二階堂&ルイの場合
皆で心中することにはならず無事に魔力回復研究所に戻ってきて、二階堂は少ない荷物をマルバスの部屋に運んだ。その後二階堂は魔力回復スペースに案内され、まずはそこから比較的安価な魔力回復薬から試すことになった。治験者はその魔力回復薬の組み合わせを元に更に個人に合う薬を探したり、魔力回復スペースのデータに個人情報を組み込んで今後の魔力回復薬の効能を更に上げるために協力したりする。処方された魔力回復薬を服用しているところに、見覚えのある少女が看護師のリモンと共に現れた。
「あ…」
その少女も二階堂の顔を覚えていたようで、気まずそうな顔をして、小さく首を振った。
「チサ、少しここでお喋りでもして待っていてちょうだい」
チサと呼ばれた少女は研究所のパジャマ姿のまま、そろりと近くのソファーに座る。手首に二階堂同様にリストバンドをつけていて、点滴スタンドには複数の輸液バッグがぶら下がっていた。
「あーこの前は…びっくりさせて…ごめん」
気まずそうに少女が口を開く。二階堂は慌てて首を横に振った。少女の方が明らかに重傷に見えた。
「僕が…血に弱いせいなので…それよりも、身体の方は大丈夫ですか?」
「あーうん、でも、もう妊娠できないかもって。そりゃそうだよなって感じ。何回堕ろしたかなんて数えきれないからさ。この前会ったときは…流産してて。自業自得ってやつ」
チサは自嘲的に笑った。
「知ってる?このマーク」
チサは袖をめくって腕を出す。上腕に鳥のようなタトゥーがあった。猛禽類だろうか。二階堂は首を傾げる。
「これはね、銀の枝のメンバーの印。ケイもイチカもみんなそう。ケイは焼いて消したみたいだけど。けっこう大きなストリートキッズの集団だったんだけど…上がいなくなったらダメになっちゃって瓦解した。この印がある奴にはあんまり関わんない方がいいよ?ってあたしもだけどさ。あたしは売りもやったし薬にも手を出した。今、薬断ちしてるんだけど…かなりしんどい…」
チサは笑ったがどこか辛そうだった。リモンが戻ってきてチサの隣に座ると密着して肩を抱いた。魔力を流しているのだと分かる。チサは目を閉じていたが、先ほどよりも呼吸が落ち着いたようだった。
「チサ、そろそろ部屋に戻ろうか。二階堂さん、ごめんね。チサは体調があまり良くなくて。でも大丈夫よ。私がついてるから」
ゆっくりとチサは立ち上がるとリモンに支えられながら部屋に戻ってゆく。入れ違いに私服姿のマルバスがやってきて、リモンと二言三言会話してから、二階堂の元に戻ってきた。
「チサさんと何か話した?」
「少し…具合が悪そうだった…」
「そっか。だからかな?少し魔力が乱れてる。でも今は魔力回復薬の数値を計測中だから、少し待ってね。でもアオくんも具合が悪くなりそうだったらすぐに言ってよ?」
そのときパジャマ姿の向井と私服の椎名が現れて二階堂の姿に気付いた。今日は向井が治験に協力しているらしい。
「あ、二階堂くーん」
椎名がのんびり言って手を振る。二人は先ほどまでチサの座っていたソファーに座ると言った。
「二階堂くん、マルバスさんと同棲するって本当?」
「あ、うん…」
「マルバスさん、いつの間にそんな関係になってたの?」
椎名に言われたがマルバスは微笑んで言った。
「まだキスとハグ止まりだけどね。少し素肌に触れても魔力が下がることはなくなったけど、まだまだ道のりは遠いよ。だからだね。一緒に住めばもっと慣れるかなって思って」
二階堂は思わず赤くなってしまった。恥ずかしい。
「一緒に住めば…まぁ、慣れるよ。日常風景の一つになるからさ。イツキもそうだったし。僕に対する遠慮がなくなった」
「えー?それはミチの方でしょ?」
「そうかな?少なくとも自分の望みを恥ずかしげもなく口に出すようになったのは同棲してからだったと思うけど」
向井は淡々と言って椎名はやれやれという顔付きをした。そのとき二階堂は目を疑うものを見た。銀髪に青い瞳の若い女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えたせいだった。隣には常務がいた。彼は近くに来ると笑って言った。
「リツのこの見た目に驚いているのかな?ガブリエルの神聖力を吸ってからずっとこのままになってしまったんだよ。あぁ、調子はどうかな?二階堂くん」
「あ…えっと、体調は前よりも良くなりました、ありがとうございます」
二階堂は慌てて頭を下げた。
