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8話「魔王様と思惑?」

夕闇に沈みゆく勇者育成高等学校。その静まり返った屋上で、一人の少女が風に吹かれていた。

 腰まで届く鮮やかな金髪が、血のような残照を浴びて淡く輝いている。汚れ一つない制服を完璧に着こなし、手摺てすりに預けた指先は、彫刻のように白く、そして細い。

 一見すれば、放課後の黄昏たそがれを惜しむ、どこにでもいる可憐な女学生。だが、その瞳だけは、平穏な学園生活とは無縁なほどの冷徹な光を宿し、はるか遠く――魔王城のある方角を凝視していた。


 「流石は魔王様だね。あの距離、あの状況で私の使い魔を撃ち抜くなんて……」


少女は、使い魔の視界が消失する直前の光景を思い返し、ゾクリとした「武者震い」を感じていた。

 聖女の頬をかすめ、背後の石柱を砕いたあの一撃。あれは聖女への威嚇いかくであると同時に、隠蔽いんぺいされていた少女の使い魔をも排除する、明確な意志を伴った狙撃だった。

 引き金を引いた瞬間、魔王の視線は間違いなく、自分を見据えていた――少女には、その確信があった。


「――まぁ、スナ・イパーは期待外れだったけど、魔王様に『贈り物』は届けてくれたし。聖女ちゃんには感謝感謝だよ。お陰で『猫ちゃん』の正体が確定したし、魔王様が隠し持っている力の一端も確認できたわけだしね」


少女は金髪を指先で弄びながら、スマホの画面から視線を外した。

目の前には、血のような赤に染まった不吉な夕暮れが広がっている。

その手に握られた端末が震える。彼女はひどく面倒くさそうな仕草で、それを耳に当てた。


「もしもし?」

『……状況は』


受話口から響くのは、地を這うような冷徹な男の声だ。


「もちろん順調ですよ。第二学園の勇者に剣聖、それに――貴方にとって一番の障害だった『聖女マニア』も、無事に消えてもらいました」

『……流石だな』

「いえいえ。それでは約束通り、魔王にはまだ手を出さないでくださいね?」

『分かっている。こちらとしても、今の魔王にはまだ魔王の座に居座ってもらった方が好都合なのでな』


男の含みのある声に、少女は薄く唇を歪めた。


「そうですね。今の魔王は『いつでも倒せる雑魚』として放置されていますけど……。もし今、貴方が魔王を討てば、今の所、魔界最大の勢力である貴方の陣営が、残りの全勢力から狙われかねない状況で。おまけに人界まで介入してくるとなれば、大変そうですね」

『……そういうことだ』


プツリ、と一方的に通話が切れる。


(これでいい⋯⋯彼の性格からして確実に魔王様に手を出す筈⋯⋯)


暗転した無機質な画面を眺めながら、少女は夕闇に溶けるような薄笑いを浮かべた。その時、背後から年老いた、しかし威厳のある声がかけられた。


「待たせたね。それで、どうなったのじゃ?」


少女は一瞬で表情を「優秀な生徒会長」のそれに切り替え、振り返った。


「いえ、学園長。時間通りですよ。報告ですが、私の方で第二勇者育成高等学校の障害となるAランク勇者と剣聖、そして極めて能力が厄介だった聖女は排除しておきました」

「流石は生徒会長。第二学園の聖女が退場してくれたのは素晴らしいね」


学園長と呼ばれた老人は、満足げに目を細める。


「我が第一高校が魔界へ侵攻し、成果を出す上での最大障壁……第二の聖女が消えたのなら安心だ。混迷を極める魔界に、実力皆無の『無能な魔王』。ふむ、第一高校が世界を救うシナリオは完璧じゃな」

「ええ。そうですね、全ては学園長のシナリオ通りですよ。――つきましては恐縮なのですが、少々人手を使いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「好きに使うと良い。お主が我が学園の切り札だしのぅ」

「ありがとうございます」


 少女は去りゆく学園長の背中に向かって、慇懃いんぎんに頭を下げた。

 だが、その瞳の奥では、魔王が見せたあの冷徹な狙撃の光景が、愛おしい宝石のように反芻はんすうされている。


「ふふっ。魔王様。――『黄昏が交わる』のも、そう遠くなさそうですね」






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