摘発のご用意します
アヘンタバコの第1工程、生アヘンからアヘン膏への精製について、王先生から説明を受けた。生アヘンを煮詰め、煮出した液を布で漉し、直径10cmほどのボールにする。この状態ではべたべたなので、ときどき練りながら適度に乾燥させる。布で漉してからボールにできる状態まで半日から丸1日の乾燥が必要。最終段階の乾燥は2〜4日間。そして出荷。
「第1工程で3〜5日間でしょうか」
今日は、商人達が独自ルートでアヘンタバコ禁止の情報を掴んでから6日目。仮に商人達が情報を聞いて大慌てで持っていた生アヘンを加工したとして、すでに出荷した後になるのに十分な日にちが過ぎている。けれど、爆益を「規則」くらいで簡単に諦める連中とは思えない。禁止と知ってからも外国船から生アヘンを買い取っているだろうし、アヘン膏の精製もしているだろうし、2ヶ月かかって移動するためアヘンタバコ禁止を知らない物流・配送を主としている商人らに、涼しい顔で売りつけているだろう。
「ただし、第1工程後のアヘン膏の段階では薬屋に行くのかタバコ屋へ行くのか分かりません」
「では、せっかく精製所を見つけても、薬用だと言われたら、何もできないのですか?」
「大量であればアヘンタバコ用でしょうが。それも、アヘン膏がその場にどれだけあるかです」
薬用の場合は少量とのこと。けれど、それがどれほどの量かまでは検討がつかないらしい。
王先生は、桐の箱に入った薬用のアヘンを見せてくれた。直径1cmほど。医療に使うときは、ここから更に耳かきほどを削ると言う。純度がアヘンタバコとは全く異なるとのこと。
「三日月港周辺を『変な臭い』を探してひたすら歩くしか方法はないのですか?」
「ただ」
「ただ?」
「臭うので、住んでいる家の中ではしないでしょう」
手がかりは臭いくらいなんて。はっ。顔だけ男に功績を立てさせるのは、別にいーじゃん。もう華々しく勅令読み上げたことだしさ。6日間の滞在期間をやりすごせば終わる。そんな考えしかない私とは違い、王先生は素晴らしかった。
「第二皇子は非常にご健康なので、昨晩から、お側で待機せず、アヘンの精製所を探しました。今のところ、候補は4箇所です」
え、もう探してあるの?
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち
思わず拍手。素晴らしい! さすが、皇族の医師まで上り詰めるだけあって抜群に有能。
「1箇所目は水路でしか行けない場所です。夜に光がありました。獣道はありそうですが、怪しまれるので近づいていません。アヘンの精製所かどうかは未確認です。
2箇所目は、少し小高い場所です。明らかに妙な臭いがしていました。しかし、第二皇子が訪れる理由のない場所です。
3箇所目は海沿いにあり、漁師小屋にカモフラージュされていました。アヘンの精製を行っている証拠に、ろ過するときに使った布が何枚も小屋の外に放ってありました。一応、1枚持ち帰ったのですが、もしあの後、布を処理されてしまっていたら、摘発に至る理由がありません。
4箇所目は、これも水路にありました。明け方、男が船で出入りしていました。漁師でもなさそうなのに妙な時間です。確認はできていませんが、アヘンでなくても密輸でしょう」
ということは、
「2箇所目以外を確認して、摘発できるかどうか調べればいいのですね」
「まず、それが我々にできることです」
そして私の「シェシェとのもふもふな生活」は終わることになった。朱氏様は非情。
「瑞様、王先生と行動を共にしてほしい。王先生はこの部屋に宿泊なさる」
は? 見れば、王先生は荷物を携えていらっしゃる。
「瑞、お互い頑張りましょう。よろしく」
私、女の子。
「御医であらせられる王先生を危険に晒すわけにはいかない。大きな利益が絡むこと。もと武装集団がどう牙を剥くか分からない。瑞様、王先生の警護を頼んだよ」
「承知しました」
T_T
おじ様と3日間、一緒の部屋。
朱氏様は嬉しそうにシェシェに頬擦りしながら去った。
