マルバス&二階堂の場合 6
てっきりマルバスだと思った二階堂は返事をしたが、開いたドアの向こうに立っていたのはケイ姉と呼ばれていた少女だった。彼女は椅子に座ると照れたように言った。
「目が覚めたって聞いて…大丈夫?私もピルを飲まないと重くて辛かったから…でも、私も…その…パートナーが悪魔なんだけど…彼と付き合うようになったら頭痛もなくなって今はずっと体調が良くなったの。だから多分…二人も魔力の相性が良さそうだから…これから付き合えば…そうなると思う…」
「そう…なんだ」
そこでケイは小声で言った。
「あの…それでね、私はまだ儀式はしていないの。だけど…近々すると思う…少し怖いけど…彼は私と結婚したいって言ってくれているし…だから、あなたもこの先そうする気があるなら…どんな感じだったか…教えるくらいはできるから…イチカは…大丈夫としか言ってくれなくて…それはそれで逆に不安だから…」
「あの…社長も…悪魔なんですか?」
ケイは頷いた。
「悪魔の転生者だったけど…元に戻してもらったって言ってた。私も詳しくは知らないけど。私…銀の枝を抜けようとして殺されそうになったのを…たまたまセラヴィの魔力回復スペースに逃げ込んで助けられたの。じゃなきゃ刺されてたから多分死んでた。最近ここに来たばかりだから、イチカよりも悪魔のことは分かってないけど…人よりも愛情が深いっていうか…とにかく…抱き合っても優しいから大丈夫」
ケイは途中から早口で言って椅子から立ち上がる。二階堂は気付かなかったのに、部屋にマルバスが戻ってきて目を細めた。
「ケイさん…気配を読むのが早くなりましたね。マゴトの影響でしょうか。それはさておき、内緒話は終わりましたか?彼が待ってますよ?」
ケイは顔を赤らめた。マルバスの後ろにガタイの良いぱっと見は国籍不明の真面目そうな男性が立っていた。彼は二階堂と目が合うと微笑んで会釈をした。
「ケイ、帰るよ」
「あ、うん。じゃあ、また」
嬉しそうにケイは微笑んで彼の元に駆け寄る。彼はケイの腰に手を回すと歩き出した。見送ってドアを閉めたマルバスがこちらにやってきた。
「目が覚めてるし、体調も良さそうだからお風呂に入ろうか。上の階に少し大きな浴室があるんだよ。そっちに入ろう。あぁ…悪魔はパートナーと一緒にお風呂に入りたがるし、キスも好きだし…相手が嫌がらないなら毎日だってたくさん愛し合いたい生き物なんだよ。だからみんな子だくさんなんだ。例えば僕が女性に変わってアオくんの子どもを生むことだってできるからね。交互に生んでる夫婦も多いよ。一方だけだと妊娠中の辛さも分からないからね。そういう苦しさも共有する。まぁ、もちろんアオくんが子どもは欲しくないって思うなら無理にそうしたりもしないから安心して」
マルバスはラフな格好のまま二人分の着替えを取り出してトートバッグに詰めると、二階堂をベッドから起こした。サンダルを履いて立ち上がると、マルバスが魔力を注いでいてくれたからなのか難なく歩くことができた。エレベーターで移動すると、幾つかの部屋からは人の気配がしてリモンと名前の知らない女性の看護師が話しながら向かってくるのが見えた。
「マルバスったら、すっかり二階堂さんにご執心よね。こんなことなら私が先にキスをするんだったわ」
リモンに微笑まれて二階堂は何と答えるのが正解なのか分からずに困惑した。
「アオくんは渡さないよ。今日はゆっくり二人でお風呂にはいるんだから」
「いいわねぇ。私たちもそのうちお持ち帰りしちゃうんだから!」
クスクスと笑いながら二人は巨乳を揺らして通り過ぎる。二階堂は自分の貧弱な身体が急に恥ずかしくなった。手足もガリガリだ。マルバスはぽんぽんと二階堂の肩を叩く。
「比べる必要はないよ」
やがて二階堂の予想よりもずっと大きなバスルームが姿を現し二階堂は五日ぶりに風呂に入った。マルバスも今日は全裸で二階堂は目のやり場に困りながらシャワーを浴びて、広い湯船に浸かった。
「はぁぁ…気持ちいいね。アオくん、隣に行ってもいいかな?」
マルバスはやってきて二階堂の腰に手を回す。二階堂はドキリとしたが抵抗はしなかった。触れられることに慣れてきていたせいだった。
「アオくん…ここに触られるのはいや?」
マルバスは二階堂のつつましやかなサイズの胸にそっと手を当てる。二階堂は小さな息を吐いた。
