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53話「ガリスと牛銀」


「ぬぅッ!」


 鋭い唸りを上げて繰り出された牛銀の「シノ」による反撃。ガリスはその一撃を漆黒の籠手で受け止めたものの、凄まじい衝撃に半歩ほど後ずさり、地を踏み締めた。


「お主、やるな……! ならば儂も、ここからは本気でゆくぞ!」


 ガリスの全身から、闘志に呼応するように魔力が噴き上がる。対する牛銀も、獲物を握り直して不敵に言い放った。


「誰だか知らねえが……上等だ。かかってきな!」


 一触即発。再び拳が交わろうとしたその刹那、ガリスの鋭い眼光が、間近に迫った牛銀の貌を捉えた。


「……待て。お主、よく見れば……牛銀か?」


 唐突に発せられた名に、牛銀は眉をひそめ、構えを崩さぬまま低く応える。


「……ああ。俺が牛銀だが。……それがどうした?」

「なんと……。儂が聞いた話では、牛銀の一団は魔王城へ攻め込み、一人残らず全滅したと聞いておったのだがな」


 ガリスの困惑混じりの問いに、牛銀は一瞬、遠い目をした。かつての自分を葬り去った、あの日の絶望。しかし、今の彼の瞳には、それすらも糧にした力強い光が宿っている。


「……ああ、その通りだ。確かに、かつての俺は一度死んだ。だがな……」


 牛銀は、どん底の淵から己を救い上げた「魔王」の顔を思い浮かべるように、誇らしく、そして不敵に笑った。


「俺は、親方様に出会って生まれ変わったのだぁッ!」


 その咆哮は、かつての絶望も、まとわりつく因縁もすべて断ち切るという不退転の宣言だった。あまりの剣幕と、以前とは別人のような覇気に、ガリスは思わず毒気を抜かれたように肩の力を抜く。


「……お主。ピエール四天王だった頃と比べると、随分とキャラが変わったのう……」


 呆れと困惑の混じったガリスの呟き。かつての牛銀を知る者からすれば、今の彼の変貌ぶりは、もはや別人に近いレベルだった。

 だが、その言葉を聞いた牛銀は、鼻で笑ってシノを回した。


「ピエール四天王? 知らんな、俺の記憶には無い……」


 牛銀は一歩踏み込み、己の胸を強く叩く。その瞳には、一点の曇りもない。


「俺はこれまでも、そしてこれからも、親方様から直々に授かった『護衛その二』という称号こそが、唯一無二! 至高の誇りなのだッ!」


 かつての「四天王」という華々しい地位よりも、今の「その二」という端的な役割。

 その歪で、けれど純粋すぎる忠誠の形に、ガリスは圧倒された。この男は、過去を忘れたのではない。今の自分を愛し、今の主に命を懸けることを選んだのだと、その魂が叫んでいた。


「……牛銀よ。生きていてくれたのは、嬉しく思う」


ガリスは低く唸るような声で告げると、再び漆黒の籠手を構え直した。その双眸には、先ほどまでの困惑は消え、冷徹な戦士の光が宿っている。


「だが、ここで儂が引くわけにはいかぬ。一刻も早く地上へ出ねば、ピエールの命の灯が消えてしまうのだ。……此処は、力ずくでも通らせて貰うぞ!」


ガリスの全身から、物理的な圧を伴う魔力が噴き上がる。それは「旧友」を認めたからこそ、一切の手加減を排するという敬意の形でもあった。


「あの……ガリス様! それから牛銀様も! 戦っている場合じゃありません!」


二人の怪物じみた気圧の衝突に耐えかね、ピエールを抱えた部下が悲鳴のような叫びを上げた。


「まず牛銀様、貴方は一体なぜこんな場所に!? そもそも、その……その『変わり果てた格好』は何なんですか!?」


かつての四天王の威厳はどこへやら、作業着に安全帯、そしてシノという名の鉄の牙。あまりに「現場作業員」として完成されすぎた牛銀の姿に、部下の困惑は限界を突破していた。


「あ? 俺が此処に居る理由だと?」


牛銀は、飛来する火球の熱風を背中で受け流しながら、事も無げに、しかし誰よりも力強く言い放った。


「決まってんだろ。俺は今、『姐さんの助手』としてこの現場に来てんだよッ!」


その宣言と共に、牛銀は重心を深く落とし、逆手に構えた「シノ」を正眼に据えた。ガリスの突進を真っ向から迎え撃つ。


「――待ってくださいッ!!」


決死に覚悟で。

部下は、抱えていたピエールをそっと地面に横たえると、二人の怪物の拳が交差する「死域」の真っ只中へと飛び込んだ。


「……ッ!?」


ガリスと牛銀の動きが、衝突の数センチ手前でピタリと止まる。

巻き起こった凄まじい風圧が、部下の髪を激しくなびかせた。


「……邪魔をするな、部下殿。話を聞くのは後だ!」


ガリスが、漆黒の籠手から漏れ出る魔力を抑え込みながら、押し殺した声で吼える。


「儂は牛銀と決着をつけ、一刻も早くピエールを助け出さねばならぬのだ!」

「……俺の仕事は、姐さんの邪魔をするこいつをブチのめすことだ」


牛銀もまた、鋭い眼光をガリスに向けたまま、シノの先端を微塵も揺らさない。


「だから……! 二人とも、少しは私の話を聞いてくださいッ!!」


部下は喉が張り裂けんばかりの声で叫び、両手を左右に広げて二人を遮った。その背中には冷や汗が流れていたが、視線だけは真っ直ぐに二人を射抜いている。


「……落ち着いてください。先ずは……牛銀様にお伺いします。貴方の『上司の方』は、一体何を目的にここへ来られたのですか?」


「あ? 決まってんだろ。姐さんは、ここが崩壊した原因を調査しに来たんだ。俺はその助手、現場の警備担当だ」


牛銀は鼻を鳴らし、シノを構えたままぶっきらぼうに答える。その言葉を聞き、部下は一気に核心へと切り込んだ。


「つまり……ピエール様がダンジョンを崩壊させた『真相』を知りたくて来た、ということですね?」

「……ピエールだか何だかは知らんが、崩壊の理由を突き止めるのが姐さんの目的だ。お前の言う通りだな」


牛銀がわずかにシノを下ろす。それを見逃さず、部下はガリスをも巻き込むようにして一気に畳み掛けた。


「ならば、話は簡単です! ピエール様の治療が終わり次第、ここで起きた出来事のすべてを我々からお伝えします。そうすれば調査は完了するはずだ。……これでもう、ガリス様と戦う理由はありませんね?」

「…………。……なるほど。確かに、筋は通っているな」


牛銀はしばし沈黙した後、憑き物が落ちたようにふっと肩の力を抜いた。

拳で語り合うよりも確実な「情報」。

部下が提示したあまりにも合理的な解決策に、戦場を支配していた殺気は、潮が引くように消え去っていった。

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