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12話「魔王様と黒歴史?」

ダーリンは黒い自撮り棒を、ハニーは白い自撮り棒を、それぞれ愛用の得物として握り直す。二人は、つい今しがた仲間を天井に突き刺したことなど記憶から消去したかのように、揃って魔王へと顔を向けた。


「ん? 終わったのか、その……内輪揉めとやらは。……ところで、貴様らが持っているそれは『魔導具』という奴か?」

「あら、仮にも魔王を名乗る者が、魔導具も知らないなんて可哀想よね、ダーリン」

「そうだね、ハニー。慈悲深い僕たちが、無知な彼に教えてあげようじゃないか」


 その後、魔王は寝そべったまま、二人が滔々と語る魔導具の解説に耳を傾けていた。


 要約すれば、それは魔力行使に必要な「詠唱」を省略し、出力の底上げと精密な管理を司る、現代魔法技術の結晶――いわば魔力運用の中継機である。


「なるほど。参考になったぞ」

「そうだろう? この魔導具こそが、人類に真の勝利をもたらす光さ。発明者である『黄昏の使者』様は、まさに歴史を変えた天才だよ」


 ――黄昏の使者。

 その不穏な二つ名に、魔王の指が一瞬だけ止まった。だが、彼は依然として顔を上げることなく、スマホの画面を無機質にタップし続ける。


「説明、大義であった。だが、俺様は今、非常に忙しいのだ。……用事が済んだのなら、早々に帰るがいい」


 徹底した無関心。だが、その態度がハニーの逆鱗に触れた。彼女は自撮り棒の先端を、魔王の鼻先に突きつける。


「ねえ、見て見てダーリン。この魔王、なんだか凄く態度が悪いわ! 折角ダーリンが説明してあげたのに、私達の事を景色か何かだと思ってるんじゃない?」


 一触即発。ハニーから放たれる殺気が玉座の間の空気をピリリと震わせる。しかし、隣に立つダーリンは、うっとりとした表情で彼女の横顔を凝視したままだった。


「ハニー……何を言っているんだい。僕の瞳に映っているのは、いつだってキミだけだよ! 魔王なんて、キミという太陽を際立たせるための背景に過ぎないさ!」

「キャッ! もう、ダーリンったら……嬉しい!」


 再び始まる甘い空気。だが、その直後――二人の瞳からハイライトが消え、口角が鋭く吊り上がった。


「「――死ね」」


 二人が同時に、自撮り棒を魔王の喉元へと突き出す。

 先端からは物理法則を無視した高密度の魔力が刃となってほとばしり、音もなく空気を引き裂いた。一瞬前までの「バカなカップル」は、今や冷徹な「殺戮者」へと変貌している。


「って! 魔王様――ッ!?」


 エリザベスの反応が、わずかに遅れた。

 侵入者のあまりの変貌ぶりに、伝説の聖女として培った「危機の予兆」すら掻き消されていたのだ。焦燥に駆られ、彼女が魔力を解放しようとした、その時。


「「えっ!?」」

「なんでぇ!?」


 絶叫を上げたのは、襲撃した本人たちだった。

 魔王を貫くはずだった魔力の刃。それが着弾の直前、まるで強力な磁石に弾かれたかのように軌道を歪めたのだ。刃は魔王を「避ける」ようにして、あろうことか持ち主たちの胸元へと鋭く襲いかかる。


「ぐっ……あぶなっ!?」

「ちょっ、何よこれ!?」


 自らが放った一撃を、自らの得物で防ぐという滑稽な緊急回避。

 一方で、死の寸前だったはずの魔王は、依然としてスマホの画面に目を落としたまま。ちょうど画面上では、ガチャ開始の眩いエフェクトが虚しく弾けていた。


「……なるほど。魔導具とやら、概ね理解したぞ」


 魔王はスマホをポケットに放り込み、ゆっくりと立ち上がった。その拍子に漆黒のコートが揺れ、玉座の間の空気が一変する。


(黄昏の使者……。まさか、そんな小恥ずかしい二つ名が現代に語り継がれていようとはな)


 魔王は、こみ上げる羞恥心を押し殺すようにこめかみを押さえた。


(……思い出したぞ。昔、あまりの金欠に耐えかねて、小遣い稼ぎに設計図をネットへ放流した『玩具』の基本OSが使われているのが元凶か。道理で、ろくに働いてもいない俺様の個人口座に、今もなお莫大な資金が振り込まれ続けているわけだ。だが――)


 魔王は、鼻先に突きつけられた自撮りランスを、憐れみすら含んだ冷徹な眼差しで見据える。


(だが、技術者の解析能力が低いな。まさか、製作者である俺様を攻撃対象から除外するという、何となく付けていた初歩的な防犯プログラムすら書き換えられぬまま流用されているとは……。それを『最新技術』と呼ぶなど、嘆かわしい)


 呆れを通り越し、もはや憐憫に近い感情が魔王の内に湧き上がる。

 人類が「希望の光」と崇める最新兵器は、魔王から見れば、かつて自分が造った「出来の悪い、若気の至りの粗悪品」に過ぎなかったのだ。


「……それで? その魔導具とやらで、まだ俺様に歯向かうつもりか?」


静寂が支配する玉座の間。魔王の低く響く声には、絶対者の余裕が漂っていた。

 だが、その内心は、今まさに爆発せんばかりの冷や汗で満たされていた。


(……待て。落ち着け俺様。ここで奴らの魔導具を完全に無効化し続けたら、どうなる? 勘のいい奴なら、俺様と『黄昏の使者』を結びつけるんじゃないか。いや、僅かでも可能性を残すな!。そうなれば、あの黒歴史の名が世に晒される! あの名は墓場まで持っていきたい過去⋯⋯ならば……)


 絶望的な予測に、魔王の思考が高速回転する。出した答えは、いつもの「丸投げ」だった。


「――よし、エリザベス! あとは任せた!」

「……は?」


 白猫の、気の抜けたような声が響く。


「えっ、私ですか? いえ、流れ的に完全に魔王様が戦う雰囲気でしたよね? 今、ちょっと……いえ、かなりカッコよかったですよ?」


「わ、わからん! 今のは単なる魔導具とやらの不具合だろう。……それに、どうにもまた腹の調子が悪いのだ!」


 魔王は露骨に泳ぐ視線を隠そうともせず、先ほどまで寝そべっていた定位置へと、這うような速さで後退していく。


「さあ行け、エリザベス! 後のことは任せたぞ!」

「……魔王様。さっきまで鼻歌まじりにスマホを弄っていた方が、どの口で腹痛を訴えてるんですか」


 エリザベスは深い溜息をつき、やれやれと前脚を動かした。その視線の先では、自分たちの放った攻撃が跳ね返ったという理不尽な事実に呆然としていたバカップルが、ようやく再始動の兆しを見せ始めていた。


「不具合……なのか? 五百年先を行く魔法技術と謳われる、あの『黄昏の使者』の基本構造を流用している魔導具が、これほど初歩的なミスを……? そうは思わないかい、ハニー」

「ええ。あの魔導具の生みの親である『黄昏の使者』様が、そんな欠陥品を世に送り出すかしら。ねえ、ダーリン」


 二人の瞳には、先ほどまでの「エモさ」を追求する甘さは微塵もなかった。

 学園の精鋭として、あるいは一人の技術信奉者として、彼らの関心は目の前の魔王以上に、手元にある魔導具の「不可解な挙動」へと向けられつつあった。

――だが、彼らは露ほども知らない。

 自分たちが『黄昏の使者』というワードを発する、度に魔王の古傷をこれでもかと深くえぐり続けている事実に。


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