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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ストラス&五十嵐警部の場合

 食後に別室でジーンは五十嵐警部の持ち込んだ数枚の写真の画像を眺めていた。


「都内の山の中で起こった事件で…熊じゃないかと言われているんだが…どうにも、熊というには…不可解な点もあって…」


 テーブルの上のタブレットには爪で切り裂かれたような傷口の写真が数枚、腹の中を喰われたように見える写真など、およそ昼食後に並べていいようなものではないグロテスクな写真が並んでいた。


「専門家の意見を伺うってことで…何だと思います?」


「…熊じゃないと思ったのはなぜです?」


「それらしき足跡がね…見つからなかった…むしろ、大型の猫科の動物みたいな足跡ならあったが…動物園から逃げ出したという報告もなければ、住民のペットが逃げたという話も全く聞いていないんですよ…」


「なるほど。私も熊ではないだろうとは思うが…だが何かと言われると…魔物か…それとも魔獣か…私の国の悪魔は腹を食ったりはしない…凶暴な者だと引きずり出して拷問する者もいるが…な、ストラス?」


 同じく写真を見ていたストラスにジーンがニヤリと笑う。


「魔界の拷問は派手ですからね。そのくらいやらないと効かない悪魔もいますし。生命力は強いから死なないし。でも喰うのはさすがに…禁止されてから、うん百年経ってますからね…目撃情報は?」


「ないんですよ。気味の悪いことに」


「被害者は…行方不明だった妊婦?何とも嫌な感じだな…二名とも…腹の中の胎児を食われたってことですか?」


「そうです…その…ですからこの事件のこともあって…冴夏は子どもを欲しがってますが、万が一ってこともあると思い…それで…おたくの奥さんのことも思い出して…」


「…確かにリツの腹には二人も入っているからな。この家は妊婦だらけだ。事件が起こった場所はここからはかなり遠いが…そういう存在がいる、と警戒するに越したことはない、という訳ですね。万が一身内が狙われるようなことがあれば…こちらも全力で迎え撃ちますよ。ただどこにいるのかも分からない以上、無闇矢鱈に調べ回る訳にもいかない…」


 リビングでは樋口巡査部長とリツ、それに帰ってきたイチカが楽しそうに話している気配がした。ドアがノックされて社長が片手を上げて入ってくる。


「やあ、こんにちは。何、秘密の話してるの?うわぁ…嫌だなぁ…ラマシュトゥみたいじゃないか」


「ラマシュトゥ?」


 ジーンは眉をひそめた。


「あれ?知らない?胎児を食べる魔物だよ。一説には吸血鬼とも言われてるけど…あれは異世界から魔界に来て…父上が退治したはずなんだけどなぁ…あ、そっか君はその頃幽閉されてたから事件のこと知らないのか、ごめんごめん」


 さらりと幽閉などという物騒な単語が出たことに五十嵐警部は動揺する。


「…そんな事件があったのか。どんな姿だったんだ?」


「どんなって…ライオンみたいな頭で…猛禽類みたいに爪が鋭くて…腹の中の胎児を食べたり、新生児をさらって食べたり…僕はその頃確か五歳かそのくらいだったけど…妊娠してる悪魔はやっぱりみんな怯えてたよね」


「条件としては合致しているな…退治したはずって…なぜそこはあいまいなんだ?」


「斬り伏せたら…空間がねじれたとかなんとか…とにかく…斬ったことに間違いはないし、魔界からは逃げていったけど…異世界に逃げた可能性も否定できないなって今改めて考えると思ってさ…それに胎児を狙って食べるなんて…気持ち悪いし…イチカに張り付いてないとダメだね!!」


 言いたいことだけ言って社長はバタバタと部屋から出てゆく。


「あの…幽閉って…大変だったんですね…」


 思わず五十嵐警部はジーンに言った。ジーンは肩をすくめる。しばらく沈黙していたが、彼にしては珍しく五十嵐警部の顔を見ると語り出した。


「…社長の父親は彼にそう伝えたんですよ。幽閉だけではない…ありとあらゆる拷問を受けましたよ。それこそギリギリ死なない程度に腹を切り裂かれて臓器も掻き回されたし…温かくてひくつく自分の腸を口の中に詰められたりもしました…それが幽閉なら…拷問のレベルはもっと上がってしまいますね。悪魔は生き汚くて死なないので別に大したことじゃありません。そうでも思わないと…能天気な社長を時折踏みにじりたくなるんですよ…やったところで…負の連鎖は断ち切れなくなるだけだからしませんが。私はこう見えて…暴力的な解決はあまりしたくない方でしてね」


「我が君…」


 ストラスが不意にジーンの肩に手を置いた。乱れた魔力を感じ取ったせいだった。


「ルシフェルは知らなくていいことです。そうでないと…父に対する憎しみが更に溢れてしまう。ルシフェルだってある意味被害者ですから。彼の父親のせいで母親はおかしくなってしまったので…。ストラス…大丈夫だ。今リツが無事なら私は何だっていいんだよ…」


