ベルフェゴール&ガブリエルの場合 2
ガブリエルが帰ろうとしていると、ドアが開いてムツキが駆け込んできた。後ろには小学六年生の姿のベルフェゴール大佐がひっそりと佇んでいる。
「こっそり会わずに帰るなんてひどいよ!!」
六季はガブリエルに抱きつく。受け止めたガブリエルは困り切った顔をして、不本意そうな顔をして立っているベルフェゴール大佐の方を見た。
「…だって、格好悪いだけじゃないか」
ガブリエルはぎこちなく六季の頭を撫でた。そして六季の身体を満たしているベルフェゴール大佐の魔力を感じた。自分が決して与えられないものだ。親密な触れ合い方をしたのだろうかと思って、ガブリエルは胸の奥がモヤモヤした。なぜ六季には些細なことで苛ついたり、こんな得体の知れない感情に振り回されるのだろうと思う。
「ムツキ…悪魔くさくなったなぁ…」
ガブリエルの言葉に六季は怒るかと思ったが、なぜか急に落ち込んだ表情になった。予想と違ってガブリエルは逆に戸惑う。いつもの可愛くないことを言う六季はどこにいったのだろうと思った。
「そうだよ…僕…ベルとキスしたよ。ずっと欲しくてもガブリエルはくれなかったから…僕は…もう我慢できなかった」
六季は意を決したように顔を上げた。
「ねぇ、ガブリエル、僕はガブリエルのことを諦めたんだから、ちゃんとヤヨイさんのそばにいてあげて?もう引き留めないからさ。僕、決めたんだ。僕、ベルのお嫁さんにしてもらう…今すぐにとはいかないけど…結婚して子どもを産む!僕はどう足掻いてもやっぱりインキュバスの転生者だから…僕の望みはガブリエルに言っても困らせるだけなんだって分かっちゃったからさ…」
「は…?嫁?何言ってるんだよムツキ!僕は今もムツキの養父ではあるんだから、そんな勝手なことは認めないよ!ムツキは今、きっと悪魔の魔力を受け取って少し混乱してるだけなんだ。悪魔の嫁になることが必ずしもお前を幸せにする訳じゃない…!子どもを産むだって!?早まるな!」
ガブリエルはうろたえて六季の肩を掴んだ。六季は顔をしかめた。
「…痛いよ、ガブリエル…!!」
それまで黙って見ていたベルフェゴール大佐が、ガブリエルの手を引き剥がす。彼はムツキを抱き寄せてその両肩に急いで魔力を流した。
「ガブリエル…ムツキは十歳だ…天使のあんたのその力で掴んだらあざになる…知らないだろうから言っておくと、ムツキの肋骨にはヒビが入ってたよ…もう治したけどな。過去に何があったのかは聞かないでおくけど…認めるとか認めないとか言う前に、痛い顔してたら止めろ。確かに俺には妻が他にもいるけど、ムツキを迎え入れるくらいの度量はあると思ってるよ。三年後には魔界で結婚して必ずムツキを抱く…それまでは契約パートナーとしてムツキの望むものを与えて過ごす。俺の子を産みたいって言ってくれたから、その気持ちにはきちんと応えるつもりだよ」
大佐は小学生姿のままでガブリエルに向かって宣言した。ムツキはガブリエルを見上げた。
「ガブリエルは…リツやルイが悪魔の妻になっても、平気でいるのに、どうして僕がなるって言ったら、そんなに否定ばかりするの?そんなにいけないこと?ルイ兄ちゃんだって妊婦になったんだから、僕が大佐と結婚してそうなったって、別にいいでしょ?ガブリエルこそどうして悪魔の嫁になることが幸せじゃないなんて断言できるのさ!ガブリエルと暮らしてて…楽しかったけど…僕はずっと…苦しかった。罪悪感でいっぱいになって…それ以上に苦しかった…ガブリエルのことが好きだったから…ヤヨイさんみたいには愛してもらえないって分かって…余計に辛かった!!」
大佐はただ静かに六季の肩を抱いていた。大佐は六季の魔力が乱れているのを感じた。六季は静かに泣いていた。
「ムツキ、少し落ち着け。倒れるぞ?」
大佐は少し屈むと静かに唇を重ねた。六季は感情が大幅に乱れたせいで魔力欠乏を起こしそうになっていた。冷えて震える手を大佐が握りしめる。大佐はしばらく唇を重ねていたが、そのまま六季を抱き上げると近くの待合室の椅子に六季を座らせた。大佐は六季の制服のワイシャツのボタンを外して緩めた。
「…ベル…ごめん…」
「いいよ、謝るな」
大佐が六季を抱きしめていると、再びドアが開いてカイムが入ってきた。
「すみません、駐車場が離れていたので遅くなりました。ムツキ…!?どうしたんです!?」
