ベルフェゴール&ルシフェルの場合 2
社長はイチカに魔力を与えながら、他の悪魔たちがいつになく落ち着きのない様子をしているのを感じ取っていた。まだ悪阻から抜け出せないイチカを少し眠らせる。それにしても今日はアルシエルの魔力がやけに不安定だと思いながら部屋から出て歩いていると、宮森がストラスの部屋から出てきたところだった。
(珍しいな…)
社長の姿に気付いた宮森がやや気まずそうな顔をしたので社長は近付いて声をかけた。
「みんな、こそこそ何の話をしてるんだい?そんなに私に聞かれたくない話なのかな?」
カマをかけただけだったが、宮森はその言葉に動揺して魔力が乱れた。本当にそうだったのかと社長は意外に思った。
「ラマシュトゥ事件は昔のことですから…今はもう…終わったことです…ただ…内容の確認を…」
「なんだ、ラマシュトゥのこと、まだ調べてたの?その割には動揺してるけど…なに?」
社長は素早く動いて宮森を壁際に追い詰めると、首に片手をかけた。首を絞められた宮森は彼が本気で腹を立てていることにようやく気付いた。首に爪の先が刺さる。
「社長!止めて下さい!!」
宮森の気配を読んだのか部屋から飛び出してきた花咲が、それを見て叫んだ。
「花咲さんは口出ししないで。これは私とハウラスとの契約なんだ。お前、契約違反って言葉を忘れたの?私に何を隠している?」
ところが社長はそのとき突然現れた何者かに突き飛ばされた。ハウラスはその場に崩れ落ち咳き込む。首に手を当てると指先に血がついた。花咲が駆け寄る。
「あークソガキが!使い魔を虐待すんなっつーの!!」
ベルフェゴール大佐が突き飛ばした社長の上に馬乗りになって、やや面倒くさそうにつぶやいた。大佐はそのままの態勢で社長を押さえたまま、ハウラスを振り返る。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
大佐は再び社長を見下ろした。
「ルシフェル…お前さ、ハウラスの身にもなれよ。ようやくリリスのことを少しは考えられるようになったのは成長だけど、ハウラスだって楓の腹の子の親なんだぞ?子どもだって気配を読むんだ。お前、今のですでに印象最悪だよ」
「……どうせ…私は…」
社長は何かつぶやきかけて、拗ねたように口を閉じた。
「だったら、もう俺は言うよ?どうせ昔の事件が絡んでるんだ。お前が王宮で真綿に包まれたような生温い平和を貪っていたとき、俺やアルシエルがどうなってたか。ベルゼブブもだ。幽閉?あぁ、そうだな。お前はそう思い込んでいる。お前の父親もそこまで非道ではないと。じゃあなんでクーデターが起きた際に、あれだけ大量の悪魔が虐殺されたと思う?それ相応のことをしでかしたからに決まってるだろ!!」
「ベルフェゴール大佐、もう言うな!」
アルシエルが現れて遮ったが大佐はすでにキレていた。ルシフェルは珍しく動揺したようなどこか不安げな幼い表情を晒す。
「幽閉と称して王宮の尖塔で行われたのは、昼夜を問わずして行われたあらゆる拷問と屈辱だ。死んだ方がマシだって思うような。それでもギリギリ死なないところで止められて毎日毎日嬲られたんだ。俺やアルシエルを這いつくばらせて快楽に溺れた悪魔の首は俺が尽く刎ねた。腹を裂いて腸を引きずり出した奴には同じ苦痛を味わわせた。それでもお前を…殺さなかったのは、本当にお前が何も知らないまだ幼いガキだったからだ。アルシエルが玉座に座らずに、お前を父親の代わりに座らせると言ったときには、こいつは何を考えているんだと思ったが…それはリリスが懇願したからでもあったんだよ。玉座は要らないからお前を生かしてくれと。でもお前から玉座を奪えば、魔王の息子として今度はお前が幽閉される未来しか見えなかった。アルシエルを信奉する奴らはお前に同じことをするかもしれない…お前は不幸なことに見てくれだけは人形のように可愛らしかったからな。だからお前を玉座に据えた傀儡政権と見せかけることで…お前の自由と尊厳を守ったんだ…」
アルシエルは深いため息をついた。
