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11話「魔王様と正義味方再び?」

あれから、およそ三十分の時が流れた。

 地獄の淵から生還した魔王は、一切の迷いを振り払ったかのような満面の笑みを浮かべ、軽やかなステップ……もとい、スキップを刻みながら玉座の間へと戻ってきた。


「ふははは! いやはや、やはり世界を救った後の空気は格別だな!」

「魔王様、トイレが長すぎます。次からは絶対にスマホを置いて行ってくださいね? 分かりましたか?」


 玉座の傍らで待ち構えていた白猫、エリザベスの冷ややかな視線が突き刺さる。先ほどまでの開放感に浸っていた魔王は、その有無を言わさぬ圧力に一瞬で現実に引き戻された。


「……おお、善処しよう」

「よろしい。……それで、魔王様が籠もっている間に一つ分かったことがあります」

「ほう? 俺様にさらなる叡智を授けようというのか。で? 何が分かったのだ?」


 魔王が尊大に問い返すと、エリザベスは短く「あちらをご覧ください」と、器用に前足で一点を指し示した。

 魔王の視線の先にあるのは、もはや蝶番ちょうつがいが悲鳴を上げ、満身創痍となっている魔王城の正門だ。


「……我が城の誇り高き、そして既にボロボロの扉だな」

「ええ、そうなんです。私は気づいてしまいました。あそこをぶち破って入ってくる奴は――魔王様がそこに居ようがいまいが、必ず第一声でこう叫ぶんです。『見つけたぞ、魔王!』と」

「…………そうか」


 エリザベスのあまりにどうでもいい発見に、魔王はそれ以上、言葉を返すことができなかった。

――だが、その時だった。突如として、魔王城の扉が音を立てて開け放たれた。


「ハッハッハ! ハニー、ここが魔王城かい? なんだか思っていたよりもボロボロだねぇ」

「そうね、ダーリン。なんだか思っていたよりもボロボロだわ」


 魔王は無表情のまま、ゆっくりと首を巡らせてエリザベスを見た。


「……おい。言わぬではないか。……ハニー?」

「……言わないですね。……ダーリン?」


 侵入者である「ダーリン」と「ハニー」は、固まっている二人には目もくれず、スマホのカメラで魔王城の内部をこれでもかと連写し始めた。静まり返った玉座の間に、無機質なシャッター音だけが鳴り響く。


「見て見て、ダーリン! あの壁のひび割れ、すごく『エモい』んじゃない!?」

「おー、いいね、いいよハニー! 最高だよハニー!」

「あっ、ここの瓦礫の積み上がり方も凄いわ、ダーリン!」

「本当だね! いいよ、凄くいいよハニー! 映えるねぇ!」


 もはや戦う意思すら湧いてこない。あまりにも想定外な光景を前に、魔王とエリザベスはただただ呆然と立ち尽くしていた。


「……エリザベスよ。アレは何だ? 」

「……知りません」


「大変よ、ダーリン! アレを見て!」

「どうしたんだい、ハニー。……おや、アレは正義の味方レッドさんじゃないか?」


 ハニーとダーリンは、瓦礫に埋もれたレッドの元に駆け寄り、甲斐甲斐しく瓦礫を退かし始めた。


「レッドさん! レッドさん、しっかりして!」


 ハニーは心配そうな声を上げながら、レッドの頬をペチペチと(少し強めに)叩き続ける。


「痛い……痛い……痛いよぉ……」

「レッドさん! 気づいたんですね! よかったぁ……。ダーリン、見て、レッドさんが生きてたよ!」

「そうだね、生きてたね。本当によかったね、ハニー」

「……君たち、ありがとう。助かったよ……」


 目の前で繰り広げられる感動の救出劇。だが、魔王軍は完全に蚊帳の外だった。


「……ねえ魔王様。私たち、完全に無視されてません?」

「そのようだな……(それより、そろそろメンテナンス終わったか?)」

 スマホの画面をチラつかせる魔王の横で、救出劇はいよいよクライマックスを迎える。


「レッドさんが無事で本当によかった。私達、レッドさんのこと、ずーっと捜してたんだから。ねえ、ダーリン?」

「そうだね。そうだよ。地の果てまで、ずーっと捜し歩いていたんだよ。ねえ、ハニー?」

「……え? この俺を、そこまで必死に?」


 再会を喜ぶ仲間?の言葉に、レッドの瞳に感動の涙が浮かぶ。

 だが、ハニーの微笑みは、次の瞬間、氷のように冷たく固定された。


「……おいレッド、いや、山田サラブレッド。てめぇ、私の魔導具、自撮り棒型ランス盗んだろ! さっさと返しやがれ。先生に言い付けるぞッ!」


 氷点下の怒りを孕んだハニーの怒声が、玉座の間に響き渡る。

 救出された感動に浸っていたはずのレッドは、その豹変ぶりに顔を引き攣らせ、必死の弁明を試みた。


「……ま、待ってください! やっぱり、アレはハニーさんのだったんですね!? 違うんです、違うんですよ! 実は、ものすごく綺麗な金髪の生徒から『贈り物』として貰ったんです!」

