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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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セイル&リヒトの場合 5

 どうやら魔界に出した婚姻届が相当な物議を醸したらしく、その翌日も見慣れない看護師が数名現れては、田崎の病室の外からコソコソとこちらを窺っていた。しかも今度は女の看護師の姿をした悪魔なのだった。田崎がそちらを見るとキャッと言って三人ほどが逃げ去ってゆく。落ち着かないことこの上ない。


「あーみんなうるさいから、ちょっと外行こうか。僕も今日は有給にするよ。どうせ来たばかりの悪魔はこのフロアから出られないんだし」


 セイルはそう言うと若い女性の姿になった。田崎がクローゼットを開けるとヨレヨレだったワイシャツにはアイロンがかけられていて、着替えると病人から一気に社会復帰を遂げたような気分になった。セイルは外出許可を取るのにタブレットに何かを記入していた。


「ここに、サインして。陛下に許可を取るから。儀式の」


 差し出されたのでサインをする。見慣れないアイコンが並んでいると思って見ていると、セイルは慌てて画面を変えた。いつものアイコンだ。


「あ、魔界のシステムも入ってるんだよね。環境に優しいペーパーレス化を目指してて、ほとんどデジタルだよ。でも儀式はそうはいかなくてさ。あんまり血を流さないのがいいんだけど難しいよね。そこそこ飲まないといけないから、気分が悪くならないといいけど…」


 セイルが田崎と腕を組んで部屋を出ると、先ほどの看護師たちが目を潤ませていた。


「やっぱり本当なのね…」


「あぁ…セイルさま…」


「でも、女性になってもお美しいわ…」


 田崎は落ち着かないまま、病院の外にでる。セイルは一度一階に降りてからエレベーターを乗り換えた。


「たまには帰らないとさ。この上なんだ。僕が住んでるのは。マルバスやリモンも同じだよ」


 セイルは十五階のボタンを押した。


「ねぇ、リヒト、今借りてる部屋…引き払って一緒に暮らそうよ」


「えっ…あ…あぁ…」


 エレベーターが十五階に到着する。降りた田崎はドアの数が二つしかないことに気付いた。向かいに里門と書かれている。賢木と書かれた部屋のドアを開けると、教員住宅とは比べ物にならない別世界が広がっていた。リノベーションをしたのか内装も新しい。


「まだ下の階は空いてるんだけどね。広い物件は十四階から合わせて六部屋だから、先に契約しておいて良かったよ。ここなら子どもが産まれても余裕で暮らせるね」


 田崎は自分が金持ちの若い女性のヒモになってしまったような気分になった。今は休職中だから余計にそんな気持ちになる。セイルは心を見透かしたように笑う。


「僕はこの部屋でリヒトを飼ってもいいんだよ?僕は自慢じゃないけどけっこう稼ぎはある方だから、リヒトを養える。学校の先生って心労も多くて大変な仕事だよね。でも…リヒトは…そういうのは嫌だって分かってるよ。だから閉じ込めたりはしない」


 田崎はセイルに促されてソファーに座った。このビルの立つ通りは高層ビルが建てられているが、広い道路を隔てて向こうは低層の高級住宅街となっていた。学校はその中間に位置する。ここの賃料もバカ高いに違いなかった。


「リヒト…嫌いになった?」


「どうして?そんなことで嫌いにはならないよ。ただ不甲斐ないなと思っただけだ…俺はセイルの思うような立派な人間じゃないから…」


 セイルは微笑んで田崎の手を握ると自分のお腹に当てた。


「あのね…僕は…本当はずっと子どもが欲しかったんだ。でも、この人だって思ったのはリヒトが初めて。それは本当だよ?」


「そう…なのか?あのさ、さっきの女性たちは…何者?」


「あぁ、あの子たち?僕の親衛隊の一部だよ。僕って優良物件だからさ、妻の座を狙う子は一定数いるんだよ。でもあの子たちは夫には寛容だから安心して?」


 全く安心できないと田崎は思ったが、セイルにキスをされて誤魔化されてしまった。気付けば田崎はソファーに押し倒されてセイルに主導権を握られていた。そのときスマホが鳴ってセイルが出る。