「大丈夫だと…思います…」
マルバスはごく微量の魔力を流しながら慎重に指を這わせる。二階堂はそのまま後ろから抱きしめられた。思わず上げた小さな声が浴室内に響いて二階堂は恥ずかしくなった。
「大丈夫。外には聞こえないから」
マルバスは耳元で囁く。やがてマルバスの手は二階堂の身体中を愛撫し始めた。二階堂はゾクゾクしながらもマルバスの与える感覚に溺れた。口付けを交わすうちにマルバスはやはり二階堂のことが欲しくて堪らなくなっていた。それでもなんとか魔力を使って沸き起こる衝動を抑え込む。ここで怖がらせてはダメだし、もう少し裸の触れ合いに慣れさせる必要があると感じてもいるせいだった。
「マルバスさん…」
口付けの合間に二階堂はかすれた声で囁いた。
「この痛々しい火傷の跡…消そうか?古い傷跡だから少し時間はかかるけど…」
「そんなことも…できるんですか?」
マルバスの言葉に二階堂は驚いた。
「うん、出来るよ?だって…悪魔だからね」
「消したい…です。お願いします…」
「分かったよ」
マルバスはケロイド状になった皮膚の同じところを何度も優しく撫で始めた。そこからマルバスの魔力が流れ込んでくる。魔力にも感情があるのだろうかと二階堂は思った。とても優しくて二階堂を怖がらせないように抑制された気配がした。それは眠っている間にも感じていた魔力で、二階堂の身体を満たしているものだった。
「マルバスさん…ありがとうございます…」
二階堂が言うとマルバスは微笑んだ。
「僕が好きでやってることだから…」
「…好き…です…。僕を…マルバスさんの…パートナーにして下さい…」
二階堂の少し震える声にマルバスはようやく長い間我慢し続けてきた美しく儚げな魂が自分の手の届く場所にあるのを悟った。この瞬間をどれほど待ちわびていただろう。マルバスは悪魔のマルバスにしか見えない二階堂の揺らめく魂ごと二階堂を抱きしめた。
「アオくん、あぁ…アオくん…大好きだよ…愛してる…」
マルバスは異世界に行くことを決めた日、何かを予感していた訳ではなかったが、自分がどうしても行ってみたいと思ったのはこの魂に出会うためだったのかもしれないとすら思うほどの、かつてない充足感を得ていた。それは自分の中で欠けていた何かがぴったりと嵌まる感覚だった。風呂から上がった二人は入るときよりもどこか恥ずかしそうに互いの顔を見つめ合った。髪を乾かしてから部屋に戻ると、看護師の一人が食事を持って現れた。
「ありがとう。エナトン」
「どういたしまして。エナトンもここで働いているけれど、彼は僕の使い魔なんだよ」
「おめでとうございます、ご主人さま。新たなパートナーに巡り会えましたことを心よりお喜び申し上げます。魂の結び付きが深まったのでしょうか。魔力がまた上がった気配がいたします」
エナトンの言葉にマルバスは頷いた。
「使い魔は主の魔力の影響を受けるんだ。アオくんが僕とパートナーになるって言ってくれたから…関係性が更に深まって魔力も増したんだよ」
「えっ?言っただけ…で?」
二階堂の不思議そうな声にマルバスは笑った。
「そうだよ?知らないの?言葉にだって魔力がある。アオくんの放った言葉が僕に伝わったから、僕たちは更にこの先の関係に進める。使い魔たちもみんな喜んでいるよ」
二階堂に用意された食事は消化に良さそうなお粥だった。ゆっくりとお粥を食べる二階堂を見てマルバスは微笑む。自分がただ食事をしているだけなのに、こんなに嬉しそうな顔で見られるとは思っていなかった二階堂は気恥ずかしくなった。
「まずは僕と契約パートナーになろうか。こっちでも契約パートナーになっておいた方がお得なこともあるからね」
マルバスはタブレットを操作して二人の名前を入力する。祝福の画面の陳腐さには笑ってしまったが、そんな風に正式に誰かのパートナーにしてもらったことのない二階堂にとってはそれすらが新鮮でこそばゆかった。登録が完了するとマルバスは言った。
「これからも、よろしくね、アオくん」
「こ、こちらこそ…よろしくお願いします」
二階堂は小さく頭を下げる。こうして二階堂はマルバスの契約パートナーとなり、マルバスは二階堂との関係性を更に深めるために、あの手この手で甘い誘惑に励む日々が始まった。