 その言葉を聞いて五十嵐警部は、逆説的に彼女が無事でない事態に発展した場合、この悪魔は何をするか分からないのではないかと危惧した。それはある意味かなり危険だ。たった一人のあの細い肩に命運がかかっているのだ。遠慮がちにドアがノックされた途端にジーンはタブレットの画像を消した。


「ジーン?」


 その声を聞いたストラスはパッと彼から手を離してドアを開けにいく。


「どうしました?」


 微笑んでストラスがドアを開けるとリツがおでこを押さえて困った顔をしていた。


「お腹の子が騒ぎ出して…」


 リツではなく腹の子がジーンの魔力の乱れに気付いたのかとジーンは思って、敏い子どもたちに内心では舌を巻く。リツの頭をストラスが優しく撫でてふわりと抱きしめたのを五十嵐警部は不思議そうに見ていた。ジーンはその間に魔力の乱れを鎮めた。


「おや、少し光りましたか?魔力が欲しいんですね」


 ストラスは微笑む。


「リツ、おいで」


 ジーンが呼ぶとリツは五十嵐警部がいるからなのか遠慮がちにやってきたが、ジーンはひょいと軽々と膝の上に乗せてしまった。膝の上に座った途端にリツの身体が輝いてそこには天使が座っていた。リツよりも大きくて中性的な美しさがあった。


「あ…」


 五十嵐警部はぽかんと口を開ける。すでに会ってはいても、やはりこのように突然現れると驚いてしまう。


「こんにちは、五十嵐警部。アルシエル大丈夫?ルシフェルが不用意な発言をするからだよね。大丈夫、この会話はリツには聞こえてないよ。リツが聞いたらショックを受けるだろうし。あの戦争で…私も罰せられたけど…アルシエルの方が軍法会議にかけられて大変な目に遭ったんだよね。天使と内通してたって…」


 フィランジェルはアルシエルの頭を掻き抱いて唇を重ねた。周りに誰がいようと関係のない生々しい触れ合い方に、五十嵐警部は思わずそわそわして傍らのストラスを見上げたが、彼はどこかホッとした様子で二人の様子を見ていた。


「フィランジェルだって翼を切られただろう…お互いされたことは大差ないさ…」


「うん…まぁ…そうかな?嫌な時代だったよね。今は好きなときにこうしてキスだってできる…アルシエルがもっと欲しい…ちょうだい…」


「分かったよ。警部が驚いてるじゃないか。フィランジェルはリツよりも積極的だからね。少々外します」


 彼は天使を抱き上げたまま部屋から出て行ってしまった。ストラスと共に残された五十嵐警部はたった今見聞きした出来事が信じられずに呆然としていた。


「いつ見ても慣れませんねぇ…神々しくて」


 やっとのことで口を開くとストラスは笑った。


「あぁ、すみませんね、驚かせてしまって。悪魔の子はお腹にいても父親の魔力を求めるんですよ。今はそれで魔力を与える必要があるので二人は外しました…周りの悪魔の魔力にも慣れさせるのに、先ほどのように俺とハグしたりもします。腹の中にいるときから子育ては始まってるんですよ」


「そういえば前にもそんな話を聞きましたが…いやぁ…随分とこちらとは勝手が違いますよねぇ…」


 五十嵐警部は正直な感想を口にする。ところがストラスは真面目な顔をして五十嵐警部を見た。


「警部も…脅すわけではありませんが、他人事ではいられないかもしれませんよ?樋口巡査部長がどの程度ラファエルだった頃の記憶を取り戻すかにもよりますが…この先、樋口巡査部長の体内の神聖力がもっと増せば…生まれてくる子は人の子とは限らない…そういうことです」


「えっ?そんな、まさか…」


 五十嵐警部は耳を疑った。


「な、何が生まれるっていうんです?」


「たとえば天使と人のハーフ…あるいは純粋な天使…樋口巡査部長は今、生理不順なんですよね?それは転生前の天使の体質を引き継いでいる可能性も否定できません。天使には生理はありませんから。現役の天使…というとおかしな言い方ですが…先ほどリビングにいたイオフィエルの身体の構造は、性的な刺激を受けて排卵する…要するに分かりやすい例で言うと猫みたいな構造をしています」


「ね、猫ぉ!?」


 分かりやすいとストラスは言ったが五十嵐警部は余計に混乱した。動物には詳しくない。つまり猫には生理がないのか、と今更ながら思って、分かっているようで全く分かっていない自分が恥ずかしくなった。犬は?聞ける訳がない。


