フィランジェル&ライラの場合 1
アルシエルは目が覚めて自分が今はライラの姿なのを思い出した。身じろぎすると傍らの天使が目を開ける。フィランジェルだった。ゆっくりと悪魔の魔力だけを正確に流しながらフィランジェルは微笑んだ。青い澄んだ瞳がこちらを見つめている。形の良い唇が動いた。
「おはよう、ライラ」
「…私は…どのくらい寝ていた?」
「三時間くらいかな。今は夜の九時になるかならないかのところ…」
そのときジーンのスマホが鳴って、少女姿のアルシエルは眉をひそめた。喉元に手を当てて咳払いをする。
「はい。はい、えぇ…もちろん知っていますよ。熊ということにしておくしかないでしょうね。それは何かと…お聞きになりますか?ラマシュトゥですよ。私も実物を目撃したことはないのですが、異世界から入り込んだ魔物なのでしょうね…」
フィランジェルは相手が総理大臣だとすでに気付いていた。
「時間を何度か遡りましたが…あの二名は本当に亡くなったままで良いと…そう仰るのですね。まぁ、そうでしょうね。彼女たちのお腹の子は政界の大物の血を引いている訳で…喰われてしまった方が、総理にとっては都合が良かった…違いますか?」
フィランジェルは驚いて思わずライラの顔を見つめる。美少女の口から壮年男性の声が聞こえるのは何とも奇妙だったが、話している内容が物騒だった。
「別に…私は脅してなどいませんよ。実に合理的だと思っただけです。ただ元銀の枝の少女たち複数名と関係があった…その事実は変わりませんよ。私はこの世界の政治には口出しをしませんが、彼はいつか報いを受けるかもしれません。思いもよらないところから…ラマシュトゥはこちらで処分できればしたいと思っていますが、私も我が妻を囮には使いたくありませんから…それ相応の策を講じてからでないと動けません。では失礼致します」
ライラは通話を終えるとスマホをベッドの上に放り投げた。
「…大物政治家?亡くなった二人の子の親って…そうだったの?」
「あぁ…チサもだよ。私の知る限りは三名だ。彼は複数名の少女を飼っていた…まぁ、表向きはシェアハウスのように見せかけておいて…住む場所を与える代わりに対価を要求した…二人は追い出されるのを恐れて妊娠を隠していたんだよ。診察を受けたときにも堕ろしたいと言っていたが…もう少しよく考えろと私が…止めた…堕ろすと…どういう訳か死に様は更に壮絶なものになったんだ…」
ライラが憂鬱そうな顔になったので、フィランジェルは話題を変えることにした。
「なるほどね。複数人を囲ってた訳か。住む場所を提供してくれるってなると…家のないストリートキッズにとってはおいしい条件に見えるし…きっとシェアハウス自体は悪くない造りだったんだろうね…ねぇ、お腹空かない?下に行こうか」
フィランジェルはそう言うとライラを軽々と抱き上げた。
「細いなぁ。もっと太らないとね」
ライラは大人しくフィランジェルの肩に両腕で抱きついていた。いつもは自分が甘やかされていたので、こんな風に甘えられるのも悪くないとフィランジェルは思った。階段を下りると廊下にはすでに何やら美味しそうな匂いが漂っていた。フィランジェルがドアを開けるとリビングで少女姿のベルフェゴール大佐とカイム、それにストラスと少年姿のルイがいて、カイムとストラスがキッチンで料理をしていた。孵卵器の隣にはムツキまでいる。
「あー陛下も腹が空く時間ですよね。多めに作っちゃったんですが良かった。炒飯ですよ。冷蔵庫の角煮をこれでもかとぶち込んだから不味い訳がない!」
ストラスはスプーンで味見をしてニヤリと笑った。フィランジェルはライラを美少女姿のベルフェゴール大佐の隣に座らせる。二人はどこか気まずそうな顔をしてお互いの身体の傷跡を見ていた。
「…大佐はとりあえず椅子に座れる程度には回復したんだな」
「陛下だって…自力で長距離歩くのはまだ無理でしょう?座れるだけマシですよ」
「あぁ…そうだな」
「…僕も癒しちゃダメかなぁ?」
ルイが遠慮がちに言ってライラを見つめる。
「…別に構わない…」
「えぇ!?ちょっ…ルイはよくてなんで俺は嫌がるんですか?」
炒飯を盛り付けていたストラスが抗議する。すると、ベルフェゴール大佐とライラが同時に言った。
「ストラスだからだ!!」
「なんなんですか、まったくもう…」
すでにルイはライラを膝の上に乗せている。ルイは後ろからそっと抱きしめながら言った。
「どうしてストラスだとダメなの?」
「……それは、ストラスが…父親に似ているからだ…」