「はい、はい、えっ?今からですか?いいえ。大丈夫です。はい、伝えます」


 通話を終えたセイルは田崎の顔を見つめた。


「今から…儀式を行うって。補佐官が迎えに来てくれるからベーカリーの前で待つようにって」


「えっ?早いな…心の準備が…」


 田崎は急に緊張し始めた。


「大丈夫だよ。緊張するなら少し媚薬を使ってもいいから」


 セイルの言葉に田崎は余計に緊張した。部屋から出てエレベーターで降りる間にも田崎の心臓はドキドキしっぱなしだった。セイルと二人で外に出て待っていると、高級そうな外車が近付いてきて止まった。


「乗りな」


 ストラスが言う。後部座席に乗り込むと、ストラスは振り返って田崎の顔を見て笑った。


「田崎さん、思い切ったことしましたね。昨日の今日でセイルを女にして、今日悪魔になる…」


「いや…俺は…」 


 田崎は口ごもる。


「何?迷ってる…訳ではないのかな。ま、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。俺だって、ルイと契約するときはけっこう迷いましたから…ルイは色々物事には達観してるけど子どもだ…抱けって言われて簡単に抱ければ苦労しない。田崎さんは大人だから…その点は迷わないでしょう?セイルは美人だ」


「そう言う割には補佐官の目には僕なんて全然映ってなかったけどね?」


「いや…俺の魔力はまだまだ及びませんよ」


「よく言うよ。剣豪の名を継いだ悪魔のくせに、第一夫人を元吸血鬼の悪魔にするだなんて、そっちこそなかなか思い切ったことすると思うよ…」


 また剣豪?と田崎は警戒する。


「俺は俺の地位と名声関係なしに仲良くやっていけそうな相手を選んだだけですよ」


 そんな話をしているうちに、あっという間に車は豪邸の前に到着した。ストラスは車庫に車を入れると二人を案内する。


「あぁ、到着したな」


 リビングに入るなりそう言った相手を見てセイルはぽかんとした。


「なんだ?この姿を見たことがないからと言ってそんなに驚くことでもないだろう?」


「へ…陛下??」


 セイルは十歳程度の美少女を見つめる。少女はフィランジェルの膝の上に乗っていた。フィランジェルは今日は見ようによっては青年のように見える。


「どうせならこの姿を治してしまおうと思って始めただけだ。壊れて見るに耐えない姿だったから今まで積極的にならなかっただけだよ。少し田崎さんに儀式の説明と準備をと思ってね。フィランジェルから魔力を流してもらっているから、このままで話すよ」


 田崎はまるで男女が逆転したかのような構図に鳥肌が立つ。セイルの言う強い相手でなければいけない理由が何となく分かった気がした。一方がか弱い姿になった場合に絶対に守れる強さを持った相手の方がより相応しいのだ。現にフィランジェルは今、膝の上の少女を守っていた。少女も守られることを良しとして相手に身を委ねている。信頼し合っているのが伝わってきた。


「あ、ストラスお帰り!先生いらっしゃい」


 ルイに良く似た長い髪の少女が現れて田崎に言った。ストラスは少女に軽くハグをする。少女のお腹は明らかに大きく膨らんでいた。


「えっ…ルイくん?」


 聞いてはいたが実際に目にするとやはり驚く。ストラスはルイのお腹に手を当てると愛おしそうに撫でた。


「田崎さんを悪魔にする日程を早くしたのには理由があるんだ。セイルが無事に妊娠したから…これから田崎さんには悪魔の子を育てる義務が生じる。腹の中に子がいるときから悪魔は今ストラスがやっているように腹の子に魔力を注ぐんだ。こんな風に…」


 ストラスは言い終えると後ろからルイを抱きしめてお腹を撫でながらルイとキスをし始める。田崎は変な動悸がした。


「あぁやって父親の気配を覚えさせたり、周りの悪魔も手を握ったり腹を撫でたりして腹の子に魔力を与える。つまり田崎さんが人のままだと、魔力の気配を子どもがうまく認識できない可能性がある、そういうことだ…」