「二階堂くん、リツは私の妻なんだ。神聖力…あぁ、体内の魔力の一種なんだが…それが増えて今はこの見た目だが、以前は黒髪に黒い瞳だったんだよ」
「リツ・フォスターです。よろしくお願いします」
リツは細くて小柄だが二人が向かおうとしているのは以前ストラスがミチを診察していた産婦人科の方だった。
「こちらに導入した機械の画像の方が精度が高くてね。ついでにちょっとお腹の中の様子を見てくるよ」
いつの間にか診察していたらしいルイが診察室の中から出てくる。
「ストラスも双子はまだこの機械では見ていないから同席させるよ」
「えっ?」
「安心しろ、ストラスが見るのは画像だけだ。他は私がやる」
「あ…あぁ、うん、分かった」
やがて二人は診察室の中に消えた。ルイがお腹を撫でながら戻ってくる。ルイはどこかそわそわした様子で診察室の方をちらちらと見ていた。
「ルイくん、もしかして…魔力が足りない?」
「あ…うん、まだ少しの間なら大丈夫だけど…」
「遠慮しないで。アオくん、魔界では妊婦のお腹の子に色んな悪魔が魔力を与えて子育てするんだよ。だから、僕も今からルイくんに魔力を与えるね」
マルバスはそう言うと、少し顔色の良くないルイの額に口付けをした。ルイはどこか申し訳なさそうな顔を二階堂に向けた。
「ごめんね…知らない場所に行くって…やっぱりいつもより魔力が減っちゃうんだね…捨てられる訳じゃないって分かってるのに…身体の方はまだ理解してないみたいで…いい加減に嫌になるよ…」
ルイの言葉に二階堂は、明るく見えるルイもやはり転生者の悩みを抱えているのだと分かった。マルバスはルイに魔力を注ぎながらさらりと頭を撫でた。
「ありがとう…楽になった…」
「補佐官にとっては初めての子ですから…身体は大事にしないと…」
「うん…でも僕よりエストリエの方が少し早く生まれると思うよ?この前、向こうと繋いで少し話したけど…僕よりもお腹が大きくなってて大変そうだったから」
「そうですか。ルイさんは第一夫人とも仲が良いのですね」
「うん…元々はエストリエがいるのに…僕がストラスのことを好きになってどうにもならなくなって…でもエストリエは優しいから僕も込みで三人で仲良くしようって言ってくれたから…僕は救われたんだよ。最初は契約だったんだ。僕の血をエストリエにあげる代わりに、ストラスから僕が魔力を貰うって…あれ?そういえば…エストリエも吸血鬼だったから…二階堂くんの体質と…もしかすると似てるかもしれないね…」
そう言われてマルバスは補佐官の第一夫人が元吸血鬼だったことを失念していた自分に気付いた。魔界にいた頃は接点がなかったせいもあったが、もっと知ろうとしておけば良かったと今更になって後悔した。
「えっ?元…吸血鬼?」
二階堂のやや驚いた声にルイは笑って頷いた。
「うん。エストリエに血を飲まれると…フワフワして気持ち良かったんだ。あと、ケビンっていうダンピールも知り合いだよ。今は魔界でダンタリオンさんの妻になって双子を妊娠中だけど。みんな似たような時期に妊娠したから、生まれるのも似たような時期になるんじゃないかな」
「その頃には空前絶後のベビーラッシュになるでしょうね。何しろルイさんやリツさんの会見後にも多くのカップルが誕生して妊婦が増えましたから」
「えっ?あの会見見てたの?うっわ!恥ずかしいなぁ…」
ルイが顔を赤らめたとき、常務とリツ、ストラスが現れた。ストラスはルイの顔を見ると足早にやってきて言った。
「マルバス、ありがとう。ルイ、あれでも足りなかったのか…ここで補充するよ」
ストラスはひょいと膝の上にルイを抱き上げるとキスをした。ルイはストラスからの魔力を飲み込む。ルイの喉がこくりと鳴った。ルイの頬が赤らんで呼吸が少し乱れるのを二階堂は見ていた。結婚して子どもができると悪魔がどんな風に過ごすのかも少し分かって、二階堂は勝手の違うことばかりで困惑していた。
「ストラス…」
「うん?」
「…みんな…いるのに…恥ずかしい」
「今更何言ってんだ?可愛いな」
ストラスは再びキスをする。
「いいなぁ…」
椎名がつぶやいて向井の顔をちらりと見たので向井はあくまで冷静に言った。
「治験中だからダメだよ。数値が変わる」
「ちぇっ」
椎名は子どものように足をプラプラさせながら、スマホを取り出してゲームを始める。椎名の方が年齢相応なのかもしれないと思って、二階堂はルイが向井の方が何を考えているのか分からなくて怖いと言ったのを、少し理解できるかもしれない、と思った。彼の方がかなり大人びている、そう感じた。




