ストラス&王子の場合 2
「僕の名前はレイだよ」
「ルイです…よろしくお願いします…」
ルイを見た王子はふふっと笑った。女神の領域で会った時とはまた少し雰囲気が変わった気がした。あのときの出来事は恐らくルイにとっては夢を見たような感覚だろう。
「君がストラスの第二夫人?良かったよ。君にまで繋がって。どこかで途切れるかとちょっと危ぶんだけど、君がいるならストラスはしばらく無茶はしないと思うし…」
画面から出ている蔦がルイのお腹に触れる。ルイは少しくすぐったいと思った。
「君も傷だらけなんだね…拷問?君を鞭打った人は…捕まった?少し中を診るよ?」
王子の声は少し不思議だとルイは思った。優しくて心地良いトーンだ。蔦が入り込んで大きくなった子宮に触れる。
「今は隅々まで女の子の身体なんだね…僕の妻も…今の姿になる前は男性だったんだよ?そのときの記憶を持ったまま女の子になったから…ルイとは分かり合える部分があるのかもしれないね…僕は両方の性別を持ってるから…少し違うんだ…あまりどちらかの性別には拘らない…君は…いつか痛みがなくても…ストラスと繋がれるよ…本当はもうそれは必要ないはずなんだ…それにストラスの子の成長は早いから…少しお腹の中を強くしないとね…」
さわさわと身体の中を探られてルイは目を閉じる。隣ではストラスがルイの手をそっと握っていた。画面越しにルイは二人の顔を見る。
「エストリエは魔界なの?うん…その方が賢明だね。魔界の方が魔力は安定してるだろうし…こっちはアルシエルの魔力に左右されるから…彼が不安になると揺らぐんだね…僕も不安になるとそうなるから分かるよ。でも…亡くなってしまった人の責任を全て負わなくてもいいんだ。その分自分は正しく誠実に生きたいって彼は思ってる…それでいいんだよ。そして新しい命を育む…今、ジュディスのお腹には精霊の卵があるんだ。今度はジュディスが産むって言ってるから…僕は介助する方に回るつもり…ストラスも我が子を取り上げたいでしょ?違う?」
「あ…あぁ、それはもちろん…そうですが。ルイの子宮が耐えられるのか今はそれが心配で…」
「僕も強化するけど…ストラスも毎晩魔力を与えてるんでしょう?それならきっと大丈夫だと思うよ。ストラスも蔦を伸ばしてみて。僕がやってるみたいに子宮の外側をくまなく覆って蔦で包んでそこから魔力を流すんだよ」
王子に言われてストラスは恐る恐る蔦をルイのお腹の中に這わせた。王子の蔦に導かれてストラスは言われた通りにやってみる。
「ストラスのは…王子の蔦より…存在感があって…お腹の中がざわざわする…変な感じ…」
ルイが少し慌てたような声を上げた。
「もう少し気配を減らして…うん…そう…もっと優しく…そう…その調子…」
王子がストラスに指示をする。
「あっ…!ストラス?その触り方…やだ…ゾクゾクする…なんで?ああっ!!」
ルイは顔を赤らめて叫び声を上げた。ストラスは驚いて蔦を引っ込めようとしたが、レイに止められた。
「…少し気持ち良くなり過ぎただけだから大丈夫…好きな人に触られるとやっぱりこうなっちゃうんだ…可愛いね。ストラスが夢中になるのも分かる気がするなぁ。それに魔力に炎があるから…こんな少しの刺激でも燃えるんだ…ジュディスの火種みたいだなぁ」
「私はそんなにすぐに淫らな声を上げたりはしないぞ?」
隣からジュディスが顔を覗かせる。目の合ったルイは気まずい思いをしながら、およそ生身の人間とは思えない美しいオッドアイに見惚れた。レイはジュディスの顔を見て笑った。
「でも呼吸が乱れるから分かるよ?どんな風に感じているかは…」
そう言っている間に、レイとストラスの蔦はルイのお腹の中から出てくる。ところがそこでアクシデントが発生した。
「王子…蔦が絡まって…取れません!!」
「ストラス…大丈夫だよ。あぁ…これはうっかり…しばらく待ったら離れるから大丈夫だよ。少し蔦が仲良くなり過ぎただけだから…悪魔の魔力はやっぱり魅力的なのかなぁ?今はね…交配中なんだ…うーん、半々に引き受けないとストラスが倒れちゃうね。待ってね…これが正解かな?」
