マルバス&二階堂の場合 3
翌朝、二階堂が目覚めると辺りはすでに少し明るくなり始めていた。傍らに温もりがないことに一抹の寂しさを覚える。だが二階堂の耳はすでにシャワーの音を捉えていた。それだけでホッとした自分に驚く。やがて音は止まりマルバスが均整の取れた上半身を晒して現れた。二階堂は慌てて目をつぶって眠っているフリをしてしまった。
「目が覚めた?アオくんもシャワー浴びてきたら?」
言われて起き上がると乱れたバスローブが肩からするりと落ちた。慌てて引き上げる。マルバスはタオルで髪を拭きながら近付いてきて言った。
「昨日の夜に何度も電話が来てたみたいだよ。アオくんは目覚めなかったけど…随分と長い間鳴ってたから…」
二階堂は存在をほぼ忘れていたスマホを手に取り着信履歴を見てギクリとした。クビだと告げた元上司だったせいだった。
「…あ…ま、前の会社の…上司…です」
途端に震え出した二階堂の隣にマルバスは座ると肩に手を回した。名前を見てすでに深い関係のあった相手だと彼は気付いていたが口には出さなかった。
「大丈夫。落ち着いて。僕が代理人として話をしてもいいよ。そんなに動揺していたら言いたいことも言えないでしょう?仮に会うことになっても一緒について行くから。貸して」
「えっ!?」
マルバスは時計をちらりと見て、あっという間に二階堂の手からスマホを奪って電話をかけていた。あえてスピーカーにして鳴らしていると、相手が出て不機嫌な声を出した。
『休日のこの時間に折り返すなど非常識にも程があるな。だから社会人としてやっていけないんだ』
「夜中に何度もしつこく電話してきた方に言われたくはありませんよ。いったいどちらが非常識でしょうね。私は二階堂蒼氏の代理人のマルバス・グレイと申します」
『本人と会って話がしたい。代理人だか何だか知らないが、そんな者を雇えるほど生活に余裕があるようにもみえなかったが…あのボロアパートからいったいどこに行ったんだ?私がいないとどうせあいつは何一つ決められないし、何かを選ぶこともできないんだ』
「お言葉ですが、二階堂氏は自分の意思によってすでに新しい会社に籍を置いています。それなのに、なぜそんなことを仰るのでしょうか。何か具体的な根拠でも?もしくは、あなたが肉体的精神的に二階堂氏を支配していた自信があったからこそ、そんなことを仰るのではないですか?」
マルバスの言葉に相手はやや動揺する気配を感じた。彼は無駄に咳払いをした。
『代理人の君がいったいどこまで話を知っているのか私には分かりかねるが、彼は元々、他の人とは色々と違っていた。雇う方だって苦労するさ。だいたい見ても分かると思うが男のような話し方と格好をしておきながら、脱いだら紛れもなく身体は女なんだ。なのに自分は男だと言い張っている。そこからしてもう普通じゃないだろう。男だと思って雇ったら女で騙されたと社長は言っていたよ。非力ですぐに倒れるから工事現場では使えない。それでも雑務を処理させて雇ってやっていたんだ。少しは感謝して転生者らしく上からの要求に従って媚を売るくらいしてみせてくれてもいいのに、魔力欠乏を起こしたから抱いて魔力を補給しようとしたら大暴れして大変だったから、時々催眠術を使って魔力を補えるようにした。社長の変わった趣味が意外なところで役立った、それだけの話だよ。うちだって高額な魔力回復薬をそう何度も買うことはできないんだ。それなのに抱かれるのは嫌だとかワガママ過ぎるんだ。こっちだって好き好んであんな貧弱な身体付きの女を抱きたい訳じゃない。社長に弱みを握られたせいで、あいつに気のある素振りをして関係を持てと言われただけだ』
