13話「魔王様とバカップル?」
エリザベスの瞳が、細いスリット状に変化する。
二人が自らの魔導具の挙動に疑問を抱いた、その一瞬の隙。彼女の身体は白い閃光と化し、物理法則を置き去りにした速度で肉薄した。
「てぃ!」
鋭い踏み込みと共に放たれた、音速の猫パンチ。
「おっと! 危ないって――ッ!?」
ダーリンは超直感で自撮り棒を盾にしたが、防ぎきれなかった衝撃が彼の身体を軽々と吹き飛ばす。砲弾のような勢いで背後の壁まで叩きつけられ、石材が派手に砕け散った。
「なによあの猫、チートじゃないの!?」
ハニーが即座に追撃へ転じる。白い自撮り棒を旋回させると、その先端から三日月形の魔力斬撃を乱射した。空気を切り裂く高周波の音が玉座の間を埋め尽くすが、エリザベスはまるで未来を予見しているかのように、最小限の動きでその全てを紙一重で回避していく。
だが、壁際で倒れていたはずのダーリンが、バネのように跳ね起きた。
「ハニー、今だ!」
ダーリンが背後からエリザベスへ猛進する。エリザベスは瞬時に反応し、振り向きざまのカウンターで再びダーリンをぶっ飛ばした。
肉球が彼の腹部を捉えた、その瞬間。吹き飛ばされながらも、ダーリンの口角が不気味に吊り上がるのをエリザベスは見逃さなかった。
「……ッ、これは!?」
回避したはずのハニーの斬撃。それらが空中で急停止し、磁石に吸い寄せられるように反転。無防備なエリザベスの背後へと殺到したのだ。
宙に浮いた身体では、もはや回避は不可能。
――その絶体絶命の刹那。
乾いた銃声が、空間を支配した。
一発、二発――。
重なり合うような連続音と共に放たれた魔弾は、エリザベスを囲んでいた全ての斬撃を、ピンポイントで正確に撃ち抜いた。相殺された魔力が紫の火花となって霧散する。
凄まじい精度の早撃ち。狙撃手すら青ざめる命中精度。
玉座に鎮座したままの魔王の指先からは、薄く硝煙が立ち昇っていた。
「魔王様。すみません、お手を煩わせました」
着地したエリザベスが、小さく頭を下げる。
「……気にするな。適当に撃ったら当たっただけだ」
魔王は依然として不遜な態度を崩さない。だが、その掌は内側から噴き出す冷や汗で滑りそうになっていた。
魔王が焦っていたのは、ダーリンたちの連携ではない。彼らが手にする「魔導具」の性能に対してだ。
(危なかった……! あの斬撃がエリザベスに命中していたらと思うと、胃に穴が開くどころでは済まんぞ! エリザベスには、俺様の魔力が供給されている。それ故に魔導具は俺様だと認識する。今の斬撃は、俺様が何もしなくてもエリザベスを避けてハニーに命中していた。……だが、もしそんな現象が起きてみろ。俺様が『黄昏の使者』だと疑われる可能性が跳ね上がる! それだけは、それだけは絶対に困るのだ……!)
内心で冷や汗を流し、ひとり悶絶する魔王。
一方で、自慢の連携をあっさりと封じられたバカップルの表情には、明らかな動揺が走っていた。
「……なんだ、今のクイックドローは! 今の魔王は、ただの『雑魚で無能なニート』じゃなかったのか、ハニー!?」
「流石に、スマホを片手に適当に撃って全弾命中なんて有り得ないわ。あの猫もチートだし、一度戻って学園長に報告しましょう。ね、ダーリン?」
「そうだね、ハニー。逃げるのもまた、勇気ある決断だ!」
二人は、天井に刺さったままのレッドのことなど完全に忘却した様子で、仲良く手を繋ぎながら魔王城から去っていった。
嵐が去った後のような静寂が、玉座の間に戻ってくる。
魔王は依然として、正体がバレそうになった恐怖で胃を押さえながら悶えていたが、傍らに降り立ったエリザベスは、その姿を「戦いの緊張による反動」だと勘違いしていた。
「……あの、ありがとうございます。先ほどは助かりました」
エリザベスはしおらしく耳を伏せ、感謝の言葉と共に、主への尊敬の眼差しを向けた。




