少女リツ&ルイの場合
その日ルイは小学生姿のリツと共に魔力回復研究所を訪れていた。いつも家で留守番している妊婦の方の二人と、一度一つに戻った状態での魔力量を計測しに来たのだった。マルバスとリモンもいて、談話室では二階堂とチサが話していた。
「こんにちは!」
ルイが挨拶するとチサがニコリと笑った。二階堂も小さく会釈する。
「こんちはー!なに?どうしたの?」
「魔力量の計測に来たの」
「そっか!いってらっしゃい!」
チサは明るくなったと思った。昼間のリモンは女性の看護師だ。マルバスに連れられて二人は先に待っている二人の元に行く。すでにお腹の大きなルイと、さすがに目立ち始めたリツがいて二人はそれぞれと抱きしめ合って元に戻った。ストラスが魔力量の計測を始める。ルイはストラスも白衣を着るとそれらしく見えるということに改めて気付いてニヤニヤしてしまった。
「なんだよ、ニヤついて」
「んー?白衣のストラスもいいなって思って」
「ふーん、こういうの好きなのか」
「うん」
「へぇ…初耳」
計測機器をつけて診察台に横になったままのルイにストラスが口付けをする。とたんに数値が跳ね上がって、ストラスは思わずニヤリと笑ってしまった。
「ルイ…俺とのキスで…そんなに上がるのか」
ストラスは計測値を二度見する。
「陛下にも来てもらえば良かったですかねぇ…」
ストラスはリツの方を見てそんなことを言った。
「ストラスがキスすれば?」
ルイが笑いながら起き上がる。
「実験も兼ねてるんだからいいんじゃない?」
ルイはストラスに計測機器を外してもらいながらそんなことを言ったが、ストラスは首を横に振った。
「とりあえず、通常の計測のみにしておきましょう」
リツは計測機器を装着されて通常の計測が終わった。そう思ったところで横から覗いてきたルイがリツの唇に口付けをした。
「あ…!!」
リツからルイに魔力が流れてリツの数値は少し減った。
「ルイ!盗むな!下がったぞ」
「えぇ!?」
ストラスはリツの額に口付けをして数値を見ながら減った分を補う。
「あぁ…微調整は難しいなぁ…」
ストラスは額から唇を離して、カルテに入力しながらそう言った。
「ねぇ、ストラスが終わるまでリツと一緒に下のベーカリーにいてもいい?」
「あぁ、別にそれは構わないけど…」
再び妊婦の二人と分裂して中学生と小学生に戻った二人は、談話室前を通った。チサはいなくなっていて、二階堂が出てきたところだった。
「終わった?今から帰るの?」
「ストラスが終わったら一緒に帰るよ。下のベーカリーに行こうと思って」
「あ、じゃあ、僕もちょっと行ってもいい?」
「いいよー待ってる」
二階堂はマルバスに言ってから、少し慌てたように足早にやってきた。
「あのね…最近…ちょっと…変なお客さんがこの時間帯に来てるから…未成年に見える二人だけじゃ危ないかなって思って」
エレベーターのボタンを押した二階堂は二人を振り返ると少し困ったように笑う。
「見た目通りじゃないってことは分かってるけど、他の人にはそうは見えないから…」
二階堂がそう言っている間にエレベーターは一階に到着する。ベーカリーの入り口の方に回ると、二階堂は小さな声で教えてくれた。
「ほら、イートインコーナーにうつむいている人…ここだと角度的にちょっと見えにくいかな。いつも、メロンパンと珈琲を頼むんだけど…ほとんど食べないで帰るんだよね…マルバスと寄った日もそうで…チサと行った日もいて…なんなんだろうって…美味しいのに食べないなんてもったいないし、なんか目も虚ろだから…ストラス先生に言おうか迷ってて…」
「あ…」
ルイが小さな声を上げる。店内に入ってその姿を確認したが無精髭が生えていて一瞬誰か分からなかった。ヨレヨレのくたびれたワイシャツを着たその人は、学年主任の田崎だった。
***
結局、三人はベーカリーに入ってドリンクセットにしてパンをいくつか選んで田崎の真横の席に座った。ルイが来ても田崎は気づかない。ルイはジンジャエールを片手に持って、彼の席の向かいに座る。ようやく田崎は虚ろな目のままルイの方を見た。
「先生、学校休んでるから心配してたんですよ?」
「…君は……暮林くん…どうして…?」
「この上の階に用があって寄った帰りです。ここのパン美味しいんですよ?先生、知ってます?外国にはメロンパンはないんですよ。日本オリジナル。せっかく日本にいるのに、ここのメロンパンの生地を食べない人生なんて損ですよ?」
「……みっともない姿を見せてしまったな…俺は最初…転校してきた君に酷いことを言っただろう」
田崎は珈琲を一口飲んで顔をしかめた。
「あーそんなこともありましたね。でも事実ですから反論はしません。週刊誌に書かれたことの大半はやってます。今も先生くらいの年代の男の人が契約パートナーだし。でも、何度言っても周りの女の子たちは信じてくれないですけど…この二人は僕の性癖についても分かってるから…気楽です」
