ライラ&ストラスの場合
ストラスはそのまますぐに屋上に控えていた黒木の手で医療機器の整った部屋に運ばれた。そこには少女姿のライラがいてストラスの怪我の具合を確認して苦笑した。
「蔦で傷口を塞いだのか?考えたな」
「俺じゃありませんよ…蔦が勝手に…それよりもルシフェルが!」
「あぁ分かってるよ。まったく…最初からそのつもりならハッキリと言ってくれればいいものを」
「言ったら何か変わっていたとでも言うんですか!?」
「…言ったら…ストラスは賛成しなかっただろうな…お前の性格からして自分が出ると言っただろう…それに…それを知っていたなら私はあの場にお前を行かせなかった」
ストラスはムッとして起き上がりかけてライラに制された。
「動くな。ラミアの爪の欠片が入っているが…蔦が飲み込んでしまってるんだ。どうしたものかな。それに…お前がラミアと心中したところでラミアは救われないんだよ…」
ストラスは動くのを諦める。蔦で塞いでいても痛いものは痛い。ライラは難しい顔つきのまま、いつの間にか気配もなく隣に現れたブエルと共にストラスの傷口に触れて話し合っていた。
「あぁ、溶かしちまったな…まぁ、爪の欠片くらい大丈夫じゃないか。さすがにそんな溶かされた欠片で復活はしないさ。ストラスの魔力の方が強いからな…せいぜい何かの能力を取り込む程度だろ。実質喰うのと変わらない」
「喰うって…嫌な言い方しないで下さいよ…」
ストラスは思わず顔をしかめた。それは黒木の得意技だ。ブエルは蔦の一部を引っ張り出して眺めていたがやがて納得したように頷いて蔦を離した。蔦はするするとストラスの腹の中に戻る。すでに周囲の出血はブエルが止めていた。ブエルは損傷した臓器の代わりに蔦がその機能を補っていることを見て取る。便利な蔦だ。宿主の身体の修復を最優先に今は動いている。自分が魔力を注がずともストラスの身体はすでに猛スピードで自己修復を開始していた。
「あの…結局第一夫人は…なんで…剣になったんですか?」
ストラスが遠慮がちに口を開くと、ライラもブエルもなぜか顔を見合わせて途端に呆れたような顔をした。ストラスはその表情を見て自分が見当違いの発言をしたのだと悟った。
「あぁ…ストラスは知らないのか。魔王の剣が空間を切り裂ける能力があったのでは?という話をしていただろう?それは魔王の力ではなくてどうもラミアの力を一部使っていたらしいんだ。ルシフェルがそのことを思い出して…というか第一夫人がラマシュトゥだと知ったときに、そのことに気付いたんだよ。だから、第一夫人が剣になった訳ではなくて、魔王の所有していた剣の一つに第一夫人の魔力が宿っていたという方が正しい…その剣ごとラミアはラマシュトゥになった…もっとも剣そのものは今はもう魔力は失っていたけれどね。剣は…ガブリエルが後から持ってくると言っていたよ。戦利品の価値もない、と」
「そうだったんですか…ルシフェル…なんで…」
ストラスは片手で顔を覆う。ライラはストラスの頭をそっと撫でた。
「そう落ち込むな…まずは自分の身体を治すことからだよ。私はルイにどやされそうだ。ま、甘んじて受け止めるよ」
ライラは肩をすくめるとストラスの腕に針を刺して点滴を始めた。
「嫌な役割をさせてすまなかったな…もっと、その転校生とやらの話をきちんと聞いておくべきだった…」
「それは…俺の落ち度ですから…」
「なんでもかんでも自分のせいにするな、少し眠るといい」
ストラスのおでこにライラが口付けをする。ストラスは少女姿の彼にそんなことをされたのが初めてなことに気付いたが、次の瞬間には深い眠りに落ちていた。
***
どのくらい眠ったのか、ストラスが目覚めるとベッドの横には少女姿のルイがいて、ストラスの頬に静かに触れていた。
「あ…」
ルイは気まずそうに慌てて手を引っ込める。ストラスは片手を動かしてルイの頭を撫でた。腹の痛みはかなりマシになっていた。
「悪いな。心配かけて…」
ストラスが言うとルイは頬を膨らませた。
「ほんとだよ。なんで一番関係なさそうなポジションにいるストラスが怪我しちゃってんの!?妊婦でもなければ直接的に第一夫人の知り合いだった訳でもないのにさ!」
「あーほんと…言われてみれば…そうだよなぁ」
「妊婦を助けたって聞いたけど、そうなの?それに西山先生…妊娠してたんだね…全然知らなかったよ」
