↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

349/366

セイル&リヒトの場合 4

「な、何をするんだ!!」


 田崎が唇を拭って相手を睨むと、彼はニヤッと笑った。


「えー味見だよ、味見!」


 ゴツい男性にキスをされる趣味はさすがになかった田崎はすでに不快感でいっぱいだった。二階堂は何か危機を感じ取ったのか、すでにチサと共にマルバスの後ろに隠れていたが、次の瞬間にセイルはどこからともなく剣を取り出して相手の喉元に突き付けていた。


「首を落とされたいのか?アバドン。彼は僕と仮契約している。二度目はない。よく覚えておけ」


「ひぇぇ!マジかよ!お前、マジでコイツと?お前の婚姻届が出てたから何事かと思って駆け付けたんだよ…おい、今ならまだ間に合う。いくら人間と契約するのがブームだからって、お前までその流れに乗らなくたっていいだろ?結婚?冗談だよな?頼む!冗談だと言ってくれ!!」


「うるさいな。舌でも斬り落とさないとその口は黙らないのか?」


 セイルの手に持つ剣が小さなナイフに変わり、アバドンの口の中に突っ込まれる。アバドンはうめいて両手を上げた。セイルはそれでも無造作にナイフを横に振った。


「……!!」


「アオくんの前で血を流さないでよ!!」


 マルバスは二階堂の両目を手で覆ったが、セイルに口を切られたアバドンは両手で口元を押さえて、その手の隙間からボタボタと血を流していた。


「ちょっと!セイル!何やってんの!」


 リモンが駆け付けてくる。


「僕の仮契約者にキスをしたアバドンが悪い。病院じゃなければ唇を削ぎ落としているところだ。僕は本気だ。ふざけるな」


 けれどもセイルは田崎の方を見ると、途端にしまったという顔をした。


「ごめん…リヒト…こんなことをするつもりじゃなかったのに…僕は笑って見逃せなかった…」


 セイルは一瞬田崎に歩み寄ろうとして、そこで突然踵を返すと足早に去ってしまった。田崎は呆然とその姿を見送りかけて、慌てて立ち上がると追いかけた。


「待つんだ!セイル!」


 セイルは振り返らずに、休憩室と書かれた部屋に消える。田崎はドアを開けようとしたが内側から鍵がかかっていた。


「開けてくれ!セイル!!開けないと…ぶち破るぞ!」


 思わずそう言って、このドアをぶち破るには体当たりでも開かないかもしれないと思った田崎が少し迷っていると、カチャリと小さな音がして施錠が解除されたのが分かった。田崎がドアを開けると、そこには顔を涙でぐしゃぐしゃにしたセイルが立っていた。


「セイル!!」


 田崎はセイルを抱きしめる。先ほどまで剣を突き付けていた人物と同じとは思えないほどに、セイルは泣いていた。


「ごめ…ごめんなさい…僕…こんな…野蛮なこと…するつもりじゃ…なかったのに…リヒトに手を…出されたら…すごく腹が立って…」


「泣くな、セイル。別に俺は怒ってないよ。少し驚いただけだ…次からはキスされないように気をつけるから…許してほしい…」


 田崎は自らセイルに口付けをした。セイルはビクッとしたが、素直に田崎の唇を受け入れる。


「怖く…なかった?」


「怖いってよりは…格好良かった…そんなに…俺のことで怒ってくれる奴なんて今まで…誰もいなかったからさ…女の姿でも男の姿でも…どっちのセイルも好きだよ…俺は」


「リヒト…」


 セイルは田崎に飛びついて仮眠用のスペースに押し倒すと、そのままむしゃぶりつくように何度も唇を重ねた。セイルの魔力が上がる。セイルは田崎に抱きつくと、じっとその鼓動に耳を澄ませた。田崎の鼓動も早い。魔力を高めながら口付けを交わすとドキドキしてすぐに身体が熱くなった。女の姿になろうとして思い留まる。夜勤の姿は青年のままでなくてはと思った。一応規則は守らなければならない。


