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15話「魔王様と枝豆コーヒー?」

昼下がりの魔王城。連日の襲撃によってボロボロになった正門から吹き込む風は、かつての威厳など微塵も感じさせないほどに虚しい。そんな静まり返った玉座の間に、今日も今日とて魔王の身勝手な怒号が響き渡った。


「おい、聞いているか枝豆コーヒー! 貴様の言っていた新限定キャラ『マ・オウ』が、いくら回しても出ないし、どこのガチャ画面にも見当たらないのだが!?」


魔王は玉座にふんぞり返り、手元の端末を乱暴に振り回しながら、通話の向こう側の少女へと詰め寄る。その剣幕たるや、かつて世界を震撼させた魔王の威圧感そのもの……なのだが、怒りの矛先が「実装されてもいないゲームのキャラ」という点が、何よりも救いようがない。


『……魔王様。非常に言いづらいんですけど。……「マ・オウ」の実装、まだですよ?』


スマホの受話口から漏れる少女の声は、どこか遠い目をしたような、呆れと慈愛が混じった平坦なトーンだった。


『言ったじゃないですか。昨晩のはあくまで「アプデ情報」の解禁です。実装日は来週のメンテナンス明けですよ。……魔王様ってば、本当にうっかりさんなんですから』

「…………な、何だと!?」


魔王の動きが、彫像のように硬直した。

振り上げた拳をどこに下ろせばいいのか分からず、しばらく虚空を泳がせていたが、やがて土気色の顔で忌々しげに喉を鳴らす。


「貴様……もしや俺様をめたな! 来週だと分かっていながら、俺様の高鳴る期待をもてあそんだというのか!」

『あはは! 期待してたんだ、可愛い。でも、実装前からそんなに熱くなってたら、肝心の当日に爆死しちゃいますよ?』


軽やかな笑い声の裏で、彼女が昨晩「お片付け」した死体や、伝説の勇者の復活といった血なまぐさい現実が動いているとは、今の魔王には知る由もなかった。


『あ、そうだ。魔王様にちょっと聞きたいことがあるんです』


 不意にトーンを変えた少女の言葉に、魔王は「待ってました」と言わんばかりに、尊大な態度で鼻を鳴らす。


「ふん、そうか! 知りたいか! ならば特別に教えてやろう。貴様に嵌められて、無に帰したガチャの回数は――」

『あ、それは……ごめん。一ミリも興味ないかな』

「⋯⋯」


 一瞬で遮断された。

  魔王が誇らしげに披露しようとした「爆死の記録」は、実りある対話のテーブルに載ることさえ許されず塵となった。


『それより魔王様。……どこかで「金細工が複雑に絡み合い、大粒の魔石が埋め込まれた鍵」って、見たことありませんか? ってないですよね』

「……鍵、だと?」


魔王の隣で熱心に毛繕いをしていたエリザベスが、「鍵」というワードにぴくりと耳を動かして顔を上げた。


「鍵なら、心当たりがあるじゃないですか。えーと、確かですね……コホン」


 エリザベスはわざとらしく咳払いをすると、かつての主の口調を完璧に模写して語り始めた。


「『見ろエリザベス! これほどまでに豪勢な鍵だ。間違いなく、この城のどこかに眠る『とてつもない宝』か、あるいは『世界を揺るがす禁忌の扉』を開くためのものに違いない! ……どうだ、ワクワクしてきただろう!?』――って、6話の魔王様はそれはもう、大はしゃぎで語っていましたよ」

「…………。お前、よく一字一句完璧に覚えてるな。怖いんだが」


 自身の黒歴史を精巧なリピート放送で突きつけられ、魔王は感心を通り越し、エリザベスの記憶力の良さに本気で引いていた。

そんな二人のやり取りを、通話越しに聞き逃さなかったのが「枝豆コーヒー」こと生徒会長だ。


『……ッ! それ、今どこにあるんですか!?』


ダメ元で聞いてみたはずが、思わぬ収穫。受話口から漏れる彼女の声からは、いつもの飄々とした余裕が完全に消え失せていた。電話越しでも分かるほどに、彼女は明らかに動揺し、焦りを見せている。

魔王は、これまでにない生徒会長の必死な様子に毒気を抜かれ、素直に答えることにした。


「鍵、か。確かポケットに……おっ、これか?」


 魔王はスマホをビデオ通話に切り替えると、適当に突っ込んでいたポケットから一つまみの金属を取り出し、カメラに向けた。


『――それです! 間違いありません、その鍵を譲ってください!』


 画面越しに身を乗り出さんばかりの勢いで叫ぶ彼女に対し、魔王は拍子抜けしたようにあっさりと頷く。


「ああ、別にいいぞ。今の俺様には、そんなガラクタより来週のガチャ石の方がよほど重要だからな」

『……ありがとうございます。本当に、感謝します……魔王様』


 受話口から聞こえてきたのは、深く長い溜息と共に漏れた、心底からの感謝の言葉だった。

 先ほどまでの刺すような鋭い声は影を潜め、そこには嵐が過ぎ去った後のなぎのような、深い安堵の色が混じっている。

 電話の向こう側で、彼女が胸に手を当て、膝から崩れ落ちそうになりながら、ようやく平穏を取り戻したであろう光景が目に浮かぶようだった。


「⋯⋯ミツケタゾ」


 不気味に歪んだその声は、魔王城の高い天井――いまだ正義の味方が突き刺さったままの場所から獲物を呪い縛るかのような響きを伴って降り注いだ。

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