6話「魔王様と聖女?」【前編】
魔王は両手に収まった二挺の愛銃を、まるで熟練のガンマンのようにくるくると回し、その吸い付くような触り心地を陶酔した表情で確かめていた。
そんな主人の様子を、エリザベスは魂の抜けたような顔で見守っている。
「はいはい。もう分かりました。どうせこの後は、二挺拳銃が揃った喜びでまた演説を始めて、結局今日も城を出ない……そんな展開でしょう? 私はもう、お見通しですよ」
「ふん、何を言っている。俺様をそこらの凡骨と一緒にされては困るな。……まあよい。それよりもエリザベスよ、聞け。そして驚け。俺様が銃を捜索していた際、実に興味深い『掘り出し物』を発見したのだ」
魔王は勝ち誇ったようなドヤ顔を浮かべると、漆黒のコートのポケットから、一際豪華な装飾が施された一本の鍵を取り出した。
金細工が複雑に絡み合い、大粒の魔石が埋め込まれたその鍵は、誰が見ても「重要な何か」を開けるためのものにしか見えない。
「……鍵、ですね。一体どこの鍵なんですか?」
エリザベスの問いかけに、魔王は自信満々に鼻を鳴らした。
「知らん!」
「……は?」
「知らんのか!? 俺様も知らん!」
堂々たる宣言。魔王は宝石のように輝く鍵を、さも歴史的発見であるかのように掲げた。
「だが、これほどまでに豪勢な鍵だ。間違いなく、この城のどこかにある『とてつもない宝』か、あるいは『世界を揺るがす禁忌の扉』を開くためのものに違いない! どうだ、ワクワクしてきただろう?」
エリザベスは、今度こそ深く、地を這うような溜息を吐いた。
「魔王様……。『最凶を証明する』とか言ってませんでした? なんで今度は、自分の家の中で宝探しを始めようとしてるんですか……」
魔王はエリザベスの問いかけなど聴こえなかったかの様に、鼻歌まじりに城の壁をペタペタと触り始めた。
その姿は、無邪気に遊ぶ子供そのもので、漆黒のコートを翻しながら、腰を落として隅々まで鍵穴を探し求めている。
「⋯⋯うーん?」
魔王は豪華な鍵を、目の前の何の変哲もない石壁に押し当て、無理やりねじ込もうと試行錯誤している。ガリガリと虚しい金属音が静かな玉座の間に響き渡った。
「どうしました? 鍵穴でもありましたか?」
エリザベスが半眼で問いかける。期待などひとかけらもしていない、事務的な声。
すると魔王は、突如としてその動きをピタリと止めた。
「⋯⋯飽きたな」
「いや、飽きるのはやっ!」
先ほどまでの熱意はどこへ行ったのか。魔王は無造作に鍵をポケットへ放り込むと、まるで最初から興味がなかったかのように、けだるげに首を回して骨を鳴らし、玉座に深く腰掛けてスマホをいじり始めた。
「なら早く城から出てなんでしたっけ? あ!そう最凶を証明しに行きましょうよ!」
その時、静まり返った玉座の間に、物理的な質量を伴うような重低音が響き渡った。
魔王城の誇る重厚な黒鉄の扉が、まるで紙切れのように勢いよく蹴破られたのだ。
「見つけましたわ! 魔王! この聖女様が直々に降臨したからには、そのふてぶてしい頭を床に擦り付けさせてあげますわ!」
逆光を背負って現れたその影に、エリザベス――否、一匹の猫は、首を傾げて静かに問いを浮かべた。
「え……アレが、聖女?」
視線の先にいたのは、およそ「聖なる」という言葉から対極に位置する存在だった。
陽に焼けた褐色の肌に、夜の闇を切り取って縫い合わせたような漆黒の法衣。手に握られた身の丈ほどもある杖からは、ドロドロとした紫色の禍々しいオーラが毒霧のように漏れ出し、周囲の床を腐食させている。
魔王はスマホをポケットにしまい、不敵な笑みを浮かべ待ってましたと言わんばかりにマントを翻した。
「フッハハハ! 来たか聖女よ。だが俺様に指一本触れたくば、まずは我が忠実なる部下、エリザベスを倒してみせることだな!」
魔王は指を差して「行け」とジェスチャーを送る。
猫は、もはや突っ込む気力すら失った様子で、トボトボと四肢を動かし聖女の前へと歩み出た。
「……また、私ですか。はいはい」
「いいですわ、誰が相手でも。では、この清らかなる聖女パワーをお見せしましょう! 死の淵より這い出し、我が僕として忠節を誓いなさい……。出でよ、勇者キン・イロ、剣聖ギン・イロ!」
聖女が杖を床に叩きつけると、物理法則を無視して壁からドス黒い沼が溢れ出した。
そこからヌルリと這い出してきたのは、かつてエリザベスにやられた勇者と剣聖、しかしその瞳には生気はなく、体中から不吉な黒い蒸気を立ち昇らせている。
「これが聖女様である私の、慈愛に満ちた力ですわ! 死者をより強く、より凶悪に強化して黄泉返らせ、永遠の下僕にする……。これぞ救済!」
「……」
沈黙が流れた。
魔王は今までにないほど神妙な、深刻極まる面持ちでエリザベスを見つめている。
「エリザベスよ……。あいつら、死んでたのか!」
「今、そこですか!?」
猫の鋭いツッコミが飛ぶ。
「というか魔王様、そんなことより根本的な問題に気づいてください。こいつ、どう見ても聖女じゃなくて死霊術のビジュアルですよ!」
突如、虚空を切り裂くような鋭い金属音が響く。
死霊として強化されたキン・イロとギン・イロが、生前ではありえない踏み込みで肉薄していた。交差する二つの刃が、冷徹な連携でエリザベスの首元を狙う。
「なっ、いきなり……ッ!」
エリザベスは反射的に地面を蹴り、紙一重でその一閃を回避した。頬を掠めた風圧に、背中の毛が逆立つ。
(速い……! 前に戦った時とは比べ物にならない。何より動きに迷いがないわね。これは、面倒そうね……!)
