二階堂&元上司の場合
マルバスはその週の週末にベルゼブブを同行して二階堂のアパートを訪れていた。荷物を引き払うためだった。やはり運転手はストラスだ。おかしな会社だと思いながら二階堂は必要なものと、そうでないものを分けていた。ほぼ処分する物ばかりになったのは、マルバスの部屋に住むことが決まっているからだった。荷物を片付けていると外で怒声が聞こえた。
「二階堂いるんだろう!?」
部屋の中にいた二階堂はその声にビクリとなる。なぜ分かったのかと思った。マルバスが大丈夫と言って二階堂の肩を抱く。その声に二階堂は嫌というほど聞き覚えがあった。
「誰ですか?うちの二階堂に何か用でしょうか」
運転席で待っていたストラスが車から降りて二階堂の元上司の前に姿を現す。彼は自分よりも頭一つ分以上背の高いガタイの良い相手にやや動揺したようだった。小学生の子どもの親にしては若々しく見えるように気を遣っているのが分かる。自分の見た目にも自信があるのだろうと、相手を見下ろしたストラスは思った。
「一向に謝罪の言葉もない上に、ここまでやってきて大声で名前を叫ぶのは止めて下さい」
「なんなんだ、運転手の分際で!」
そのときベルゼブブが二階の手すりから顔を出して言った。
「先生、すみません。あともう少しで終わりますから」
「…先生?」
元上司は不審そうな顔でストラスを見上げる。
「あぁ、私は二階堂くんの主治医ですよ。万が一のことがあっても困りますから念のために同行しています。運転はまぁ…趣味みたいなものですね。主治医の私からも言わせてもらいますが、二階堂くんに気軽に接触しないでいただきたいですね。せっかく安定している魔力が乱れてしまいますから」
「…は?そんな訳がないだろう…私の魔力を与えていたんだ。感謝されこそすれ会いたくないだと…?それに私は他人よりも魔力量が多いんだ。私の魔力以外にあいつが受け付ける魔力を持っている相手などそう簡単に見つかる訳がないだろう」
やけに自信たっぷりの声が聞こえてきてマルバスはおもわず笑いそうになってしまった。とりあえず不用品を焼却する。家電製品は前の住人が置いていった物だと言っていたのでそのままにする。
「その程度で魔力量が多いって…聞いているこちらが恥ずかしくなりますから、人前で堂々と言わない方がいいですよ?あぁ、これは医師としての意見ではなく個人的な見解ですが」
ストラスのため息混じりの声が聞こえる中、二階堂が小さく頷いたので荷物をまとめて、マルバスは二階堂と共に部屋から出た。
「大家さんも聞かれたからって誰にでも退去することを話してしまっては困りますよ…」
ストラスが騒ぎを聞きつけて出てきたらしい大家と話している。階段を降りてきた二階堂の姿を見て上司が駆け寄りそうになったので、ストラスは怖い顔で振り返った。
「勝手に二階堂くんに近付かないで下さい」
「誰だその男は!!私よりその若造の魔力の方がいいと…そう言うのか!?」
「…そうです!マルバスさんの魔力の方がずっといいです!」
そのとき震えていた二階堂が顔を上げて元上司の顔を見てきっぱりとそう言った。元上司は二階堂だと一瞬分からなかった。髪を少し切りそろえて整えたせいもあるが、二階堂は見るからに健康そうな顔色になっていて会社にいた頃とはまるで別人のようだった。目の輝きからして違う。
「僕がアオくんの契約パートナーのマルバスです。私も医療関係者ですので、あなたの魔力よりも僕の魔力の方が合っていることくらいは分かりますよ。一週間で見違えるようになったでしょう?」
マルバスはそう言って二階堂の肩に手を回した。二階堂はホッとしたように微笑む。少しふくよかになっただろうか。不健康にガリガリだった身体に女性らしい丸みがやや現れたように見えた。観察していた上司は急に二階堂を手放すのが惜しくなっている自分に気付いた。
