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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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セイル&リヒトの場合 6

 儀式を行った後、田崎は隣のシャワー室で身体をセイルと共に洗った。身体についた血が排水溝に流れるのを田崎は他人事のように眺めていた。まるで現実味がない。こんなに血が出ているのに痛みは感じなかった。腹部の血を洗い流すと皮膚には薄っすらと魔法陣の模様が浮き上がった。セイルが魔法陣にゆっくりと指を滑らせて微笑む。田崎は背筋があわ立ち、見上げるセイルに自ら唇を重ねた。


「続きは…寝室に行ってからにしよう。今日は体調が急変したりしないようにこっちで過ごすようにって。この建物の方が少し魔力が濃いんだ。妊婦がたくさんいるから、そうしてるんだよね。魔力が不足するとここが光っちゃうから、僕も気をつけないとね」


 セイルはそう言って額を指差した。光る?と田崎は訝しむ。


「お腹の子が魔力を欲しがって出す合図だよ。そうなったら父親か…父親が不在の場合は親しい悪魔に魔力をもらうんだ」


 セイルは身体を洗い流してシャワー室から出た。タオルで身体を拭いてそこに置いてあったバスローブを着る。シャワー室から出るとすでに部屋は何の痕跡もなく片付けられていて、先ほどまでの光景がまるで嘘のようだった。階段を上がってリビングに戻ると、ジーンの姿が元に戻っていた。天使はリツになっている。


「セイルの魔法陣の力も加わったからか、私の身体の治癒も終わったよ。セイル、好きなのは分かるが、今日は無茶をさせない方がいい。ルイも発熱していたからな。よく髪を乾かして二人で眠るんだ。人一人を悪魔に変えたんだ。君だって消耗しているだろう」


 ジーンに言われたセイルは不承不承頷いた。仕方ない。今日は我慢しようと思った。悪魔になった田崎の身体を味わってみたいと思っていたが言われてみれば確かにセイルもいつもよりは疲れていた。魔力の満たされた空間でこうなのだから、ここより薄い魔力回復研究所ではもっと身体が重いに違いない、そう思った。


「ご案内致します」


 子どもの声がして黒目がちな可愛らしい顔をした少年がうやうやしく頭を下げた。


「…見た目は子どもだが、彼は異世界の悪魔だよ。だから学校に通わせていないなどの苦情は受け付けない。執事として教育中だ」


 ジーンが笑う。二人は子どもの後をついて階段を上った。


「入り口と中では見え方が違うんですけど…びっくりしないで下さいね」


 少年はそう言って部屋のドアを開ける。大人が二人で泊まるには十分な広さがあったが、足を踏み入れた途端に空間がもっと広くなって、田崎はめまいがしそうになった。それにしても巨大なベッドだ。キングサイズの上は何だろうと思っていると少年はニコリと笑って言った。


「ベッドには拘ってるんです。悪魔の身体で抱き合っても壊れないように特殊な加工がされてるって言ってました。人間用のベッドだと大きくてもすぐに壊れてしまうので、魔界のものを運び込んだと聞きました。僕も…陛下に捕まる前は…もっともっと身体だけ大きくて…でも今は、脳みその成長度合いに合わせた身体にしておけって言われちゃいました。ちゃんとした教育も受けてなかったんです。人間は襲っちゃダメだとか…知らなかったんです。今は優しくてとっても怖い先輩に指導してもらって、色々勉強中なんです」


 少年は部屋の収納を開けて丁寧に説明を始める。


「こっちの引き出しには経口摂取の魔力回復薬と媚薬が入っています。注射もありますけど…お二人には必要なさそうですね。ここの冷蔵庫のものは何でも召し上がっていいですが、リビングの冷蔵庫に入っているものには注意して下さい。名前の書いてあるものはお召し上がりにはなれません。食べたい場合は相手と交渉して下さい。社長が勝手に食べて使い魔の機嫌を損ねて大変だったんです。夕飯はお部屋にお持ちしますか?リビングで皆で召し上がることもできますので、体調などを考慮して決まりましたら内線で教えて下さい」


 少年はペコリと一礼をすると部屋から出て行った。見送ったセイルは感心したように言った。


「異世界の悪魔…初めて見たなぁ。陛下が整形してあのサイズと見た目にしてしまったけど…元のままだと…巨大だったみたいだよ。一時期ニュースでやってたらしいけど、その頃僕はまだこっちに来てなかったから…あの子は人間を食べていなかったから見逃してもらえたみたいだね…下っ端には残飯を与えて…もう少し上の悪魔は人間を捕まえて食べたり性欲の解消に使ったり…好き放題してたらしい。内閣総理大臣直々に駆除の要請が来たから、一体幾らって換算で、まぁ処分したみたいだけど…それでけっこうな小遣い稼ぎになったって、陛下の使い魔が言ってたんだよね」


「人を…食った??…内閣総理大臣…?」


「うん。そうだよ。自衛隊でも対処し切れない異世界案件は都合よく悪魔を利用するんだ。でも本当は悪魔にのさばってほしくないから、この世界から早々に立ち去ってほしいとも思ってる…天使の転生者をさっさと迎えに来いって言わないのは、無条件に天使は善き者だと思っているからだけど…果たして本当にそうなのかな?」