体勢を立て直しつつ、エリザベスは即座に反撃に転じる。肉球の先から練り上げられた魔力が、二つの巨大な火球となって放たれた。
「ならこっちも――『ダブル・ファイアボール』!!」
紅蓮の炎が猛然と唸りを上げ、勇者たちの肉体を呑み込もうと迫る。だが、直撃の瞬間。
キン・イロが掲げた古びた盾が、不気味な紫の光を放った。
放たれた業火は着弾の衝撃すら残さず、まるで底なし沼に吸い込まれるように、盾の表面へと消えていく。
「……消えた? 私の魔法を、吸収したの……!?」
呆然と立ち尽くすエリザベスの耳に、高笑いが届く。
聖女は禍々しい杖を優雅に回すと、勝利を確信した不敵な笑みを浮かべた。
「ふふっ、驚くには早すぎますわよ? 魔王を討伐しに来たのですもの、魔の力への対策など『聖女』として当然の嗜み。強化された我が下僕の盾に、不浄な魔の攻撃など一切通用しませんわ」
聖女は冷ややかな視線を、玉座で頬杖をつき不遜に見物を決め込んでいる魔王へと投げかけた。
エリザベスは低く唸り、瞬時に思考を切り替える。
(遠距離魔法がダメなら、懐に潜り込んで直接叩くしかない……!)
エリザベスの姿が、視認不可能な速度で石床を蹴った。
狙うは盾を構えるキン・イロの足元。だが、その最短軌道を遮るように、銀色の閃光が割り込んだ。
「させませんわ。ギン・イロ、刻みなさい!」
聖女の号令と共に、剣聖ギン・イロが機械的な精密さで銀剣を振り抜く。
凄まじい剣圧が空気を断ち切り、エリザベスの進路を強制的に逸らした。
エリザベスは空中で身を翻し、壁を蹴って再び加速するが、死霊となった二人は生前にはあり得なかった「完全な連携」を見せていた。
キン・イロが魔法吸収の盾でエリザベスの退路を塞ぎ、その影からギン・イロの刺突が蛇のように伸びる。
「……っ、こいつら、自分の体が壊れるのも厭わずに踏み込んできて……!」
(って⋯⋯死んでるんだっけ)
エリザベスの肉球がギン・イロの剣腹を弾くが、その衝撃で腕が痺れる。生前はただの「バカ」だった二人が、今は痛みも恐怖も忘れた「最凶の殺戮人形」と化していた。
聖女の魔力供給を受け、銀剣が紫の稲妻を纏う。
一太刀浴びるごとに、エリザベスの周囲の床が爆砕され、逃げ場が削り取られていく。魔法を封じられ、二手、三手先を読んだ波状攻撃に、流石の最強猫も活路を見出せずにいた。
「あらあら、先ほどまでの威勢はどうしましたの? そのままなぶり殺しにして、貴方も私のコレクションに加えてあげますわ!」
聖女の甲高い嘲笑が冷たく響き渡る中、エリザベスは肩で激しく息を乱していた。
絶え間なく繰り出される銀剣の閃光と、退路を塞ぐ魔力の盾。最強の猫といえど、魔法を封じられた状態での二対一はあまりに分が悪い。
じりじりと、その足は玉座の前まで下げられていく。
絶体絶命。誰もがエリザベスの敗北を確信したその時、背後から場違いなほど暢気な声が届いた。
「……おいエリザベス。いつまでその程度の余興に付き合っているのだ?」




