ストラス&王子の場合 1
ジーンは自らの痕跡をあまり残さない選択をした。呼び出されたのはパソコンの画面越しの異世界の王子ルイだった。とりあえずストラスが呼び出した。
「なるほどね。別にお腹の赤ちゃんを守る魔法陣を授けるのは構わないよ?でも…その、ラマシュトゥ…だっけ?襲われて…助けた子がいるなら…少し記憶を読みたいんだ…どんなものかも分からずに魔法陣を描くより、その方が確実だから…」
その言葉を受けて、今パソコンの画面の前にいるのはチサだった。隣には男性姿のリモンがいる。リモンもチサも王子を見るのは初めてだったので、奇声とも悲鳴ともつかぬ声を上げて息を飲んだ。
「うっわ!美人!!」
「お兄さん、その目…自前?」
リモンの問いに王子は笑う。
「自前というか…こっちの目は妻のもので…」
「えっ?移植したのか?」
すると画面の横から紫と濃い緑の瞳の若い女性が顔を出した。
「交換だよ、交換!死んだ妻の目玉を移植したとか、一瞬考えただろ?失礼な!生きてるよ!」
「ちょっと、ジュディス…今から記憶を読むんだから静かにしててよ…」
「はいはい…言われなくても、なかなかにすごい見た目の女ならすでに見えてるよ?」
「それくらい僕にだって見えるよ。残した痕跡をもう少し詳しく探りたいんだ…」
王子が言って画面の方に片手を伸ばす。画面の中から現れた蔦にチサはギョッとした。
「なにこれ!?」
反射的にチサはリモンに抱きつく。リモンはチサを抱きしめたまま近付いてきた蔦がチサのお腹に触れるのを見ていた。
「な…!?」
「ちょっと変な感じがすると思うけど…傷付けたりしないから、じっとしてて…」
「うわっ…は、入ってきた…!?」
チサは身をよじりそうになり、リモンにそっと押さえられた。
「うーん…あぁ…余計な痕跡がたくさんあって邪魔だなぁ…チサさん…だっけ?こんなにたくさん…赤ちゃんを取り出してたら…子宮がボロボロになるって分かってたと思うけど…って余計なお世話か、ごめんね。中の痕跡を癒してもいい?」
「ちょっ…レイ、泣くなよ…」
王子の片方の目から涙がこぼれた。
「だって…生きたいって…生きたかったって…たくさん声が聞こえるんだ…」
王子は片手で涙をぬぐう。
「チサさん…次の子は産んであげてね…今まで見送った子の分まで…愛してあげて…」
王子はそう言うと蔦でチサの子宮を撫でて、するりと蔦を抜いた。チサは呆気に取られて一瞬脳裏を過った光景を思い出す。自分が抱いているのは、リモンの髪の色をした赤子だった。リモンも同じものを見たのかハッとしたようにチサの顔を見つめる。
「ストラス…そこにいる?」
「あぁ、いますよ?」
「見たものを共有するから蔦を出して。気分が悪くならないといいけど…」
「えぇ?脅さないで下さいよ…」
「いや…冗談じゃなくて、悪魔の脳がどのくらいの情報量を処理できるのか分からないから…むしろ処理しようとしない方がいいのかも…まだ分析しないで」
「ちょっと、待って下さい?それって…圧縮したデータを解凍するなってことですか?」
「うーん、それに近いのかな?解凍するにしても少しずつにして。まずは前半半分を流すね?」
画面から伸びている蔦がストラスの手のひらから出た蔦に絡まる。途端にストラスの身体がビクリと痙攣した。リモンは慌てて立ち上がり万が一倒れても支えられるように身構えたが、ストラスは耐えた。
「少し…休憩しようか…」
「あぁ…その方が…助かります…」
ストラスは近くの椅子に座って蔦を出していない方の手でこめかみに触れた。画面から別の蔦が出てきてストラスの頭に触れた。さわさわと蔦が揺れて、まるで彼を愛撫するかのようにリモンの目には映った。
「大丈夫?吐きそうか?」
「いや…なんとか…。少しめまいがしただけです…」
「竜とやり取りしてると、こういうのが日常茶飯時だから、私やレイは感覚が鈍っちゃってるんだよね。でもさすがは悪魔だなぁ…でも脳の約七割くらいしか動かしていないんだな?あえて眠らせてる部分は非常事態用なのか…」
「…俺のスカスカな脳みそを分析しないで下さいよ、恥ずかしい」
「別に裸だって見た仲だろ?脳みそくらい見せてくれたっていいじゃないか。遠慮するな」
「ええっ!?」
隣の王子が変な声を上げる。
「だって、屋根を突き破って温泉に落下してきたんだ」
「あぁ…もう、その話はいいじゃないですか。破れた結界?シールド?あれが腹にもろ突き刺さって死ぬかと思いましたよ」
「あぁ、防御壁だな。竜が編み込んだ緻密な防護壁だから危なかったんだ。だって目の前でストラスが死にかけてるのに、自分が裸だとかそんなこと気にしてられないだろ」
