ガブリエル&ルイの場合
「どうしたの?珍しいね」
ところがガブリエルもルイの隣の二階堂を見てぽかんとしている。
「あれ?リツじゃなかった…てっきり後ろ姿でそうなのかと思ったら…」
「え?違うよ!」
「こ、こんにちは。二階堂蒼です」
二階堂は慌てて立ち上がると頭を下げた。
「リツならもう少しで来ると思うよ」
「ふぅん。見たことない顔だね。ん?ちょっと悪魔の魔力のにおいがする…誰だ?こっちの悪魔は知らないな」
ガブリエルはフロアを見渡してなぜかニヤリと笑った。
「…なんか懐かしい気配がするなぁ…ま、いいか。ちょっとね…神聖力が足りないんだよね。一応既婚者だからさ、さすがにその辺で女の子引っかけてつまみ食いする訳にもいかないからさ…堕天するなってうるさいんだよね。上が」
(本当に天使?言ってることは最低だ…)
二階堂は固まったまま、胡散臭い眼鏡をかけた銀色のウェーブヘアーの相手を見上げた。
「あ、お姉さん、こいつホントに天使か?って思ったでしょ?よく言われるよーでも昔の知り合いが見たら分かる。ルイ、向こうの部屋で元気に腰振ってる悪魔呼んできてよ。ちょっと謝りたいから」
「は?何言ってるの?ガブリエル」
ルイはガブリエルの見ている方向を見て嫌な予感がした。
「うーん…名前聞かなかったからなぁ…魔力の気配は覚えてるんだよなぁ。ここからでも分かるよ。魔力上がってんなぁ。羨ましいよ。相手が良かったんだな。ヤヨイも相性は悪くないんだけどさ…そこまで爆上がりしないんだよね…」
「…向こうの部屋って…誰かは何となく分かったけど、今は非常識だから止めてあげてよ。本気なんだからさ」
「でもあの子の肩にまだ多分…剣の欠片の小さいのが多分残ってるんだよね。って刺したのは僕だけどね!」
「え!?そうなの?は?それ、いつの話?」
「うん百年前?多分ずっと痛むと思うよ…どんな小さな欠片でもさ。悪魔を斬るのに特化した剣の破片だから取ってあげようと思って。天使じゃないと取れないようになってんの。考えると嫌な武器だよね。生意気にも僕を誘惑してきたから、うっかり刺しちゃったんだけどさ。魔力で強化してたのか思いのほか硬くてちょっと刃毀れしてさ。ぶっちゃけ悪魔じゃなければ抱けたよね。今の感覚でならアリだったなーって思う訳」
「うん…事情は分かったけど、世間の天使に対するイメージが崩れるから、そんなあけすけに喋んないでよ。それに今踏み込むのは本当に無理…新しい命が授かるかもしれないのに邪魔したら悪いよ」
「え?魔力上げるために楽しんでやってんじゃないの?」
「…違うよ。家族が欲しいんだって。けっこう本気だよ?相手は一応僕の学年主任の先生なんだからさ…今はちょっと色々あって休んでるけどさ…」
「あー例の事件の関係者か!相変わらずアフターフォローやってんのか。律儀だねぇ悪魔は。そんなに死にそうだったのか?そりゃそうか…婚約者に裏切られた挙げ句に、その婚約者はどこの誰だか分からない相手の子を妊娠したまま、殺されちゃったんだもんなぁ…男としてのプライドも折れるか…」
ガブリエルはそう言ってどかりと二階堂の隣に座ると、長い足を組んだ。そして二階堂の肩に馴れ馴れしく手を回す。
「ちょっ…止めて下さい…」
「ごめんねー疲れた。少し魔力分けてよ」
途端にルイが立ち上がってガブリエルの膝の上に座った。
「他の悪魔が仮契約してる人にちょっかい出さないでよ。出すなら僕にしておいて。多少はリツの魔力も残ってるし。妊婦に魔力を流すときに毎晩触れ合ってるから、時々神聖力も吸っちゃうんだよ。使い魔の契約をしてるせいか、それでも別になんともないけどね」
「あー久々のルイだな…ん?お前、でかくなった?」
「そりゃあね、成長期だもん、でかくもなるよ」
ルイはガブリエルが少し疲れているように感じた。
「ムツキがいないと寂しい?ムツキでも少しは神聖力の足しになってたんじゃないの?」
「まぁね…しょうがないだろ。ヤヨイが何となく不安だっていいうのは分かるしさ…元々ナンパした相手だからな、出会い方としてはあんまり良くないし…」
ガブリエルの頭をなぜかルイが撫でる。ガブリエルはやや不服そうな顔をした。
「悪魔の嫁になったらずいぶん余裕だなぁ…」
「まぁね、僕は満たされてるから少しくらいならガブリエルにも分けられるよ。どこが入りやすいの?神聖力…」
「おでこでいいよ…」
「そう?」
ルイはガブリエルの顔を見つめると、唇に唇を重ねた。
「…!こら、ルイ!」
ガブリエルは慌てて離れようとした。
「だって、漏れる分がもったいない」
ルイは唇を重ねて正確にリツの神聖力を流す。ガブリエルは驚いた。魔力の違いをルイも感じられるようになったのだと思った。それにルイはキスが上手かった。今さらそんなことを知ってしまってガブリエルはやや動揺する。
「うーん、ガブリエルには僕の唾液…効かないのかな?」
「…効く?」
「うん、催淫成分。だから僕はクラスメイトに唇狙われないように気をつけてるの」
「ふーん、この程度なら効かない……ん?」
そう言ったガブリエルだったが、目の前で微笑むルイがやけにかわいらしく見えてきて、片手で思わず薄紫のサングラスを外すと天井を見上げた。ルイはその顔を覗き込んで微笑む。ガブリエルは眉を寄せた。
