14話「魔王様と森の中?」
魔王城を包囲する、陽の光すら届かぬほどに怪しく生い茂った「魔の森」。
その湿った土を踏みしめ、ハニーとダーリンは先ほどまでの恐怖を振り払うように、互いの手を固く握りしめて歩いていた。
だが、そんな二人を頭上から見下ろす、冷徹な視線があることには気づかない。
毒々しい色の葉が重なり合う巨木の上。影に溶け込むようにして、一人の少女が腰掛けていた。
月光を弾く鮮やかな金髪を指先で弄び、その唇には、獲物を狩る悪魔のような不敵な笑みが浮かんでいる。
「ふふっ。さて……彼らが学園長に面白い報告をされると、私の計画が少しだけ『面倒』なことになりますね。さて、どうしましょうか? ねぇ」
少女は、瞳に小悪魔的な愉悦を宿し、眼下で繰り広げられる滑稽な光景を観察し続けていた。
「ねえ、ダーリン。この森、なんだか不気味だわ……」
「そうだね、ハニー。でも、君の瞳の輝きが僕の進むべき道を照らしてくれる。何も怖くなんてないさ!」
「キャーッ! ダーリンったら、恥ずかしい!」
相変わらずの調子で手を繋ぎ、夜の森を歩く二人。そんな彼らが、見覚えのある制服をまとった少女の姿を捉えた。二人は、地獄から仏にでも出会ったかのような満面の笑みで、彼女へと駆け寄っていく。
「あら、ダーリン! あそこにいるのは生徒会長じゃない?」
「本当だね、ハニー。生徒会長だ!」
再会を喜ぶ二人の無邪気な声。
だが、その瞬間、少女の唇が三日月のような形の笑みを刻んだ。
――それで、全てが終わった。
一瞬の交錯。少女の指先に仕込まれた極細の針が、抵抗する間も与えず二人の延髄へと深く吸い込まれた。
「え……?」
ハニーとダーリンは、自分たちの身に何が起きたのかさえ理解できぬまま、糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ち、深い深い眠りへと沈んでいった。
「はい、永遠におやすみなさい。……さてと、お片付けも終わったし。メンテ明けのガチャ、そろそろ回しちゃおうかな」
倒れ伏した二人に見向きもせず、彼女は端末を取り出した。画面の光が、その整った顔を淡く照らし出す。
だが、運命のボタンに指をかけた瞬間――空気を読まない着信音が、夜の森に鳴り響いた。画面には「執事」という二文字。
「……んー。今、最高に良いところなんだけどなぁ。何かありました? 」
不服そうに、けれどどこか楽しげな声音で通話ボタンを押す。
少女が通話ボタンを押し込むと、受話口から無機質な男の、低く落ち着いた声が漏れ出した。
『はい。少々、厄介な事態が発生いたしました。十年前、伝説の勇者パーティーを率いていた「あの男」――。その身に施されていた八つの封印のうち、既に三つが解除されたことを確認しました。完全復活まで、残り五つです』
その報告を聞いた瞬間、少女の余裕に満ちた表情が凍りついた。
「……っ。誰かが、あいつを解き放とうとしているの?」
珍しく、少女の口調が鋭く荒れる。冷徹な生徒会長としての仮面が剥がれ落ち、生々しい感情が露わになった。
『申し訳ございません。現状、実行犯の特定には至っておりません。ただ「封印が解かれた」という事実のみが、観測網に上がった次第です』
「――最優先で監視を強化しなさい。どんな些細な違和感も見逃さないで」
『はっ、御意のままに』
通話が切れると、重苦しい静寂が再び森を支配した。
少女は震える指先で、端末の画面を強く握りしめる。その視線はもはや眼下の二人にはなく、どこか遠い過去の残像を追っているようだった。
「あいつだけは……。あいつだけは、私からあの人を……お姉ちゃんを奪ったあいつだけは、絶対に許さない……」
途切れた言葉の続きは、夜の森の深淵へと溶けて消えた。
十年前、世界を救ったはずの「伝説の勇者パーティー」。
勇者、魔導師、剣聖。そして――今はその名さえ聞かなくなった、伝説の聖女。
栄光の象徴であるはずのその名は、今の彼女にとって、古傷を抉り続ける呪いでしかなかった。




