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16話「魔王様とさらばレッド?」

天井から不気味な声が降り注いだ。エリザベスが咄嗟に顔を上げると、そこには異様な光景が広がっていた。つい先ほどまで無様に突き刺さっていたはずの「赤いタイツの男」――山田サラブレッドの姿が、かき消すように消え失せ、もぬけの殻となっていたのだ。


「――っ!?」


エリザベスが息を呑んだその瞬間、玉座に座っていた魔王の体が、まるで紙屑のように宙を舞った。目に見えぬ強大な衝撃に抗う術もなく、その小さな身体は城を支える太い石柱へと深々と叩きつけられる。


「……魔王様!? 大丈夫ですかっ!?」


石柱に叩きつけられた衝撃で、その小さな身体はボロボロになり、口の端からは一筋の鮮血が伝っている。だが――。

 魔王は、両手でスマホを大切に包み込んでいた。その表情には、自らの命よりも、画面のヒビ一つ、死守しきったという、狂気じみた達成感が宿っている。


「……フッ、問題ない。スマホは……無事だ!」


 己の肺が悲鳴を上げていることなど二の次と言わんばかりに、魔王は満足げに鼻を鳴らした。そして、その指先だけは神速の動きで、まだ通話が繋がっている画面をタップする。


「それより、枝豆コーヒー。こちらでイレギュラーが発生した。切るぞ」


 石柱を粉砕するほどの一撃を受け、肺腑はいふを抉られた直後とは思えないほど、その声は虚勢に満ち、冷徹に響いた。


『ちょっ……待って! その鍵……と……ら……れ……!』


スピーカーから漏れる彼女の声は、かつてない焦燥に引き裂かれていた。必死に何かを伝えようと叫んでいたが、無慈悲な電子音がその警告を無残に遮断する。通信は、彼女の言葉が魔王の耳に届く前に、完全に切断された。


「……マオウよ。その『鍵』、確かに貰い受けたぞ」


不気味な声と共に、一人の男が忽然と姿を現した。漆黒のタイツに身を包んだその男は、魔王の懐から奪い取った鍵をてのひらで弄び、見せつけるように二人を見下ろしている。


「……誰だ、貴様は?」


魔王が怪訝そうに眉を寄せると、傍らに控えるエリザベスが、どこか遠い目をして口を開いた。


「魔王様。話の流れと格好からして、あれは山田サラブレッドですよ」

「山田⋯⋯サラバレッド……? 誰だそれは。そんな奴いたか?」


魔王は口元の血を拭うこともせず、心底不思議そうに首を傾げた。その表情は、敵の正体よりも「聞いたこともない名前」への困惑に支配されている。


「……山田……さらば、レッド? 確かに山田はレッド(赤タイツ)とサヨナラして黒くなって……いや違うわ! 山田サラブレッドですよ! さりげなく上手いこと言ってる場合じゃないんですよ」


二人のやり取りによって、完全に蚊帳の外に置かれた山田サラバレッドは――。


「……おい。地の文まで一緒になって、わざと名前を間違えるのはヤメロ。それからぼ、いや俺は山田サラブレッドでは無い。そう。ぼ、いや俺は山田サラバブラックだっ!」


 必死に「闇堕ち感」を出そうと低い声を作っているものの、語尾が少し震えている。


「いや、本人も釣られてるし! というか今、『ぼ』って言いましたよね? 無理して『俺』とか言わなくていいんですよ、さらばさん」

「さらばと言うな! しかも勝手に略すな!」


 漆黒のタイツを震わせ、山田は、奪い取った鍵を握りしめたまま絶叫した。せっかくの強襲劇が、一瞬で学芸会の小競り合いのような空気に塗り替えられていく。


「……チッ、なんだこいつら、やりづらい。とにかく! この鍵は予定通りいただいていく。止めても無駄だ。先ほどの僕――いや、俺の動きに反応すらできなかった時点で、君達に勝ち目などないのだよ!」


 山田は乱れた呼吸を整え、手にした鍵を高く掲げた。先ほど魔王を石柱まで吹き飛ばした一撃は、確かに以前の彼からは想像もつかないほど鋭く、重かった。


「確かに。魔王様が紙屑みたいにぶっ飛びましたし……というか山田さん、急に洒落にならないくらい強くなりましたね」


 エリザベスは、瓦礫の山から出てきた魔王を一瞥し、それから目の前の「黒い男」へと鋭い視線を向けた。以前戦った時は魔力の流れを感じる事ができたが今の黒い山田からは魔力を一切感じとる事が出来なかった。


「フフフ。気になるかい? 気になるよね? 死にゆく君たちには特別に教えてあげよう! この力の源――それは『正義の変身スーツ』という魔導具の仕様にあるんだっ!」


 山田は、手にした鍵を見せびらかすようにポーズを決めた。


「この魔導具は、バッテリーがある時だけ正義の象徴たる『赤』に輝く。だが、ひとたびバッテリーが切れると……そう、漆黒の闇へと姿を変えるのだ」

「……それだけですか? バッテリーが切れて、むしろ強くなるなんてこと、あります?」


 エリザベスの至極真っ当な疑問を、山田は芝居がかった動作で一蹴した。得意げに指を振り、まるで悲劇のヒーローのように遠い目をしてみせる。


「甘いね。それは……語るも涙、聞くも涙の物語。そう、あれは僕がまだ幼い子供だった頃――」

「えっ、ちょっと待ってください。まさかここから山田さんの回想とか過去編に突入するんですか? 需要あります、それ?」

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