隣の席のリツと二階堂を見て田崎は不思議そうな顔をした。
「あ…僕たちのことは、お気になさらず」
二階堂はそう言って片手を上げるとパンを食べ始めた。リツもリンゴジュースを飲む。果汁感がすごい。
「先生…西山先生のことは…ご愁傷さまです…」
「あぁ…でも…お腹の子は…俺の子でもなければ…小宮山の子でもなかった…」
小宮山とは西山を滅多刺しにした生徒の名前だ。事件後数名の生徒が休んでいる。西山と関係があったと思われる生徒たちだった。恐らくその中の誰かが父親なのだろう。
「先生は…むしろ被害者ですよ…みんなそう言ってます…」
「…そう…なのかな。俺は、西山先生のことが…よく分からなくなってしまったんだよ…女性のことが…」
「先生はたまたま、運が悪かっただけですよ。また学校に戻ってきて下さい…同じ学校が無理なら…別の学校でも…このまま教師を辞めるのはもったいないですよ…」
ルイがそう言ったときだった。ベーカリーのドアが開いてキャップを目深に被った男性が入ってきた。その男性はこちらを見ると脇目も振らずに向かってくる。振り返った二階堂が悲鳴を上げた。
「俺と来るんだ!!」
二階堂の元上司だった。彼は血走った目で手には包丁を持っていた。リツはこの場で大きくなって急所を蹴り上げるべきか一瞬躊躇した。そのとき先に立ち上がったのは田崎だった。彼が素早く包丁を握った手首を叩くと、相手は不意を突かれたのか包丁を取り落としてしまった。即座にルイがそれを手の届かない遠くまで蹴り飛ばす。一瞬周りを見て逃げようとした相手に、田崎がタックルをかまして押し倒した。ルイはすでに警察に連絡をしていた。リツも急いでストラスに連絡をする。すぐにマルバスがやってきて、元上司を田崎と共に拘束しながら低い声を出した。
「忠告しましたよね?しつこい人だな。えぇと…ありがとうございます。この人はストーカーなんです」
マルバスは無精髭にヨレヨレなワイシャツの相手に向かって頭を下げた。変な人がここ数日ベーカリーにいると思っていたので、マルバスは相手に対して申し訳なく感じた。やがて警察が到着し元上司は連行されて行った。田崎は状況を聞かれる。ここ最近警察とばかり関わっていると田崎は思った。マルバスも補足説明をした。
「彼は二階堂さんの元勤めていた会社の上司です。二階堂さんが引っ越す際にも大声を出して威圧的な態度を取ってきました。そのときにもストーカー行為で訴えると言ったのですが、懲りずに今回、ベーカリーで見かけた二階堂さんに包丁を向けてきたようです…」
イートインコーナーの床に落ちていた包丁は押収されて、田崎は警察に礼を言われた。
「田崎先生は僕の学校の先生なんだよ!今は少し疲れちゃってるからこんなだけど…僕は先生を応援してるから!」
ルイの言葉に田崎は力なく微笑む。
「あの、良ければ魔力回復研究所の方で休憩して行きませんか?田崎先生は転生者ではないようですが…契約パートナーの二階堂を助けていただいたお礼の代わりと言っては何ですが…少しお疲れでいらっしゃるように見えるので…」
マルバスに言われた田崎は無精髭に手を当てて頷いた。
「何か追加で確認したいことがありましたら、こちらに連絡下さい」
マルバスは警察に名刺を渡した。セラヴィ株式会社魔力回復研究所と書かれた下に、研究統括リーダー、マルバス・グレイと書かれている。警察は小学生姿のリツに向かって、怖かったでしょ大丈夫?と声をかけたが、リツは微笑んで答えた。
「ルイくんがいるから平気」
ルイはリツの言い方に笑いそうになりながら、頭を撫でた。結局田崎もそのまま魔力回復研究所の方に向かう。何となく気まずい思いをしながら、田崎は小柄なリツをちらりと見た。妹はハルしかいないはずだと思った。
研究所の方に到着すると、中からストラスが開けてくれた。
「悪い、診察中で行けなかったんだ」
「大丈夫。それより僕の学年主任の先生…ちょっとみてあげてよ。学校であった事件のせいで、見るからに体調崩してるし…魔力も不安定だよ…」
「おいおい、俺は産婦人科医だよ。それは武衛先生の専門だ」
「…呼んだか?」
奥の診察室から武衛ことブエルが顔を出す。隣に見たことのない看護師の青年が立っていた。新顔だとリツは恐らく悪魔であろうその看護師を見る。どこか儚げな見た目だ。
「どうぞ。今、ちょうど他の患者さんもいませんから…」
「あの…ここ…病院だったんですか?」
「あぁそうですよ。建物横の入り口は魔力回復研究所の職員専用出入り口になってますが、一階の輸入雑貨店の隣が一応病院の専用出入り口になってます。中は途中から研究所と繋がってるんですけどね」
ストラスが言った。
「今日は五時予約の健診で終わりかな。ルイ、談話室で自習でもしながら待ってろよ」
「うん、分かったよ」
田崎が物言いたげな視線でこちらを見ているので、ストラスは言った。
「田崎先生、俺がルイの契約パートナーです。以後お見知りおきを」