「…あなたの仰る普通がどういった基準によるものか判断しかねますが、性自認が生まれた性と異なる者は存在しますし、どちらにも属さないと考える者もいますよ。別におかしくはありません…それに転生者を雇用する際には魔力欠乏に際してどのような方法で魔力を補うことを優先するかを説明する必要があるはずですが?今の口ぶりですと本来ならば魔力回復薬を使用するはずが資金不足でやり方を変えたようにも聞こえますが、経口摂取以外は拒否している転生者相手にそれをしては、訴えられてもおかしくはない状況だということを全く理解していないようですね?それに元々の募集要項も重労働ではなく軽作業及び事務と書かれていて性別についての言及もなかったそうですが」
「……!!」
そのとき二階堂が声にならない声を上げたので、マルバスは急いで片手で抱き寄せると頭を撫でた。一方で二階堂自身は目を背けていたい、実際に目を逸らし続けてきた現実が一気に目の前に押し寄せる感覚に急激なめまいを覚えた。そうだ、この身体は認めたくもないが女なのだ。毎月自分の身体から流れ落ちる血を見る度に気分が悪くなって本当に吐いてしまうし、そういう時は貧血で本当に倒れたりして動けないのも事実だった。そういえばもうじきその具合の悪くなる日が近付いてきていた。嫌だと思う。マルバスはその間も相手と冷静に話をしながら、二階堂の背中をずっと撫でていた。
『訴えるだと?冗談じゃない!こっちだって被害者なんだ!』
「ですが、二階堂氏が再就職したのは株式会社セラヴィですから。ご存知かと思いますが、こちらは転生者の救済所とも言われる会社です。転生者に関する不当な扱いについては真摯な謝罪とそれ相応の慰謝料を支払っていただかないことには始まりません。後日そちらにより詳しい者が伺うかと思いますから代理人の私が話せるのはここまでですが…なお、二階堂氏は今現在この会話を聞いてはいますが、話せる状況にはありません。明らかにあなたに対して怯えており正常な判断も下せない状況になっています。どちらが被害者なのか、今一度考え直すことをお勧めします。では、失礼致します」
マルバスは通話を一方的に切ると、二階堂を抱きしめた。
「ごめんね。聞きたくない話まで聞かせてしまって。アオくんは多分、転生前の性別を引きずっているんだと思うんだ。だから今の身体にとても違和感がある…貧血なのは…月経過多も原因の一つだろうね。そちらに関しても投薬治療をして様子を見ていくからね。産婦人科医がいるから大丈夫だよ」
二階堂は小さく頷いた。
「…マルバスさんは…気持ち悪いって思わないんですか?」
「別にそんな風には思わないよ。男であっても女であってもアオくんはアオくんな訳だし。アオくんが男の子として僕を好きになってくれるなら、それでも全く問題はないよ。そのときは男の子だと思って抱くし。そのときだけ女の子でも構わないって思うなら女の子として扱う、それだけだよ。もっと自信を持って。君はきれいなんだから」
「え…?」
きれいと言われたことに二階堂は動揺して真っ赤になる。
「きれいだよ。凛とした美しさって言うのかな。うん、そうだね。その言い方がしっくりくる。前の会社の人が何と言おうと僕にはそう見えるから、こうやって熱心に口説いているんだけど?」
「……こ、困ります。そんなこと言われたこともないからっ!」
「うん、じゃあ少しずつ慣れて。女の子の身体が抱えてる問題のことは、とりあえず今は忘れていて大丈夫だよ。医療チームがどうにでも対応できるから。とりあえず魔力を補給しようか。あの人の高圧的な話し方は良くないね。声を聞いてるだけでアオくんの魔力が減っちゃったよ」
マルバスはそう言うと唇を重ねてきた。ただ魔力を補うための行為なのにそれはどこか温かくてホッとする感覚だった。マルバスは上司のように、そのまま乱暴に押し倒したりはせずに優しく魔力を注いでくれた。二階堂の恐れるようなことは何も起こらなかった。