蔦はようやくするすると離れた。離れた蔦は王子の右肩とストラスの左肩に丸まって動きを止める。ストラスはただただ驚愕してその様子を見ていたが、慌てて白衣を脱ぎ捨てた。肩の辺りが窮屈になったせいだった。中のティーシャツの袖をめくり上げると圧迫される感じがなくなった。
「こ…ここ…交配って…あの…王子、どういうことですか?」
「そんなに慌てないで大丈夫だよ。よくあることだから。男の子を女の子に変えて妊娠させたのに、この程度のことで驚くのは意外だなぁ。僕とストラスの蔦はこれから花を咲かせて実を結ぶんだ。その種を飲めばまた使える蔦が増える…それだけだよ?」
王子の金と紫の瞳に見つめられてストラスはすっかり固まってしまった。左肩に丸まった蔦の中央にやがて小さな丸いものが現れるのを呆然として見つめる。蕾のようだ。魔界にも悪魔を宿主にして寄生する植物があるが、そこまで急激に魔力が奪われるような感覚はなかった。魔界のその毒草は最終的に悪魔を植物に変えてしまう。
「少し不便かもしれないけれど、夜に綺麗な花が咲くよ。何色の花かなぁ。蔦の持ち主によってまちまちなんだ。種じゃなくて果実が実ることもあるし…その場合は食べたらやっぱり蔦持ちになれるよ。楽しみにしてて。ルイのお腹の魔法陣は内側に描いたからこれで完了だよ。次は誰かな?」
ストラスは左肩が落ち着かないまま、ルイを見送る。少ししてから入ってきたのは花咲とハウラスだった。二人ともストラスの左肩を凝視してぽかんとした。
「それは一体なんですか?寄生植物…?」
ハウラスの言葉にストラスは慌てて首を横に振る。
「魔界の植物とはちょっと違うんだ、ホラ、王子の肩にもある…!」
「こんにちは、かえでさん。女の子の身体になってる子はこれで二人目だね。二人とも豹になれるんだ…こっちにも半獣人がいて人の姿と獣の姿とどちらにもなれる者もいるよ。体調はどうかな?少し悪阻が辛くなってきたかな?」
画面から出した蔦でお腹の辺りに触れながら王子が確認する。
「…なんでも見えるんですか?」
「なんでもじゃないよ。人よりも少し見えるものが多いだけ…でも、そっちの世界の基準でいくと、よく見えるって方に数えられるのかもしれないね。お腹の子も順調だよ。うーん…もしかしたら生まれるとき少しびっくりするかも。豹の赤ちゃんが出てくるかもしれないね。でもすぐに人の姿にもなれるようになるから心配しないで。あとは…他のみんなよりも早く産まれるんじゃないかな?」
「ええっ?」
花咲は王子の言葉に口をパクパクさせた。
「ストラスが今、動物のお医者さんの資格を取ろうとして猛勉強してるから大丈夫だよ。かえでさんは豹の姿で出産すると思う…この子は少なくともそうしようと思ってるみたいだから…守りの魔法陣も描いたから大丈夫。流れに身を任せて。そのときが来たら自然とできるから怖がらないで」
王子に微笑まれると花咲は頷くしかなかった。花咲とハウラスが出てゆくと、ストラスはリツを呼んだ。入ってきたリツを見て王子は驚いた。いつだったか画面越しに対面したときは、黒髪に黒い瞳だったのに、銀の髪に青い瞳になっている。身体に流れる魔力も種類が変わっていた。
「お久しぶりです…あのときは…ありがとうございました…」
リツは恥ずかしそうに言った。王子は蔦で触れながら強い光を感じていた。そして少しの闇と。レイは自分と似たような身体の構造をした赤子を見た。けれども翼がある。
「あぁ…これが天使なんだ…初めてだよ。こっちの子は…半分ずつなのかな…?」
子どもたちはすでにレイに気付いていて興味深そうにこちらの気配を探っていた。
(今日はお父さまの魔力が上がったり下がったり…いそがしいの)
(ほんとほんと、魔界の国王陛下なのに、しっかりしてもらわないと困るのに。お母さまの方がしっかりしてるよ?)