 セイルはガブリエルに傷付けられた肩に触れた。


「僕に言わせれば悪魔は欲望に忠実なだけで、天使は神に創り出された存在だったから欲望が薄められていただけなんじゃないかって思ってるんだ。あぁ…この世界に神はいないから、それをうまく説明できないなぁ。万物の創造主がいて、天使は欲望がないから、自らの意思で繁殖したりはしないんだ。でも今はその神がいなくなった…天使は元々が長寿の種族だから、当然繁殖にも興味がなかったんだけど…それでもたまに異世界の狭間に吸い込まれたりして、いなくなる者がいて…ここにきてようやく、天使の繁殖計画が始まったところなんだよね…だから、この家にも天使が滞在してるんだ。元々繁殖計画のきっかけを作ったのは陛下だし」


「そうなのか?どうして悪魔が天使の繁栄を手伝うんだ?」


「うん、変だよね。でも王妃が元天使だからじゃないのかなって。何だかんだ言いながら陛下は天使が嫌いじゃないみたいだし…確かに悪魔が繁栄している今、天使が減り続けると魔界と天界のバランスが取れなくなる…というのもあるかもしれないんだ。均衡が崩れるのは良くないよ。でも正直…殺戮マシンみたいなミカエルには会いたくないよね…僕としては…」


 セイルは肩をすくめた。


「殺戮マシン…?」


「うん。戦争をしていたときにミカエルの通った後には悪魔の死体が累々と…っていうのは有名な話でさ。血も涙も感情もない天使だって…女子どもを震え上がらせてたから」 


「セイル…夕飯は…部屋で食べようか…」


 田崎が言うとセイルは苦笑しつつも頷いた。


「うん…ありがとう…その方が…少し安心できるよ」



***



 その後田崎とセイルは大きなベッドに入って少し身体を休めた。と言っても、セイルはひたすらにキスを求めてきて、二人はベッドの中で甘い言葉を囁き合いながらダラダラと過ごしていた。慣れとは恐ろしい、と田崎は思った。愛していると口に出すのも照れくさかったのに、今では次々と恥ずかしげもなくセイルの耳に睦言を囁いている。悪魔になってしまったからなのか、セイルに影響されたのかは分からなかった。セイルを抱きしめて首の後ろに口付けをしていたときだった。やけにリズミカルにドアがノックされた。


「あの…こんにちは。ご挨拶に伺いました」


 遠慮がちな若い女性の声が聞こえた。セイルは飛び起きて不審そうにドアの方を見つめてから、はだけたバスローブを直してそっとドアを開けた。


「……!!」


 ところが、開けた途端にセイルは巨大な何かに抱きしめられて、その相手が誰かに気付いた途端に背筋が凍りついた。


「わーほんとだ!セイルだ!私のこと覚えてる?」


「…こんな騙すみたいなやり方…いけませんよ…すみません」


 隣でイオフィエルが気の毒そうに言った。


「ミカエル…止めて…下さい…」


 名前を聞いた田崎は慌てて駆け寄って、セイルを抱きしめている天使からセイルを奪い取った。


「天使だが何だか知らないが、止めてくれ!!」


 田崎を見たミカエルはきょとんとした。それから腕の中のセイルを見つめる。


「あれぇ!?女の子になってる!!うわっ!ゴメンゴメン、うっかりしてたよ。懐かしくなっちゃってさ」


「……?本当に…ミカエルなんですか?」


 セイルは田崎に抱きしめられたまま、相変わらず彫刻のように整ったその顔を見上げた。確かに姿はミカエルだ。会話するのも初めてだと思って、この天使は口を開くとこんなに気安いのかと思う自分と、そんなはずはない、と思う自分がいてセイルは混乱した。


「そうだよ?まぁ…君はすばしっこくて、僕の剣ですら一つも当たらなかったのに、なんでガブリエルに刺されたのかなって、ずっと疑問だったんだよね…」


 ミカエルは首を傾げてセイルを見つめた。


「あーなるほど、そういうことだったのか。何となく状況が分かったよ。ガブリエルに聞いても教えてくれなくてさ。その姿だと…いくら欲望のない天使でも刺激されるよね…なるほど、人間の男はイチコロな訳だよ。君、出会ってすぐなのに種付けしちゃって悪魔に変えられたの?ん?イオフィエル、変な顔して…どうしたの?何か言い方間違えたかな?」


「いいえ…間違えてはいませんけど…ミカエルさまは言葉の選び方が雑です…人には不快かと…えっ?出会ってすぐにそんな行為を行ったんですか!?なんて破廉恥な!!」


 イオフィエルが口に手を当てて二人の姿を凝視する。お互いの首や肩にうっ血した跡が赤く残っているのに気付いてイオフィエルは真っ赤になった。


「あーなんか天使って…めんどくさいな…放っといてくれ。俺たちの事情に口を挟まないでほしいな。考えなしにこうした訳じゃない…」


 田崎はおかしな二人の天使相手に言った。


「事情と情事って順番を逆にしただけで、意味が変わるんだねぇ…日本語は難しいよ」


 ミカエルがのんびりと言う。田崎は次第に頭痛がしそうになってきた。どうも話が噛み合わない。


「あの…ホントに何しに来たんですか?儀式を終えて少し疲れてるんで放っておいて下さいよ」


 セイルが言うとミカエルはニコニコしながら特大の爆弾を投下してきた。


「だって、君たちのラブラブな甘いエネルギーがドア越しにも放出されて私たちの部屋にまで届くから、気になって気になって仕方ないんだよね。そりゃ見に来るに決まってるじゃない」


 田崎は言い返すべき言葉を失って思わずセイルの顔を見つめた。セイルはミカエルに向かってニコリと笑った。


「新婚なんですから勘弁して下さい。次からは気配には気をつけますから」

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