「二階堂、戻ってこい。セラヴィにいたって人体実験に使われるのが関の山だろう。事務員として再度働けるように社長に頼んでやったっていい。そうだ、私が契約パートナーになろう。君に男を教えてやったのは私じゃないか」
二階堂の身体が強張りマルバスの身体から嫌悪感が沸き起こる気配がした。マルバスの魔力を浴びた上司は後退りした。
「そういう無神経な言葉をアオくんの耳に入れないで下さい。僕が上書きして全て消し去りますから大丈夫ですよ、アオくん」
二階堂は小さく頷いた。
「じゃ、行こうか」
「お騒がせしました」
部屋の確認を終えた大家にストラスが菓子折りを渡すのが見えた。
「二階堂…!何か言うことはないのか!?」
「先ほども言いましたが二階堂くんに接触しないで下さい。あまりしつこいようだと、ストーカー行為として訴えますよ?」
元上司は憎悪に満ちた視線をマルバスに向けた。
「……お世話になりました。さようなら」
最後に二階堂がそう言って背を向けた。
***
「ほらほら、だから無理しないように言ったのに…」
車の後部座席でぐったりした二階堂をマルバスが抱きしめて頭を撫でる。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「ふーん、そういえば僕も見たことあるなぁ。あの人。学校で自信満々な感じだったから覚えてる」
後部座席に乗ってついてきていた少女姿のルイが言ったので、二階堂は驚いた顔をした。
「えっ…?椎名くんと…同じ学校なの?」
「あー少し前はね。今は転校したの。僕の家ってスキャンダルだらけでマスコミが押し寄せて面倒だったから。あ、そのときはまだ女の子じゃなくて男子だったけどね。ちょっと嫌な同級生が椎名先輩に僕に暴力振るうように命令しててさ。あの頃から椎名先輩より向井先輩の方が何考えてんのか分かんなくて怖いイメージだったけどね」
「え?暴力…?」
平然と語るルイを見て二階堂はどう反応すべきなのか困ってしまった。ルイはフフッと笑う。どこからどう見ても今は文句なしの美少女だ。
「まー転生者の多い学校だとよくある話だよ。転生カースト。あ…」
話の途中でルイはお腹を見下ろした。
「ストラス、蹴ってるよ。元気だなぁ…帰ったら魔力ちょうだい。おでこが光りそう。ダメだよ、こっちでそれやると目立つから」
「おでこ…?」
「あーうん、悪魔の子どもって魔力が欲しくなるとアピールするんだよね。たとえばおでこが光る。今は昼間だからそこまで目立たないけど夜だと目立つから常に満たしておかないとさ」
「…少しこれでも吸ってな」
運転しているストラスの方からするすると何かが伸びてきた。どう見ても植物の蔦だと思って二階堂が目を見張ると、マルバスもベルゼブブも、ギョッとした顔付きをしてそれを見ていた。
「補佐官…蔦?これは…なんなんですか?」
補佐官?と二階堂はベルゼブブの発言に気付く。ストラスは苦笑した。
「あーめちゃくちゃ遠い国との中継地点にしていた世界が消滅したから、連絡手段がなくならないために貰ったんだよ。魔力で育つ。俺の身体に寄生してるといえばそれまでだけど、お互いこの蔦を持っていると連絡がしやすくなるんだよな。それよりも魔界の役職名を出すなって。大佐って呼ぶぞ?」
「す、すみません」
そう言っている間に蔦の先端がルイの口に届いて、ルイは慣れた様子でそれを口に含んで微笑んだ。
「ここから、魔力を吸うんだよ」
ルイは蔦を指先に絡めながら舌を出してペロリと舐める。
「止めろ、変な舐め方するな!ハンドル操作を誤る」
ストラスが慌てたような声を上げた。
「ごめんって。ストラスも感じるんだね。へぇ…」
懲りた様子もなくルイが蔦を撫でたので、マルバスは思わず声を上げた。
「ルイさん、皆で心中する気ですか!?お願いですから、運転中は止めて下さい」
「はーい」
ルイは大人しく蔦を口に含むと笑って肩をすくめた。