「リヒトごめん…仕事中…だったのに…理性が…飛んだ…」


 セイルは田崎に抱きついたまま小声で言った。


「…俺は…セイルの気配が…感じられるようになった…遠くにいても分かる…」


「うん、僕は…ずっとそうやってリヒトの気配を感じてるんだよ」


「セイルが不安なら…本契約してもいい。全て俺がセイルのものになれば…他の悪魔に奪われる心配…なくなるんだろ?」


「うん…それはそうだけど…リヒト、悪魔になったら…人には戻れないんだよ?肉体も魂も全て…僕のもの…大丈夫?歳もほとんど取らなくなるから…今の見た目で止まる…先生に復帰するなら…ほんのちょっとずつ歳を取った見た目にすることは可能だけど…」


「あぁ、分かってるよ」


「じゃあ…陛下にお伺いを立ててみるよ。それから日程を決めて儀式を執り行うんだ…」


「なんか大ごとなんだな」


「当然だよ?人の運命を変えてしまうんだから」


「儀式って言ったか?」


「うん。魔法陣の上でお互いの血を注ぎ合って…抱き合うんだよ。それで正式に魔界に行ける身体になる…人のまま連れて行く方法もない訳じゃないけど…使い魔って言って、偉い悪魔の下に仕えることになる…チサがそうだね。緊急事態のときには仮契約よりも確実だから、そうする場合もあるけど…主と使い魔は通常なら結婚することはないから…結婚したい相手と儀式を行うのが自然な流れだね…」


 セイルはそう言って田崎の頬に触れた。


「あのね、ガブリエルの剣の破片を取り除いたから…とても調子がいいんだ。ずっと爆弾を抱えて生きてるみたいな感覚だったから…これで、心置きなくいつでも儀式が行える身体になってホッとしてる。でも…お腹が大きくなる前に済ませたいかな。だって…リヒトは妊婦を抱くのにはきっと抵抗があるでしょ?」


「あ…あぁ…それは…うん、そうだな」


 田崎はセイルのお腹が大きくなるのを想像してみたが、うまくはいかなかった。けれども昼間に受精卵があると言われていたことを思い出す。


「セイル、その…お腹の方は…大丈夫なのか?」


 するとセイルはにこりと笑った。


「今は男の姿だから、問題ないよ」


 そういうものなのだろうか。本人が大丈夫というからにはそうなのだろう。田崎はまだまだ分からないことが多い、そう感じながらセイルと口付けを交わした。



***



「セイル、入るわよ?」


 休憩室に入ってきたリモンはアバドンと呼ばれていたゴツい男性の耳を掴んでいた。ドアを閉めたリモンは突然、巨乳の美女から立派な体格の男性になった。黒みがかった深い森の緑の髪に燃える炎のような赤い目をしている。盛り上がった上腕二頭筋に田崎は思わず見惚れた。リモンは田崎を見てニヤリと笑った。


「田崎さんもそこそこ鍛えてるんだろうけど、俺は悪魔だからな。アバドン、お前、ふざけた真似してると、魔界に追い返すからな?」


 リモンはアバドンを見下ろして顎の下を掴んだ。


「口を斬られた程度で終わって良かったな。俺のチサに手を出してたら、大事なとこ握り潰してたぞ。いいか、仮契約と使い魔の契約が済んでるやつには、治療以外では指一本触れるな。それと勝手に種付けもするな。それこそ陛下に激怒されて出禁にされるぞ?」


 リモンの言葉を聞いていた田崎は密かに慌てた。


「あぁ、田崎さんは大丈夫。セイルが望んで子種をもらったから。逆は別に問題なし!ノープロブレム」


「はぁっ!?」


 リモンに拘束されているアバドンが鬼の形相でこちらを振り返る。よりにもよってセイルは田崎の上に両足を開いて向かい合わせにぴったりと抱きついていた。わざとだ。


「セイル!おい!お前…!」


「なんだよ、うるさいな。僕のお腹の中には受精卵があるよ?そろそろ着床するんじゃないかな。魔界とこっちじゃ時間の流れ方も違うからね。すっごく楽しみなんだ。全部が初めてのことだから」