「あー効いた?ベルフェゴール大佐にも効いたからさ。ガブリエルにもちゃんと効くんだね。どんな感じ?」
「お前、試すなよ…この小悪魔が!」
「抱いて欲しいときに抱いてくれなかったのはどこの誰だっけ?でも、ガブリエルのお陰で上等な悪魔に出会えたから、感謝はしてるんだよ?」
「ルイ…お前…なんで悪魔になったら訳わからん能力が強化されてるんだよ。抱くか殺すかの二択なんて最悪だろ。だから抱きしめてやったじゃないか」
「えー?それは言葉の意味が違うよ…」
「やれやれ、ちょっと目を離すとこれだ…」
いつの間にかジーンがリツと共に現れてだらしなく上を向いていたガブリエルの顔と目が合った。ジーンはガブリエルからルイの催淫成分を瞬時に抜き取って呆れた様子で淡々と告げる。
「リツから神聖力を流すのは構わないが、そんなギラついた顔をされると迷惑だからな」
「不可抗力だよ…苦情はルイに言ってほしいな…」
「いいから、診察室に移動するぞ。神聖力を流されて腑抜けになっている顔を晒したいなら別だが」
「分かった分かった!ルイ、降りてくれ。リツから神聖力を分けてもらう」
ルイが膝の上から降りるとガブリエルは首を振りながら立ち上がった。今日のリツとジーンは大人の姿に戻っている。
「あーあ、僕もとうとう悪魔の経営する研究所に通って神聖力を分けてもらわなきゃならない日が来るなんてね…結婚すると色々抵触しかねない項目が出てきて不便だよ…」
ガブリエルはジーンとリツと共に奥の診察室へと消えた。ルイは隣で呆気に取られていた二階堂を見て肩をすくめた。
「ごめん、びっくりした?でも、多分マルバスは嫌がるんじゃないかなって。大昔は天使と悪魔は戦っていたけど、今は休戦していて和平条約が締結されてるから、戦争はしてないんだよね。でもホラ…人だと世代交代してるところが、悪魔も天使も長生きだから、時々戦ってた当人どうしが出会っちゃうこともある訳で…そもそもリツとジーンもそうだし…多分、セイルとガブリエルもそうなんだと思う…」
「はぁ…そうなんだ…ちょっと…思っていた天使像と違うというか…」
「あ!ガブリエルは、こっちの世界での暮らしが長いからちょっと…現役ではあるんだけど、天界にいる天使とは考え方も違うんだよね。リツだって元は天使だったし。それに口で言うほど悪い天使じゃないから…」
ルイは必死に言い訳をして、なぜガブリエルのフォローをしようとしているのか自分が不思議になった。
「本当に悪い天使だったら、僕を抱くか殺すかしてたと思うからさ…過去に知り合った男で僕を家に泊めても手を出さなかったのはガブリエルくらいだからね…ストラスもね。なかなか手を出してくれなかった。キスしてみたり色々…おねだりしたんだけどね。しぶとくて…なかなか…」
ルイはフフッと笑う。こんな美少年にキスをされたら、自分なら手を出さないと覚悟を決めていても揺らぐだろうと二階堂は思った。
「あ、そうだった!ハルたちに病室にいるって言っちゃったんだった!」
ルイは慌てて立ち上がると、じゃあと言って急いで病棟の方に消える。入れ違いにマルバスが来て首を傾げた。
「誰か来てた…?リツさんと陛下以外に…」
マルバスは気配を読むかのように辺りを見回した。こういう仕草をするとき、二階堂は相手がやはり人ではないのだと再認識する。
「ルイくんと…ガブリエルさんが…」
「ガブリエル?会ったの?」
マルバスは驚いた様子でガブリエルが向かった診察室の方を見る。
「アオくん、大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ」
「なら、いいけど…。あの天使はちょっと何を考えてるのか分からないところがあるって聞いたから」
「ルイくんは知り合いみたいでしたけど…」
「あぁ、そうみたいだね」
「魔力…取られそうになりました…すみません」
「えぇ!?大丈夫?」
「ルイくんが…手を出すなら自分にしろって…だから、僕は何も…」
マルバスは息を吐いて二階堂の隣に座ると肩を抱いた。二階堂はガブリエルにされるのとは違う慣れた腕を感じて安堵する。自分に合うのはこの魔力だと思った。
「マルバスさんは…天使の剣で…刺されたことありますか?」
「え?どうしたの突然」
「あの…えぇと…ルイくんの先生のところにいる悪魔が…そうだって…ガブリエルさんが自分が刺したって言ったので…」
「えっ…あ…なるほど。刺されたことがあるかって質問に関しては…僕は治療する側の悪魔だから、天使と真っ向勝負はしたことないんだよね。でも、当然ながら治癒の逆の力の使い方も知ってるから、アオくんが襲われるようなことがあるなら死なない程度に痛めつけるくらいのことはするけどね…ん?聞きたいのはそういうことじゃなかった?」
「そうなんだ…マルバスさんは治癒する悪魔なんだね…」
二階堂は先ほどガブリエルに触れられてゾクリと悪寒が走った理由が何となく分かってしまった。マルバスが治癒する側の悪魔だと聞いて確信してしまった。
(たくさんの悪魔を平然と殺した手だからだ…きっと…僕の中の…マルバスさんの魔力が…拒絶した…)
「アオくん、今は天使と悪魔は戦ってはいませんから、大丈夫ですよ」
マルバスは優しく二階堂の頭を撫でる。少しその肩に体重を預けて二階堂は目を閉じた。身体の中の魔力がざわざわしていた。




