51話「待伏せ」
「……ちょっと、何よこれ。想像を絶する壊れ方じゃない……。本当にあのダンジョンなの?」
荒野を切り裂く暴走からようやく解放された枝豆コーヒーは、乱れた金髪をかき上げながら、目の前の光景に息を呑んだ。
かつては鉄壁を誇ったはずの北のダンジョン。それが今や、巨大な怪物の死骸のように無惨に折り重なり、天を突く瓦礫の山へと変貌していた。
「ふむ……。姐さん、これは外敵による破壊ではありませんな。内側からの巨大な爆発によって、構造体そのものが押し潰されるように崩壊しています」
牛銀は現場監督の鋭い眼光で、ひっくり返った土台や無数に散らばる破片を検分し、確信に満ちた声で告げる。
「……よくわかるわね。私にはただのゴミの山にしか見えないけれど」
枝豆コーヒーが呆れ半分、感心半分といった様子で肩をすくめる。対して牛銀は、巨大な岩塊の側面に指を添え、その「断面」を愛おしそうになぞった。
「見てください、あの瓦礫の跡を。ひび割れの走り方、そして資材が外側へ向かって弾け飛んでいる……。これは相当に高度な術式が内部で暴走した証拠です。おそらく内部からダンジョンを自爆させた⋯⋯感じですね」
牛銀の言葉には、職人としての矜持と、軍事的な冷徹さが混ざり合っていた。
(……もし、この牛の推測通りだとしたら。ピエールはダンジョン内部でアビス教団と交戦し、抗いきれないほどの劣勢に追い込まれた。そして……最期の手段として、刺し違える覚悟でここを自爆させた……?)
枝豆コーヒーは瓦礫の山を見つめながら、最悪のシナリオを脳内で組み立てていた。智将と呼ばれたピエールが、自らの城を爆破してまで守ろうとしたもの、あるいは消し去ろうとしたもの。その代償の大きさが、目の前の惨状に色濃く映し出されている。
「……姐さん。気を付けてください。何かが来ます」
それまで瓦礫を検分していた牛銀が、不意に腰を落とし、地を這うような低い声で警告を発した。その筋骨隆々とした身体が、戦闘態勢へと一瞬で切り替わる。
「気配が二つ……いや、三つ。猛烈な勢いでこちらに近づいてます!」
牛銀の視線の先――崩落した入り口の奥底から、空気を震わせるような地響きが伝わってきた。
暗闇を切り裂き、爆速で迫りくる何者かの影。
枝豆コーヒーは土気色だった顔を引き締め、指先に魔力を込める。
果たして現れるのは、変わり果てた盟友か、それとも全てを飲み込んだ死神か。
静まり返った荒野に、重厚な足音だけが不気味に反響し始めていた――。
――同時刻。
崩落したダンジョンの、出口へと続く急勾配の通路。
「……待って……。地上に……誰か……いる……よ?」
ガリスの背に揺られながら、ミレアが不意に動きを止めた。前髪の奥にある瞳が、地上から漏れ出る微かな「熱」と「殺気」を鋭く捉える。
「ぬう……。この土壇場で、嫌なタイミングで仕掛けてくるのう」
ガリスは鼻を鳴らし、担ぎ上げたピエールを落とさぬよう、改めてその巨躯を安定させた。漆黒の鎧が、戦闘を予感してかすかに軋む。
「……不味いですね。今の我々には、身動きの取れないピエール様という『ハンデ』がある。まともにやり合えば、守りきれない可能性も……」
殿を務める部下が、剣の柄に手をかけながら苦渋の表情を浮かべた。
背後には崩落の恐怖、前方には正体不明の強者。袋の鼠とも言える絶体絶命の状況が、一行の焦燥を煽る。
「ガッハッハ! 案ずるな部下殿。敵が何者であれ、この儂が道を作ってくれるわ!」
ガリスの豪胆な笑い声が、狭い通路に反響して空気を震わせる。彼は右肩に担いでいた炭化状態のピエールを、慎重かつ素早く部下へと託した。
「部下殿、ピエールを頼むぞ。……ミレア、準備はよいか。合図とともに最大火力で『灯り』をぶち込め。その隙に一気に強行突破する!」
「……わかった……。……頑張る……ね……」
ミレアが魔導書のページを細い指先でなぞると、書物から溢れ出した魔力が渦を巻き、彼女の周囲に濃密な燐光を形成していく。
出口の先で待ち構える「怪物」たちが、救いの手か、あるいはアビスの刺客か。正体すら分からぬまま、ガリスは漆黒の鎧を軋ませ、爆発的な踏み込みで最後の急勾配を駆け上がった。
「――今だ、やれッ!!」
ガリスの咆哮が轟く。
刹那、ミレアの掲げた魔導書から、夜を昼に変えるほどの苛烈な閃光が解き放たれた。
「……『フル・イルミネート』……!」
視界を真っ白に焼き尽くす光の奔流。その光輝を盾にするようにして、巨岩のごときガリスの突進が、崩落した出口を突き破って地上へと躍り出た。