「あ…あぁ、すみません。俺は産婦人科医の資格を取って今、合間に獣医の勉強も始めたところなので…一般的な人の理解度がどの程度なのか分かっていなくて。結論として何が言いたいかと言うと、樋口巡査部長のお腹に宿る子は人かもしれないが違う可能性もある、その子が宿った場合には少々人間の病院で診察を受けると騒ぎになる可能性が高いので、まずは今回のように可能性を疑った際には魔力回復研究所の方か、セラヴィの常務に直接連絡をした方が安全だと言いたかったのです。それと仮に生理が止まってしまったとしても、天使の身体に近くなった場合にはそうなりますから、妊娠していなくても止まることもあります。樋口巡査部長は閉経するような年齢ではありませんから妊娠したと思うかもしれませんが、それは天使の身体に近くなったということですから、天使の血を引く子が生まれる可能性が更に高まるということです…どの段階で子作りをするかはお二人の気持ち次第ですが、先延ばしにするほど天使の力を持つ子になる可能性が高まると言えるでしょうね。ちなみに天使の子に明確な性別の区別はなく両性具有です…先ほどのフィランジェルの姿を見たら分かるかと思いますが。お腹の子も一人は天使で両性具有ですから」


 五十嵐警部は天使やら悪魔やら、現役の彼らが近くにはいたものの、これまでそのことが自身の人生に深く関わってくる要素だとは全く考えてはいなかった。たまたま契約パートナーが元天使というだけで、それでも人として生きて人として死ぬのだろうと何となく思っていたのに、そうではない可能性がむしろ濃厚だと聞かされてすっかり困惑していた。やっとのことで、五十嵐警部は口を開く。


「そ、そうなんですか…両性具有は…生きにくくはないんですか?」


 ストラスは少し考えてから言った。


「まぁ…悪魔なんてものはコロコロ性別を変えられますから、両性具有でも全く気にしませんけど、人によっては受け入れられないでしょうね。我々と関わると…否応なしに五十嵐警部も樋口巡査部長も魔力や神聖力の影響を受けますから…ですから、あえて樋口巡査部長とは積極的には関わらないでおこうとしていたのですが…今はこちらに天使も滞在していますから…昔の記憶を思い出すなと言う方が無理でしょうね」


「何となくは分かりました。冴夏とも相談してみます。あの…急に思い出したんですが…ケビン…でしたっけ?彼は元気なんですか?いや、なんでしたっけ?ラマシュトゥ?吸血鬼ってって説がどうとか言っているのを聞いて思い出したんですが…」


「あぁ、ダンピールのケビンですか。元気ですよ。今は訳あって魔界にいますが。陛下の昔からの友人にとても気に入られてしまって、女性の姿に変わって双子を妊娠中ですよ」


「えっ?に、妊娠!?ええっ?」


「えぇ。巨乳の美女になりましたよ。相手が性欲旺盛で見定められてからはあっという間に…言ったでしょう。魔界では性別など些細なことなんです。俺は絶対に嫌な相手には組み敷かれたくないから日常的には男の格好でいますが、女になれないこともないんですよ」


 ストラスは笑ったが、あの五十嵐警部の命を救う手助けをしてくれたおかしな青年が巨乳の美女になっているところなど、いくら考えても五十嵐警部の貧しい想像力からは想像がつかないのだった。そしてむろんのこと、目の前のガタイの良いストラスが女性になるところなど、想像することすら無理だった。ドラァグクイーンのようなものを思い浮かべて五十嵐警部は身震いする。ストラスはそんな五十嵐警部の考えを見抜いたかのように突然吹き出した。


「ちょっと警部、そりゃないなぁ!自分で言うのも何ですけど、そこまで化け物じみた女じゃないですよ」


 五十嵐警部の目に一瞬、豊満な胸の長い癖のある黒髪の美女が見えた。蠱惑的な猛禽類のような瞳で、食われてしまいそうだと思ってゾクリとした。瞬きする間にその姿は消えうせて、いつもの外国人男性が目の前に立っていた。


「い、今のは…」


「あぁ、俺ですよ。女のときの。どうです?」


「…俺なんかは…骨抜きにされそうな美女じゃないか…詐欺だ…なんてもの見せるんだ!」


 五十嵐警部の情けない声にストラスはハハッと笑った。


「そりゃ、悪魔ですからね。ま、褒め言葉と受け取っておきますよ。今の姿だって所詮はまやかしですから。それと誤解されると困りますから言っときますが…ルイは自ら望んで俺の子を生みたいというから、今一時的に女性の姿になっているに過ぎません。魔界じゃ十三歳から結婚可能ですから、きちんと入籍して第二夫人にしましたし、リツさんの結婚と同時に会見も開いて国民にもアピールしましたよ。しっかり責任は取りますから安心して下さい」


 ストラスは真面目な顔をして言ったが、ルイと顔立ちはよく似た美少女のお腹が大きく膨らんでいるのは、五十嵐警部からするとやはり違和感しかないのだった。警部にとってルイはまだ中三の少年だ。ストリートキッズの中にも時折、うっかり妊娠してしまって病院に搬送される者も見てきたから、警部の心境としては複雑だった。それに、と思う。たかだか一週間程度の新婚旅行であんなに腹が膨らむものだろうか。悪魔だからなのかもしれないが、警部には理解が及ばなかった。

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