「まぁ、それはそうだけど、なんでその状態でジュディスの胸触ったの?触る意味ある?いや、揉んだ?揉んだよね?」
王子に問い詰められたストラスは記憶を読まれて気まずそうな顔をした。
「いや…どうせ死ぬなら、最後に触り心地のいいものを触りたかったんですよ…」
「これだから悪魔は油断ならないな!そろそろ、残り半分を流すよ?いい?」
心なしか冷たくなった王子の声にストラスは苦笑しながら頷く。
「よろしくお願いします」
ストラスは残りの半分を受け取ったが絶対に開かないでおこうと思った。受け取っただけで分かる。ものすごく濃い。覗いたら最後、しばらく現実に意識を向けられなくなる予感がした。
「そのラマシュトゥってのは…そんな大昔からいたのか?ものすごく古いんだな…ストラスよりも…って、ストラスって見た目よりもずっと若いんだな。なんだ、アルシエルと同じくらいなのかと思い込んでたよ」
「えぇ?今更ですか?いや…俺もそろそろ若いとは呼ばれなくなってきてますけど…」
「延々と繰り返してる私からすると、まだまだ若い方だよ。ならレイだって許すだろ?子どもに胸を触られたって怒らないだろ?」
ストラスよりも若い見た目の女が可愛いと言うのでリモンはとても奇妙な感じがした。
「子どもって…僕からするとストラスは歳上だし、ジュディスのような視点は持ち合わせてないよ!」
ジュディスは笑ったが急に真面目な様子になり改めて口を開いた。
「多分…アルシエルが気にしてるのは、今そっちを騒がせてるラマシュトゥと、ストラスがまだ生まれていないくらいの過去に魔界を震撼させたラマシュトゥが同じなのかどうか…だろ?結論からすると、同じだ。アルシエルは自分の痕跡を追ってるんじゃないかって不安になってると思うけど…それは一部当たってて一部外れてる…」
隣のレイも頷くと言った。
「ラマシュトゥは確かにアルシエルの魔力の痕跡を追って襲撃している。でも、それよりも優先すべきなのは自身の空腹を満たすことなんだ。ラマシュトゥは空腹になると凶暴になってその辺の妊婦なら誰でも襲う…今はアルシエルの魔力を追うことに全神経を研ぎ澄ませているけど、先に食べた胎児を消化しきったらまた次の獲物を狩りに来る…」
パソコンから出た蔦が再びチサのお腹を撫でて光った。
「守りの魔法陣だよ。僕とジュディスの魔力を織り交ぜているから強いと思う。そっちの…なんだっけ?えぇと…車…トラック?に轢かれてもその程度じゃ死なないから、人前で事故に遭わないでね?気味悪いって思われるだろうから」
王子は画面越しにチサに向かって微笑んだ。
「リモンさんは今すぐにでも子どもが欲しいの?すごく我慢してる気配を感じるんだけど…チサの身体の中は治したから、乱暴なことをしなければ抱いても大丈夫だよ?」
美しい王子に言われてリモンは動揺する。確かに色々と我慢していた。チサの身体が心配だったからだ。治るまで待とうと思っていたのに、自分よりも優れた技術と魔力を持っているのかと、複雑な思いに駆られる。
「僕らの魔力は魔力だけじゃなくて精霊の力も借りているから…リモンさんのように自力で全部こなしてるのとは少し違うからね。ストラスの蔦がもう少し育ったら…ひょっとするとストラスは僕らの力をもっと使えるようになるかもしれないな…悪魔は器用だから。次の子を呼んでいいよ?チサさん、リモンさんと仲良くね?見えたでしょ?どこの誰なのか分からない相手の子よりも、チサさんに寄り添ってくれる悪魔の子を産んだ方がきっと未来は明るいよ?」
手を振る王子に向かってリモンが深々と礼をしたので、チサも慌てて頭を下げた。王子は手を振る。
「次は…ラウム」
チサは部屋の外で待っていたのが男性二人だったので、不思議そうな顔をしてしまったが、ドアを閉めるなりラウムは女性の姿になった。
「じゃあ、魔法陣をお願いします」
ストラスが言うと、王子はアサヒを見て微笑んだ。
「君がお腹の子のお父さんなんだね?半分だけ猫にもなれるんだ…ふーん、猫のときは女の子なの?じゃあ二人とも子どもを産めるってことだね?悪魔ってすごいなぁ…」
アサヒは動揺してストラスの方を見たが、彼はニコニコ笑っているだけだった。ラウムはお腹に魔法陣を描いてもらうと微笑んで一礼をした。
「ありがとうございます」
こうして、しばらくの間次々と妊婦が訪れて妊婦たちは魔法陣を描いてもらうと、そっと服をめくってその緻密な魔法陣を見て感動の声を上げた。そしてようやくルイの番が訪れた。