「まぁ…うん。それで…その時に腹に穴が空いた…なんかすごいパワフルだったんだよ…」
「設楽深愛…ラミアって、もう…楽に深く人を愛することなんて、そもそも無理のある名前だよね。深愛は楽じゃないんだからさ。すっごく矛盾してるよ…」
「…イチカは…大丈夫…なのか?」
「……。うーん…さっきまでは滅茶苦茶怒ってたよ。勝手なことするなとか、何考えてんだとか…今はすっかり静かになっちゃったけど…」
「そっか。そりゃ…そうだよな…俺もちょっと立ち直れないなぁ…今すぐには」
ストラスはイチカと顔を合わせたとき、どう声を掛けるべきかと思いながらつぶやいた。
「ストラスはゆっくり休んでていいよ。格好つけて妊婦を守ったのはなんか腹立つけど、西山先生はさ…結婚してないんだよね。どうするつもりなんだろ…」
「はぁ!?」
ストラスは思わず声を上げてしまう。
「相手は誰なんだよ!?」
ストラスの剣幕にルイの方が驚いた。あのコケティッシュな魅力にストラスまでやられたのかと少し疑って口を開く。
「えぇ…知らない方がいいよ。怪我人が聞いてもいいこと何もないもん…」
「誰だよ!!言えって!」
ストラスに詰め寄られてルイは白状した。と言ってもポケットから転がり落ちてきたストラスのカメラを拾ってうっかり再生してしまってその事実を知ったのだったが、ストラスはそのとき生徒指導室の深愛に集中していたから、隣の部屋で何が起こっていたのかまでは注意していなかったのだと思った。
「僕も予想で言ってるだけだからね?三年の学年主任の田崎先生だよ。えっと…西山先生と一緒に生徒指導室に飛び込んできたあの先生。二人はさ、どうもそのことで隣の教材保管室で話してたみたいなんだよね。子どもができたって。それが悲鳴で中断されたから、駆けつけるのも早かったって訳」
「あーなるほどねぇ…一発ぶん殴っとけば良かったかな」
ストラスの言葉にルイはクスリと笑った。
「田崎先生は悪い人じゃないよ。生徒にもわりと人気があるんだ。だから西山先生の方が風当たり厳しくならないかなーって心配」
「なんでそう思う?」
「えー?だって、西山先生、僕のこと誘ってきたことあるもん。カイの機転のお陰で助かったけどさ。まさに貞操の危機ってやつ?だから、田崎先生かもしれないけど、もしかすると西山先生が手を出した他の生徒って可能性もゼロじゃないんだよなぁ…一部の男子の間ではちょっと噂にはなってるんだよね?西山先生のお気に入りになればヤらせてもらえるとかなんとか」
「はぁ!?おいおい、ルイ。お前少しフェロモン出過ぎなんじゃないか。本気で抑えないとマズいかもしれないな…いや、むしろあの教師の方が問題なのか?なんなんだよ…乱れてんなぁ…」
ストラスの言葉にルイは笑った。
「大丈夫だよ。僕はストラス以外には何も感じないから…あ、ちょっと嘘言った。リツはまた別…僕の主だからね。ストラスだって分かるでしょ?ライラ姿の陛下って可愛いよね。ホントに何にも感じない?庇護欲そそられるんじゃなくて?」
ルイは微笑むと、ストラスの唇に優しくキスをする。ルイに指摘されたことで、ストラスは自身の中にある蓋をしている感情について向き合うべきかどうか一瞬迷った末に、やはり蓋を強固にもう一度閉じた。
「…可愛いなんてよく平気で口に出せるな。俺が間違ってそんなことを言おうものなら、舌を引っこ抜かれてるかもしれないよ…主従関係以外のややこしい感情はお互い持ち込まないのが暗黙のルールなんだよ。契約時の。そのくらい尖塔での体験が…クソだったってことだろ」
「なるほどね。それを聞いてちょっと安心したかも。ライラがライバルだと勝てる気しないなって思っちゃったから。男の子になっても美少年だし、ストラスってなんだかんだ言いながらも面食いなんじゃないかなーって思って不安になっちゃった」
ルイはストラスの髪に指を絡ませる。ストラスは文句なしの美少女がそこにいることに気付いていた。自分が面食いだとは思ったこともないが、言われてみればそうなのかもしれない。ストラスはルイをそっと抱き寄せると言った。
「ルイもベッドに入れよ。ちょっとこの部屋のベッドは狭いけどな。壁際なら落ちる心配もないだろ」
「もう、しょうがないなぁ。くっついててあげるよ」
ルイはどこか嬉しそうにそう言うと壁との隙間にそっと潜り込んでストラスの腕に抱きついた。