ご挨拶などをした後、私は王先生の体調を気にした。
「夜や明け方の様子をご覧になったということは、昨晩、寝ずに調べられたのではありませんか? 昨日と今日、この酷暑の中を1日中歩き回られたとお見受けします」
「そうなのです。いささか疲れました」
「お休みになってください」
「お気遣いありがとうございます」
私は、王先生のベッドを整える。王先生は紳士。衝立を自分と私のベッドの前に用意し、プライバシーを確保してくれた。そして、私に手書きの地図を差し出す。3枚。どれも三日月港の海岸線が描かれている。
「高台から怪しそうな建物をピックアップしました。朱氏様は、1箇所摘発すれば、十分見せしめになるとおっしゃられています」
1枚には白い○が20ほど。それに重ねて×印がつけてある。×印がなく残っている○は四つだけで、その線は他より太く書き直されていた。2枚目は、残りの4つの○のみ。3枚目は道が黒と赤の線で描かれている。黒の線は残っている部分もある。まさか、この赤の線は全部歩いた道? ○印は怪しい候補。×印は恐らく確認済みの場所。海岸線からして手書き。不眠不休どころかフル稼働。
私は4つの○のみの地図を手に取った。
「この4箇所を見てきます」
静かに部屋を出た。
肌にじっとりと湿った空気が纏わりつく。明後日から始まるのも夏の月。まだ暑さは続く。月のない空、星の明るさを頼り進んだ。道はだいたい見当がつく。小高い丘の上からシェシェと眺めたから。
1箇所目、水路でしか行けない小屋。道のない岩場や林を通って辿り着く。小屋の窓からは灯りと異様な臭いが漏れている。私は思わず手で鼻と口を塞ぐ。
扉が開いて、2人出てきた。2人とも口を何かで覆っている。痩身。暗闇でもそれが分かる。2人はふらふらと歩いて倒れるように地べたに座った。1人はそのまま寝転んだ。寝転んだ男が口元の覆いを取ったシルエットが見えた。
水路に繋いである船のきぃきぃと揺れる音に混じり、会話が聞こえてくる。
「これ、体もたん」
「仕事ないときの方がキツイ」
「オレ、この仕事始めてから、体、変や」
「金よくても、辞めた方がええんやろな」
「辞められるか? これ」
「最近、仕事したくて手ぇ震える」
中毒。アヘンの精製をするときにアヘンを吸引してしまう。だから、きっと。そのうち、もう1人も寝転んだ。そのまま、不気味なほど静かになる2人。
第二皇子はラブリー春香妃に「病気になる薬」と説明した。まさにその光景を目の当たりにしている。ひっそりと水辺に佇む2人の影は、銀に湧く大国の片隅で、命を削っている弱者の姿だった。
私は、まず、鼻と口を布で覆った。寝転ぶ2人は小屋の前の水辺にいる。その裏側の開けてある窓に近づき、小屋の中を覗き見る。中央に大きな鍋。黒く染まった大量の布。アヘンの精製現場に間違いない。漉した段階が今なら、このあと、数日はアヘンがここにある。
2箇所目は丘の中腹にある民家の離れだった。建物に灯りはない。鍵はかかっていたけれど、窓が開いていた。蝋燭を点けて中へ入る。お茶の葉の香りがする。扉近くに大きなお茶の葉の箱があった。中にはぎっしりお茶の葉。もう1つ臭いがある。爽やかなお茶の葉で消しきれない臭い。棚があり、直径10cm程度のボールが10個。手を伸ばし、あと3mmというところで止めた。触れるのが怖かった。部屋を出た。窓の位置を元通りにした。恐らくは乾燥させるために棚に並べてあり、窓が開けてあった。お茶の葉は臭いを誤魔化すためだろう。
3箇所目は漁師小屋。人の気配はない。海辺近くには簡素な木の船がうつ伏せに3艘。小屋の外には漁師が使う網が丸めてあった。その横に王先生が見つけた「証拠」がまだ放置されている。煮詰めたアヘンをこしただろう布。まだ処理されていない。
海から見える場所であっても、砂浜。海からは距離がある。そこからアヘンをこした布は見えない。かといって、陸地側に道はあるものの、到底、皇族が歩く用などない荒れた道。
小屋の中に入る。結構広い。臭う。蝋燭で照らしてみた。死体一体。