カイムも六季のそばに駆け寄る。
「魔力欠乏を起こしかけたから…カイム…少しの間、抱きしめてやってくれるか」
「分かりました」
カイムに六季を預けた大佐は立ち上がると、そこに立ち尽くして不満気な表情を浮かべた天使を見上げた。カイムの姿を見たムツキはホッとした表情を浮かべて彼に抱きついた。
「…カイムは俺の第四夫人だよ。卵を産んで、中の子もムツキに懐いてる。俺たちは一夫多妻制なりの愛情をムツキに注いでるんだ。天使から見たら穢らわしいと思うのかもしれないけどな。俺の妻は訳ありなのが多くてさ。だから、カイムはムツキの痛みにも寄り添える。痛がっても気付かないガブリエルとは違うんだよ」
「……」
ガブリエルは第四夫人を盗み見た。今は青年の姿をしているが、六季の魔力はすでに安定してきていた。信頼しているのだと気付いてガブリエルは苛立ちを感じた。ガブリエルにとってそれは、悪魔に魔力を与えられて六季が飼い慣らされているようにしか見えなかった。
「ムツキ…もう…お前に僕は必要ないな。悪魔の嫁にでも何でもなればいいさ。後悔したって知らない…」
ガブリエルは踵を返すと出て行ってしまう。六季はビクリとして顔を上げたが、魔力がまた不安定になり、視界がグラグラした。
「ガブリエルのバカ…なんで極端なの…」
六季は小声でつぶやく。再び涙が溢れ出た。カイムがハンカチを差し出す。六季が受け取って顔に当てるとカイムの優しい手が頭を撫でてくれた。
「ムツキ…別に無理矢理誰か一人だけを好きになる必要はないんですよ?だから…ベルフェゴール大佐と…ガブリエルのことを好きなままでも、何の問題もありません」
「…カイムのことも好きだよ?」
カイムはムツキがいつの間にか自分のことを呼び捨てになったことに気付いて、それが少しくすぐったく感じた。
「ありがとうございます…いつか、ガブリエルも、分かってくれると思いますよ…今はきっと彼も困惑しているだけなんだと思います。ムツキに何もできなくて、もどかしい思いをしているのは意地でも認めないでしょうが…彼は天使ですから、我々悪魔よりも制約されることが多いんです。分かってあげて下さい」
「…捨て台詞吐いて行っちゃったけどね…」
六季はカイムに抱きしめられたまま、不服そうに言った。
「こっちの魔力をぐちゃぐちゃに乱すくせに、自分が世界で一番不幸だみたいな顔していなくなられると、僕が悪いことしてるって気分になるじゃない。天使から見たらそうかもしれないけどさ…」
ベルフェゴール大佐が隣にやってきて、六季を真ん中にして座る。
「あーまたやっちまったよ。とりあえず魔力は出さなかったから許してよ。前ので懲りたからさ。別に俺らの生き方を理解しろとは言わないけど、知ろうともしないで否定されるのもね…ま、この世界の常識ってやつに照らし合わせたら、天使の言うことの方が健全に見えて合ってるのかもしれないけどさ」
やや遠くにいたジーンとリツがこちらにやってくるのが見えた。大佐は頭を下げた。
「院内をお騒がせしてすみません…」
「いや。今回はカイムが吐血する事態にはならなくて何よりだよ。ガブリエルは…自分の子が天使ではなく人の子だったから…そのことにも苛立っていたし、天界からも次も試せと圧をかけられたようで、そういったストレスも抱えているのだろう。いつになく神聖力が不足したからここに来たんだ。しかもガブリエルにとって子どもは…どうやら魔力を回復させる際のおまけだと…その程度の感覚でしかないんだ。いやはや参ったな。それが何よりも問題なんだよ…」
「はぁ!?何ですかそのふざけた感覚は!やっぱりぶん殴ってやれば良かった!!」
ソファーから立ち上がったベルフェゴール大佐を慌ててカイムが止める。そして、遠くから恐る恐るこちらを窺っている女性を見てベルフェゴール大佐は目を丸くした。
「あ…お前…セイルか!?なんで女になってんだよ!!」
セイルの隣にいた田崎は、コロコロと姿を変えるセイルが当たり前になっていたので、周りの悪魔の驚きように逆に困惑してしまった。しかも相手の見た目は外国人の美少年だ。やけに色気のある美少年がセイルに向かって駆け寄ってくるので、田崎はどう反応したらいいのか分からず、困ってジーンとリツの方に救いを求めるかのような眼差しを送ってしまった。