「大佐…終わったことだと…言ったはずだ。今更言ったところで…失ったものは戻らない…黙っていたのはそういうことだ。ラマシュトゥ事件については…まだ疑っているに過ぎないが…ラマシュトゥは私の魔力を追っているのかもしれないんだ。かつてアルシエル軍にいた者の妊婦が狙われたように…全て仕組まれたことだったのかは分からないが、先に亡くなったのは私が診察した妊婦だ…助かったチサも…私が診察したことで一度腹を食われている…」
ルシフェルはどこか納得したかのように口を開いた。
「……そうか…だから…みんなコソコソと。私はいまだに子ども扱いなのか?ストラスは私よりも後に産まれたのに…あぁ、そうだよ。いつまでもお子さまなのは分かっているよ。でも…言ってほしかったな…謝っても許されないだろうけど、何も知らずにのんきに過ごしてる私を見て、君たちはずっと複雑な思いを抱えていたんだね…父のことを…私はよく分かっていなかったんだ…本当に悪かったよ…大佐…どうしたら溜飲が下がる?ここで…このまま…私を好きにしてもいいよ?」
ルシフェルは全てを放り出したような顔つきで力なく大佐の下に横たわっていた。大佐はようやく上から避けてルシフェルのおでこを指先で勢い良く弾いた。
「痛っ!!」
「それでもお前から父親を奪った事実には変わりないさ。だからお互いさまなんだよ」
「大佐の悪いところは、すぐにカッとなってぶちまけてしまうところだな…だが仕方ない。この事件を調べていたらいずれは…ルシフェルにも確認する必要があったから…バレていたかもしれないな。ハウラス、すまなかったな」
「いいえ…大丈夫です。この程度の怪我など大したことではありません…」
ハウラスもアルシエル軍である程度の役職のついていた悪魔が尖塔に幽閉されたのは話に聞いていた。尖塔は強力な魔力で覆われており、中に入ることのできる悪魔は限られていた。
(ルシフェルさまの父君も…尖塔に足繁く通っていたはずだ…)
庭園で幼いルシフェルの守りをしていた際に、彼が父親の姿を見かけて尖塔の近くまで追いかけて行ってしまったことがあったのだ。慌ててハウラスは追いかけた。彼は微笑んでルシフェルを抱き上げて頭を撫でたが、彼と共にいた悪魔の顔ぶれにハウラスは違和感を覚えたのを思い出した。
(そうだ…あのときいたのは…皆、拷問官だった…)
幼いルシフェルの頭を撫でたその手であの後彼は何をしたのだろうかとハウラスは考えて気分が悪くなる。花咲が慌てて彼に触れて魔力を流した。
「陛下…申し訳…ございませんでした…」
「なぜ、ハウラスが謝る?お前は自分の仕事をしていただけだ。下手に気付かなくて良かったんだよ。お前が動揺すれば幼くてもルシフェルに疑念を抱かせることになっただろう。まぁ、私が若い女性の姿になれなくなったのは、恐らく幽閉されていた時期の後遺症だな。どうやっても今は十歳が限度だ。別にこの先、女の姿になれなくても不便ではないが…フィランジェルの子を産んでやるのは無理かもしれないな。あの拷問で若い女の私の身体は壊れてしまって使い物にならなくなったんだよ。別に私が幼女趣味で変身している訳ではない。せいぜいが、その程度のことだ」
アルシエルの言葉にハウラスは深く頭を下げる。仮に気付いてもあの頃の自分は無力で何も出来ずに、余計に惨めな思いになったに違いなかった。一方で起き上がった社長もひどく落ち込んだ顔付きでアルシエルとベルフェゴール大佐の顔を見た。
「で?ここまでもうぶちまけたんだ。他に何か些細なことでも覚えてることがあったら教えろよ?」
ベルフェゴール大佐はルシフェルの顔を見て言う。
「他に覚えてることなんてないよ…」
ルシフェルは拗ねた子どものように唇を尖らせた。
「まーなんか思い出したら教えろよ?俺らが身を削って耐えたのは、抵抗したら妻を殺すと言われたからだ。アスモデウス元帥なんかはそれで本当に一人妻を失ってるしな…戦争ってのは嫌だね。身も心も荒む」
大佐は片手でルシフェルを立たせると、アルシエルの元にやってきた。
「陛下、フィランジェルさまなら…大丈夫ですよ。いつかきっと…どのような姿の陛下でも…受け入れられると…俺は思ってますよ」
「…そうかもしれないな」
大佐の言葉に彼は短く頷く。
「まずは、妊娠中の者の腹に守りを施すところから始めようか…」
気持ちを切り替えるようにアルシエルが告げた。




