアヘン精製所の桟橋に、汚れてゴミに見える布を目印として縛りつけた。
5日目。シェシェは王先生とお留守番。本日、予定では2件の摘発を行う。水上パトロール中の第二皇子が、気まぐれに怪しい小屋を見つけ、中を調べるーーーという少々強引なやり方。第二皇子だからこそ許される。そして、朱氏様なので、隠蔽用の賄賂は効かない。しかも、兵士はしがらみのあるジモティじゃない。
『そんな早く行くことないじゃん』
水上パトロールの出発は朝の5時。前日、予定を聞いたとき、第二皇子は難色を示した。
『出立は次の日ですので、その後の処理なども考えると、摘発は早朝になります。人々が眠っている時刻の摘発は、多くの民に殿下への畏怖の念を抱かせるでしょう』
朱氏様は威圧的だった。それでも第二皇子は不服そうだった。
『5じ。後処理なんてこっちの役人に任せればいい』
『摘発の意味がなくなります。こちらに任せれば、再び役人から商人の手にアヘンが渡るだけでございます。捜査、取り調べ、押収品の運搬、場合によっては逮捕者の護送、船へ積み込む物資の用意など、殿下が摘発なさった後も、同行した者達はタイトなスケジュールで業務を遂行しなければなりません』
『はい。』
第二皇子は、少し恥ずかしそうに納得していた。我儘言ってんじゃない。王先生なんて、不眠不休だったんだから。
◇
私が動き始めたのは、5時よりも更に早い時刻。夏というのにまだ辺りは真っ暗だった。
まず、2人の男が出て来て寝転んだ建物へ行く。もしもアヘン精製をしていた男達がいたら逃がそうと思った。あまりに無力そうで、搾取されまくっていそうだから。まだアヘンタバコ禁止の勅令から日が浅い。捕えられることはないと思う。けれど、事情聴取くらいはされる。何も漏らさなかったとしても、トカゲの尻尾切りで始末される危険がある。
ごりごりの悪人じゃなく、どうしようもない状況で悪に流れ着いた弱者って、なんとかまっとうな道に戻って欲しいって思う。あの2人も、これを機会にアヘン中毒っぽい感じから抜けられたらいい。……。王先生が言うように、難いんかな。
いない。ヨカッタ。
物陰で待っていると、白々と夜が明けてきた。新月の空には薄い月すら現れない。
空が完璧な朝になったころ、小舟に乗った第二皇子御一行が遠くから近づいてくる。第二皇子の傍には朱氏様。小舟は狭い水路を通れる大きさのもの3艘。広い湾では第二皇子の乗る艀を挟むように並び、水路が狭まれば、前後に並んで列を成す。水深のある場所ではオールを使い、浅瀬に入れば、雇われた船頭が長い竹竿を器用に使っていた。
目印の布に気付いたのか、第二皇子は扇子で小屋を指す。第二皇子の指示で兵士が小屋に入り、すぐさま応援が呼ばれた。摘発中。
次。
もう1箇所、マングローブの中にある小屋へ陸路を急ぐ。船と違い、迂回する陸路は時間がかかる。場所は港の端から狭い水路へ入った入り口付近。誰も立ち寄らないような港の隅の奥。港の中であっても、正規の桟橋からかなり離れている。マングローブが鬱蒼と生い茂り、水路へ続いていることすら気づかれない分岐点からは、小屋も桟橋も見えない。
ここは絶対に摘発しなければならない。黒いボールが山のようにあった。
草の中で待った。
身を潜めていると、水路奥の方から艀が1つ、音もなくやってくる。私は息を殺す。乗っているのは兵士の帽子を被った男。長い竹竿を器用に操り、桟橋に艀を繋ぐ。兵士の制服だけれど、都の軍では見かけない顔。靴が軍とは違う。制服は黒のふくらはぎまでのブーツ。男の靴は足首の少し上までしかない。わざわざ隠れて周りを伺う様子からして、明らかに偽物。
捕えようと思ったとき、第二皇子御一行の小舟が3艘、連なって来た。くっ。なんてタイミング。急いで身を低くする。
先ほどの小屋と同じように兵士達が中へ入っていく。偽兵士は、難なく都からの兵士に紛れ込んだ。応援の小舟が到着し、兵士達が降りてくる。増えた兵士達は小屋の中の物を運び出す。
靴。靴。靴。小屋を出る兵士の靴に目を凝らす。いた。偽兵士は、何食わぬ顔で、艀に荷物を積む。後から来た応援の小舟に積まれた荷物を艀に移し替える。周りの者がそれに倣い、艀の1つに荷物が積まれていく。気づけよ! それちゃうから。いくつもの木箱、精製に使われた鍋。靴の違う偽兵士は、他の兵士に混じり、小屋と艀を行き来して荷物を運ぶ。
突然。
「逃げろぉぉぉ」
叫び声が聞こえた。声の主は小屋の中から出て来た偽兵士。彼は叫びながら荷物を積んだ艀に飛び乗った。
「うわぁ」
他の兵士達もばたばたと走って小屋から出てくる。
「爆発するっ」
「伏せろっ」
ボカン
爆発音と共に小屋の一部が壊れた。木屑が舞い、土埃の中にちろちろと火の手が上がる。爆発のサイズとしては、こじんまりしたものだった。これなら怪我人はいない。
驚いて小屋を見る兵士達を背に、荷物を積んだ艀が水面を動き出す。やられた。進む先は水路奥。すぐさま追った。走りながら、マングローブの間に目をやる。ちらちらと見える木箱の数々、紫の服。マジで? 第二皇子?!
艀に積まれた荷物の中で第二皇子が腰を抜かしている。まるで荷物の一部のよう。なんでまた。あきれながらもひたすら足を動かした。マングローブの葉の向こう、偽兵士は長い竹竿を器用に扱い艀を進ませる。並んだ。向こうはこっちに気づいていない。
「待て〜」
という声に振り向くと、やっと、遥か後ろから追ってくる1艘の小舟が見えた。
水路を折れる。マングローブが消えた。並走。民家の壁が視界を遮る。途切れる。いた。くっ、喉が熱い。艀は速い。アメンボのようにすいすいと軽やかに進む。その後方から、朱氏様達の小舟が立ち往生する声が聞こえる。
「これ以上進めません!」
「進め、なんとしても」
「引き潮です。水深が足りません」
かまわず走り続ける。朱氏様達の小舟がどんどん後ろへ遠ざかっていく。




