はあ? なんで私が
軍はアヘンを取り締まることができるようになった。今回、仕事が増えたとぶーぶー言う者はいなかった。
「いつか来ると思った」
「早かったな」
朱氏様の耳に届いていたほどだから、街で見回りをしてる兵士達にとって、アヘンタバコを吸った異様さは周知のこと。十王府にいる私は、ぜんっぜん知らなかったけれど。
「昨日までOKだったものをNGにして『じゃあ』って取り締れるんですか?」
軍で無知を晒す私。
「んなわけねーだろ。瑞」
「ちゃんと、公布して、店に注意喚起して、いついつから本格的にすっからどうにかしろってゆーんだよ」
「そーなんですね」
軍の人達が教えてくれた。
「アヘンタバコ仕入れた商人が困ってるってよ。もう捌けねーじゃん」
そんな話を聞いて、ついうっかり喋ってしまう。
「だいじょーぶですよ。仕入れた3倍の値段で売ってたんですから」
「すげっ」
「ひでぇ」
「よく知ってるな、瑞」
まずい。これ以上突っ込まれる前に、逃げよ。
◇
かわいいがかわいいをかわいいする光景が少し減ってしまった。
ラブリー春香妃は、幼くして嫁いだ。そのために、中断してた、淑女としての教育を受けなきゃならない。これに皇族の妃としての教育が加わる。あまりのラブリーさに、シェシェが来た最初のころは大目に見てもらえた。先生も一緒に遊んでたもんね。
春香妃が授業を受ける間、私はじっと部屋の隅で控える。シェシェは、あくびしたり寝転んだりぽてぽて歩き回ったりして、目から遊んで光線を放ちまくる。すっごい我慢。かわいいんだもん。主人の春香妃が授業中だから侍女達もじっと我慢。構ってもらえないシェシェは私の足元で寝る。私の靴を枕にして。だからなのか、夜、春香妃の隣の部屋で護衛しながら仮眠してると、シェシェが来た。
「来ちゃったの?」
「くーんくーんくーんくーん」
春香妃のベッドの脇にシェシェの小さなベッドがあるんだけれど、連れていって、春香妃を起こしては申し訳ない。大人しくそこで寝てくれると思えないし。
「一緒に寝る?」
「はぅ」
「OK。『しー』だからね」
私が口の前で人差し指を立てると、もう一度「はぅ」と小さく返事。なんてお利口。寝静まっているからか、大きな声を出さないようにしている。もふもふがもそもそと腕の中に入ってくる。うっわー。かわいぃ。でも、あんま、ぴったりくっつかないで。今、7月。暑い。汗で毛が。
朝、額の汗を拭うと毛。こそばゆいと思いながら腕を見ると毛。髪の毛にも毛。もちろん布団も。そこら中シェシェのほわほわの毛だらけ。シェシェの方も私の汗で、なんだかしっとりしている。
「おはよ」
「きゃん」
「しーっ。まだ早いよ」
それからもときどき、シェシェは私の布団に来た。非番の夜、シェシェは、使用人用の別棟にある私の部屋まで遠征してきた。鼻良すぎ。私、臭いのかな。
なんか天国。わんこがいるだけで、こんなに幸せなんだ。殺伐とした戦場や物資に苦労する駐屯地とは雲泥の差。私、こんな幸せでいーんだっけ。
幸せすぎるこれこそが、トンデモの前触れだった。
◇
「第二皇子、いよいよ世にアピールする場が参りました。得意の異国語でご活躍ください」
朱氏様にお膳立てされて第二皇子が向かう先は、都から2000km以上離れた三日月港。央の国最大の貿易拠点。普通だったら都から運河や陸路で約2ヶ月かかる。けれど、アヘンタバコ阻止は緊急。国家運営に関わる重大事項と判断され、異例中の異例、第二皇子が海路で向かうことになった。所要日数、2週間程度。
「そんなの、使いの者の仕事だよ」
第二皇子はごねにごねた。
「外交問題に関わります。誰か伝えるのかは、非常に重要です」
「やだよ。だったら官僚でしょ。第一皇子とかさ」
「第一皇子様は皇帝陛下になられるお方。このように危険な、いえ。都を離れることはできないのです」
朱氏様、本音出ちゃってるし。「危険だから第二皇子」だって。
「僕だって皇子なのに」