 ルイはストラスとキスしていたが、やがて唇を離して微笑んだ。少し赤く上気した頬が美しい。ルイはストラスがお腹を撫でる手に自分の指を絡めてどこかうっとりした顔付きをした。紛れもない美少女だ。


「わ…分かりました…それで…儀式は…」


「僕、魔法陣を描いてくるよ」


「あぁ、場所はこっちです」


 ストラスに案内されてセイルが姿を消す。ルイはフィランジェルの隣に座ってその肩に頬を寄せた。フィランジェルはルイの頭を撫でると田崎を見て微笑んだ。


「儀式はセイルの言う通りにしていれば問題はないが、念のために私とフィランジェルが同席する。不測の事態が起こった場合に対応するためだ」


「はい…」


 それからしばらくセイルは戻らなかった。執事のような初老の男性が紅茶を持って現れた。田崎は落ち着きなく紅茶を飲んでいたが、ようやくセイルが現れた。


「魔法陣を描き終わったから、地下に行こうか」


 セイルは田崎の手を握ると微笑んだ。



***



 田崎は今、同席を許したことを少し後悔していた。階段を降りて地下室に入るとすでに室内は薄暗くなっていたが、そこで彼は全裸になるように言われた。セイルはあっという間に脱いでいて、もたもたと恥ずかしそうに脱いでいた田崎は、ボクサーパンツをセイルに脱がされてしまった。


「同席って言ってもじろじろ見る訳じゃないから大丈夫だよ。ほら…」


 ちらりと二人の方を見るとフィランジェルと少女がキスをしていた。そちらに一瞬気を取られた田崎をセイルは魔法陣の中央に招き入れる。小さなマットがあり申し訳程度にシーツが敷かれていた。セイルは田崎の背中に何かを素早く注射した。その下で魔法陣が徐々に輝き出す。セイルは田崎を座らせると、どこからともなくナイフを取り出した。


「たくさん血が出るけど大丈夫だから。僕を信じて」


 あっけなくナイフは田崎の手首を切り裂き溢れ出る血をセイルは飲み始めた。田崎はどんどん鼓動が大きくなり、少し視界がぼやけてきた。横たえられて血塗れの唇が重なる。セイルの身体は悪魔のそれに変わっていた。セイルの舌が絡まると濃厚な血の味がした。田崎はそれをゆっくりと飲み込む。不快ではなかった。飲み込むと胃の辺りが熱くなった。


「名前を呼んで」


 唇が離れる。


「…セイル…」


「田崎悧人、汝の肉体と魂をもらい受ける」


 セイルは厳かに言うと田崎の腹に血で何かを描いた。魔法陣なのだろうかと思う。やがてゆっくりと静かに田崎とセイルは身体を繋いだ。両手が絡まり田崎は背中に激しい痛みを感じた。


「耐えろ。リヒトなら耐えられる」


 彼は痛みに喘いだ。セイルは田崎の身体を抱き起こすと、呻く田崎の腰を抱く。肩の辺りに違和感が走って何かが中から突き抜けるのを感じた。


「ああっ…!!」


 田崎は背中に出たものの正体を突き止めようとした。視界にちらりと見えたのは黒っぽい鱗と皮のような物に覆われた醜悪な翼だった。夢の中で戦った怪物にもこんな翼が生えていたと彼は思った。


「…俺が…倒そうとしてたのは…俺自身…だったのか…?」


 田崎は呆然としてつぶやいた。セイルはそんな田崎の頭を撫でて言った。


「誕生日おめでとう。僕だけの勇者、僕の夫。今日からリヒトは悪魔だよ」


 セイルと血の味のする唇を重ねながら、田崎は思ったよりも気分は悪くならなかった、と安堵した。


「リツの次に君が二番目だな。悪魔に変えても気絶しなかったのは」


 田崎を見て美少女姿の陛下が面白そうにそう告げた。

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