(だって、天使の力が支えてくれてるから…)
(お父さまにはお母さまがいないと、やっぱりダメね)
「すみません…お喋りで。あ…何?フィランジェル」
リツが途中まで言いかけたとき、姿が揺らいでフィランジェルが現れた。レイは眩しいと思った。目を開けると銀の長い髪が見えて中性的で美しい天使がそこに座っていた。
「お手数をかけて申し訳ない…夫が…今は魔力の気配を必要最小限にして他は警備に回しているから…面倒事を王子におしつけてしまって…」
「別に僕は平気だよ…君はなんだか、ジュディスみたいに強そうだね。ジュディスは僕の妻なんだけど」
「呼んだか?わぁ!眩しいなぁ…目が眩みそうな魔力だ。光のエネルギーなのか?うーん、天使とは戦いたくないなぁ…」
「すぐに戦ったときを想定するのか?あぁ…でもそうか。見慣れない種族と対面したとき、真っ先に考えるのは味方に出来なかった場合、戦って勝てる相手かどうか…な訳で…それでいくと、私もジュディスとは戦いたくないなぁ。美しくて強そうだし。既婚者じゃなければ口説きたいくらいだよ」
フィランジェルは画面に映り込んだ若い女性を見て微笑んだ。とても美しい髪の色だと思ったが、天使にも悪魔にもこのような髪の色は見たことがない。
「そっちも既婚者じゃないか。お腹に二人も入ってる。それ…どうやったんだ?双子ではないみたいだけど…」
「うん、そうだね。最初はリツがアルシエルの子を妊娠したんだよ。それでその途中友だちが誘拐されたりで追いかけるのにリツと私が分裂して…なんだかんだで、私もアルシエルとそういうことになった。そのときに天使の子を妊娠した」
「そっか、リツとフィランジェルは別人格なのか?私とジェイドは繋がってて…過去の私と現在の私が…記憶を共有している状態だけど、少し違うんだな。私のお腹には卵が入ってるんだ。胎児で産むよりも産卵の方が小さくて済むし、復帰も早い」
何だかんだで意気投合している二人の隣で王子とストラスは苦笑する。
「二人とも楽しそうだね。そういえばリツのお腹には虫除けと称してジュディスが魔法陣を前に送っていたね。少しその魔法陣に僕の守りを追加しておくよ」
そう言ってレイは蔦を伸ばす。その間にフィランジェルはリツの姿に戻り、画面に映り込んだジュディスを見て手を振った。
「ジュディス!?久しぶり!」
「あぁ、元気そうだね。その髪と瞳は魔力の種類が変わったせい?戻し方を教えてあげようか?首から上だけに…光の力を流さないようにするんだけど…息を止めるみたいにして…理論上はそれで変わるはず…」
リツは思わず息を止めてしまう。言っていることは分かったが、実際にやろうとすると難しい。リツは神聖力を下げて魔力を上に移動してみた。
「おっと!リツさん!背中!!」
ストラスが慌てて飛び退る。リツの背中から黒い翼が生えていた。
「わぁ!間違えちゃった!そうじゃなくて…」
翼が引っ込んでリツは黒髪と黒い瞳に戻ったがリツの視界には長い髪が見えていた。
「黒には戻ったけど…髪が伸びちゃった…調整が難しいなぁ…」
「まぁ…髪は切れますから。でも陛下は黒髪ロングもお好きだと思いますよ?その姿で慰めてあげてはいかがですか?」
リツの次に順番を待っていたイチカは、いきなり黒髪ロングのリツが出てきたので驚いて二度見した。
「えっ?リツ、何をどうやった訳?エクステ不要じゃん!」
「うーん、髪と目の色を戻そうとしたら、なんか伸びちゃって…」
「えぇ?そうなの?」
イチカは肩をすくめてその後ろ姿を見送りかけて、慌てて声を上げる。
「リツ!背中!服が破れてる!!」
「わぁぁ!!」
振り返ったリツが慌てて服を直すのを確認し、今度こそ見送ってから、イチカは部屋のドアをノックした。