「そうそう、見た目よりも…まぁ、見た目も似てるところはあるけどさ、悪魔の姿の時の目の色とか。でも一番嫌なのは魔力が似てるんだよな。だから流されると正直言って気持ち悪い。ぐちゃぐちゃになってる自分を治療されてる状態を追体験する気分になるっつーか…まぁ、そんな感じだよ」
ベルフェゴール大佐が言う。
「あーだから、大佐はあのとき吐いたんですか?失礼な悪魔だなと思ったんですよ。魔力を分けたのに嘔吐するんですから」
「お前…吐いたのか?失礼な奴だな。私は耐えたぞ?」
「耐えたって…でも気分は悪かったってことですよね?」
「あぁ…魔力の質はいいのに、残念ながら今のところ流されると気分が悪くなる、そういうことだ」
ライラに断言されて、ストラスは肩をすくめた。
「親父と魔力が似てるって言われると、俺も確かに微妙な心境にはなりますが…気分が悪いって…やれやれ」
「僕は大丈夫?ストラスの魔力は流さないようにしてるけど…」
「あぁ、大丈夫だ。ルイの炎は…心地いいよ…」
「良かった。じゃあストラスから僕が魔力を吸い取って炎にしちゃえばいいんだね!」
ルイはクスクスと笑う。
「スープも出来上がりましたよ。熱いですから気をつけて召し上がって下さい」
カイムが卵の入ったスープを運んでくる。ストラスの炒飯も並び、お腹の減った面々は一斉に食べ始めた。ライラは右手を握ったり開いたりしてから、スプーンを手に取ると少し嬉しそうな顔をした。
「痺れる感じがかなりなくなったな。前は感覚が鈍かったんだ…」
「わ!この角煮のサイズ背徳的!お肉の存在感があって美味しい!」
フィランジェルが一口食べて目を見張る。
「ほんとだーこのスープも優しい味で美味しいよ!少し濃い目の味付けの炒飯にはぴったり!」
ルイもニコニコした。
「この時間にガッツリしたものってあんまり食べないけど、たまにはいいよな」
ベルフェゴール大佐も大きな口を開けて炒飯を食べる。
「ちゃんと噛んで下さいよ!内臓は治しましたけど、あまり急いで食べるとお腹が痛くなりますよ?」
「分かってるよカイム。ムツキも食ってるか?」
「うん…食べてるよ。でも大佐が女の子だと、僕にとってはすごく違和感しかないよ!!しかも、反則的に色気がダダ漏れなのも困るよ!!僕…女の子にはこんな気持ちにはならないはずなのに…大佐だと…女の子もアリかもって…思えちゃうから変だよ…」
ムツキは素直な気持ちを口にした。
「あー悪いな。とりあえず家ではこの姿だよ。学校に行く方は今まで通りの姿だから心配するな。ルイ、怖い顔するなよー」
「えぇ?だって、大事な弟がいつ悪魔にぺろっと食べられちゃうかも分からないのに、平気な顔はしていられないよ…」
「ルイ兄ちゃん、僕の気持ち…少しは分かってくれた?兄ちゃんが妊娠したって聞いたときの僕の気持ちも…似たり寄ったりだったんだからね!!」
「あーごめんって、ムツキ…でも欲しかったんだからしょうがないよ。ムツキだってそうなんでしょ?そのうち女の子の姿になったら分かるよ。子宮にも意思があるんだって気がしてくるからさ」
「…一回なったから…分かる…」
ムツキは顔を赤らめて小声で言った。
「え?もう分かっちゃったの?早くない?うん、でも…そうだよね。好きになった悪魔の子を産みたいって思っちゃうよね。仕方ないよ。だって相手は悪魔なんだもん」
ルイは今は少年姿なのに、お腹を撫でながらストラスの顔を見た。
「なんだ?ルイ」
ストラスは炒飯もそこそこにラム酒を飲んでいたがルイの近くに座って頬を撫でた。ルイは炒飯をモリモリと食べてスープを飲み干すと、突然歯を磨きに行った。それを見たストラスもラム酒を飲み干すと歯を磨きに行く。しばらくすると洗面所の方から何やら笑い声が聞こえて、戻ってくるとストラスがルイを抱き上げており、ルイは嬉しそうに彼の首に両腕を回していた。
「じゃ、これから俺たちはゆっくり風呂に浸かってルイに魔力を流すから…後はよろしく」
呆気に取られて見送ったムツキを見て大佐が笑った。
「ムツキ…食べ終わったら一緒に風呂入るか?」
「えっ?その姿の大佐と?」
「あぁ、嫌か?カイムと三人で…」
「えぇぇ!?余計にハードル高いよ!!」
「慣れだよ、慣れ!!ストラスなんか、毎日ルイと入ってるだろ。いちゃつきながら風呂に入ってそのままベッドインして眠ってもいいようにしてるんだろ?だから、慌てて歯を磨きに行ったんだ」
大佐が美少女の顔でニヤリと笑う。
「私も少女になりますか?どちらの姿が好みです?」
カイムにからかわれてムツキは真っ赤になった。
「あーっ!!二人とも!!僕は元インキュバスだけど、まだ十歳なんだから!」
ムツキは顔を覆って抗議の声を上げた。