「あぁん? てめぇ、何、見え透いた嘘ついて人のせいにしてんだ?」


 ドゴォッ! と鈍い音が響いた。

 ハニーは一切の躊躇なく、厚底のブーツでレッドの顔面を無慈悲に踏み抜いたのだ。


「ぐべっ!? ぁ……あがががっ!」

「盗人猛々しいんだよ! 誰がアンタみたいなキモデブに、そんな高価なもん譲るってのさ! 吐け! どこに隠した!」


 ハニーはレッドの頬に深くかかとをめり込ませ、ぐりぐりと捻り上げる。レッドと呼ばれた男の尊厳が、物理的に床へと押し潰されていく。

 その惨状を横から眺めていたダーリンは、うっとりと頬を染め、スマホのレンズを二人に向けた。


「……あぁ、今の角度、最高だよハニー! 怒りに燃えるキミの瞳も、踏みつけるその力強い脚も、本当に素敵だ!」

「んもぉ! 急に何を言い出すのよ、ダーリン。……キャッ、恥ずかしいじゃない。ありがとう!」


 レッドを踏みつけたまま、ハニーは一瞬で「恋する乙女」の顔に切り替え、ダーリンに向かって可憐なポーズを決める。

 その足下では、レッドが白目を剥きながらガクガクと震えていた。



一方、学生達のやり取りを特等席で眺めていた魔王と猫は、すでに戦う意欲を完全に消失させていた。

 魔王はいつの間にか玉座の前で寝そべり、もはや隠す様子もなくスマホをいじっている。その傍らでは、白猫のエリザベスが我関せずとばかりに、入念な毛づくろいを始めていた。


「……なあ、エリザベスよ。最近の学生というのは、あんなに過激なものなのか?」


 画面上のガチャ結果に一喜一憂しながら、魔王が遠い目でつぶやく。


「……あれは恐らく、特殊な訓練を受けていますね。あっ! 魔王様、何か話が進みそうですよ!」

「⋯⋯そうか」


玉座に寝そべったままの魔王の横で、エリザベスが期待に目を輝かせた。

 視線の先では、ダーリンが宝探しでもするかのように、楽しげに瓦礫の山を退けていた。


「あっ! あったよハニー! これ、ハニーの『自撮り棒型ランス』だよね? ほら見て、僕とハニーのプリクラが貼ってあるよ!」


 ハニーは、足元で転がっていたレッドを邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばすと、満面の笑みでダーリンの元へと駆け寄った。


「あら! 本当だわ! ダーリンとのラブラブツーショットね。やっぱりダーリンは素敵、写真映えも最高よ!」


 キラキラしたエフェクトでも背負っていそうな勢いで抱き合うハニーとダーリン。

 そこから少し離れた場所では、ボロボロになったレッドが、震える手で地面を突きながら、ようやくの思いで這い上がってきた。


「……見つかって、良かったね……?」


 血と土にまみれた顔で、絞り出すようにそう呟いたレッド。だが次の瞬間、レッドの視界から世界が消えた。吸い込まれるような速度で放たれたダーリンの一撃が、レッドの身体を紙屑のように弾き飛ばしたのだ。

 凄まじい風切り音とともに放物線を描いたレッドは、そのまま魔王城の天井へと吸い込まれ、瓦礫の一部となって深々と突き刺さった。


「おいおい、何が『良かったね』だ? お前が盗んだりしなきゃ、そもそもこんな面倒なことになってないんだよ。……あーあ、完全に意識を飛ばしてる。これじゃもう、喋れないね」


 ダーリンは、天井で足をぶら下げているレッドを見上げ、心底くたびれたように肩をすくめた。そして、何事もなかったかのような軽い足取りでハニーへと駆け寄る。


「ハニー! なんだかアイツ、鼻についたから『ついやっちゃった』よ」

「キャー! 素敵よダーリン! その容赦ない決断力、最高に痺れちゃう!」


 ダーリンの手には、いつの間にか奪還された『自撮り棒型ランス』が握られていた。


 その刹那――エリザベスの全身の毛が逆立った。

 今の一撃、そして今の身のこなし。一切の予備動作なく、殺意すら見せずに標的を「処理」したダーリンの動き。

 明らかに今までのお客様とは一線を画す「本物」の暴力に、エリザベスは音もなく身を低くした。その琥珀色の瞳は、獲物を狙う獣のような鋭い警戒の光を宿している。

 一方で、天井のレッドを見上げた魔王は、スマホの画面に目を戻しながらポツリと漏らした。


「……刺さったな」

「……刺さりましたね」


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