「おい…嘘だと言ってくれよ…なんで…人間なんだよ…」


 アバドンは力をなくして、とうとう床にへたり込んだ。顔を覆ってアバドンはさめざめと泣き出す。


「えー?なになに?マジでアバドン、セイルのこと抱けると思ってたのか?バカだなぁ…お前、剣で負けてる時点でそれはないんだよ…みんな言ってただろ?話聞いてなかったのか?」


「だっ…だったら!!こいつはどうなんだよ!剣で試合すらしてないじゃねーか!!それなのにセイルを抱いて孕ませたなんて、ズルいだろーがよ!!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でアバドンは叫んだ。リモンは呆れた様子で箱ティッシュを差し出した。アバドンは盛大に鼻をかむ。セイルはフフッと笑って相変わらず田崎に抱きついたまま言った。


「あのねぇ…リヒトは転生前の記憶を全部消されちゃったから何にも覚えてないけど、とある世界では超有名な剣豪だったんだよ。悪魔にしたら何か思い出すかもしれないじゃない。果たして僕が勝てるのか…ちょっと未知数なんだけど、抱き合ってるときに一瞬過った記憶を見たら…下手すると負けるかもなって思っちゃったんだ。だから僕は今すごくワクワクしてるんだよ?記憶を呼び戻せたら、何が起こるかも含めて…僕はリヒトの魂が欲しいんだ」


 田崎はたった今聞いたセイルの言葉を理解するまでに少し時間を要した。剣豪?そんな記憶はないと思う自分と、たまに得体の知れないグロテスクな翼の生えた巨大な生き物相手に戦っている夢を見ては、大人になってもヒーロー願望の抜けない子どもじみた大人だと、自分自身に対して呆れていたことを思い出してしまった。あれはてっきり夢だと思っていたがそうではないのだとしたら。


「だから、アバドンにはその機会は永遠に来ないんだよ。僕は強い男の子種しか欲しくない…陛下には想い人がいたから、キスすらさせてもらえなかったしね…」


「はぁっ!?セイル、それ初耳なんだけど!お前、陛下の唇狙ったのか!?よく殺されなかったな」


 リモンがゾッとしたように言う。昔の陛下は今よりも人を寄せ付けない不機嫌全開の顔付きをしていた。


「フフッ。有能な部下には甘いからね。ちょっとしたゲーム感覚でさ。周りの圧が強かったときに、想い人が見つからなかったら、僕辺りで妥協しませんか?って言ってはみたよ?」


「怖いもの知らずだな…で?」


「お前で妥協できるなら、とっくにしてる、って言われた。よくよく考えたらフィランジェルも剣豪なんだよね。陛下も結局は強いあの天使じゃなきゃ絶対にダメってことだったんだろうなぁって」


「それでガブリエルだったのか…?」


 田崎のつぶやきに、セイルは苦笑いをした。


「ごめん、リヒト。そういう意味で言ったんじゃないよ。ガブリエルには敵わなかった。だから降伏するしか逃げ道はないかって思って…誘惑したら刺された。殺されなかったけど…あんなに怖い思いをするのは懲り懲りだよ。唇から神聖力を注がれて気絶しちゃった…気付いたら魔界の病院だった…」


 神聖力を注がれた?しかも唇から?と田崎には幾つも引っかかる言葉が出てきたが、もう数百年前のことをあれこれ言っても仕方ないことは分かっていた。それにあの天使はインキュバスの子どもに翻弄されている。それでも、もしかするとわざと見逃したのだとしたら、あの天使もセイルに少しは興味があったのかもしれない、そう思った。


「僕はリヒトの赤ちゃんを産むからね?ね、何人欲しい?」


 セイルは微笑んで田崎の耳元で囁く。青年の姿なのにその瞳は蠱惑的で、田崎はこの悪魔にすでに魂を奪われている自分を自覚した。


「あぁぁ…俺の三百年の恋心を返してくれよぉぉぉ」


 その横で情けない顔をしてアバドンはその後もしばらくの間、男泣きに泣いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。