「後ろに軍を従えて、流暢な異国語で勅令を読み上げるお姿は、さぞや素晴らしいことでしょう」
「殿下、ご同行できないのが残念でなりません」
朱氏様は、なんとか話をまとめようとする。「殿下」とお爺ちゃん宦官も後押しする。
「三日月港って、もとは密輸の本拠地だったとこだよね。僕、アウトローな人達、苦手なんだよ」
「第二皇子、大丈夫でございます。それはかつての話。武装していた海賊は、今や紳士的な商人になっております」
「ほら。あの港を正規の貿易港に認める前は、武装してたって」
「殿下、大丈夫でございます。軍も同行します」
「軍が行くほど危ないってことじゃないか」
「第二皇子。三日月港は我が央の国に銀をもたらす大切な場所でございます。三日月港のおかげで、今の華々しい経済があるのです。農村部まで銀が届き、人々は子を作り、田畑を増やし、国は潤いました。街は活気に溢れております。三日月港のおかげで、税を銀に統一できるのです。殿下にとっては、いわば聖地巡礼」
「殿下、すでに軍は船の準備を始めております。ご決断を」
「第二皇子のバックには央の国があるのです。なにもできません。たとえ儲けが吹っ飛び、サメの餌にしたいほど頭に来ていたとしても、でございます」
朱氏様ってSだと思う。お爺ちゃん宦官は最後通告をした。
「殿下、皇帝陛下に抜擢されるなど誉」
これ、決断しなくても連行されるパターン。船に乗せられたら逃げられない。
「えー。僕、怖いよ。瑞、ついてきて」
指名された。はああああ? 軍がいるのに、どーして私が。
「私、必要ないですよね?」
「僕は北の国境で拐われてから、軍を信用してないの!」
私に決定権などあるはずなく、密かに行くことになった。当然、私も一緒の船に乗っけてもらえるのかと思った。
「仕方がありません。瑞様、お願いします。けれど、都から出発する軍人は皆、瑞様の顔を知っています。秘密裏にサポートするには陸路しかありません。日数がかかります。特命扱いで馬を用意しますので、すぐに出発してください」
馬?
一般的な運河と陸路の場合、約2ヶ月かかる。馬を速く走らせると、短時間でバテる。なので、通常は馬を適度に急がせて適度に休ませながら走る。特命では、軍のいる場所や検問所などでバテた馬を別の馬に変えらる。すると、驚くほど早く目的地に到着できる。でもね、馬を変えられても、自分は変えられないわけ。めちゃくちゃハード。約2ヶ月の道のりなのに、第二皇子の船旅2週間に追いつけってこと。これ、運河も使えないじゃん。馬の方が速いもん。船に乗ってる間は楽なのに。T_T
「はい。では明日の朝、出発します」
朱氏様は、手続きのための様々な書状を書きながら、私に無情な指示を出す。
「今夜出発できるように手配します。人目を避けるためにも、夜にお願いします」
鬼。
荷物をまとめ、すぐに出発した。第二皇子が十王府を立つのは3日後。都から都近くの海の港まで4〜5日かかる見込み。そこから船で10日以上。
でもまあ、もしも間に合わなくても、何事もないと思う。だって、軍いるし、戦なんて起こってないし、だいたい、第二皇子は勅令を読み上げるだけなんだから。幸せを満喫してたのは数時間前のことだったのに。
厨房で戦用の保存食を腸達し、同僚に「たぶん、他の人が護衛の仕事に来る」と伝えた。
夜、馬を走らせて先を急ぐ。途中で馬を変えた。ハード。美しい満月は明るく道を照らす。風がさらりと汗をさらう。気持ちいい。贅沢で優雅な暮らしをするラブリー春香妃や桃麗妃、後宮の第一側室とは真逆のブルーカラーっぷり。それでも、馬に乗って駆ける自分の方が幸せだと思った。
寝よ。もたない。木の麓で横になった。山がないから狼はいなさそう。夏だから蚊はいそう。蚊避けの香を炊いて。就寝。
暑っ。早朝は涼しいはずなのに、酷い寝汗で目覚めた。幸せの象徴を見て、軽く絶望した。
「くーんくーんくーんくーん」




