マルバス&二階堂の場合 2
二階堂は食後にぼんやりと歯を磨きながらマルバスに言われた言葉を思い出して赤面していた。一方であんな美しい人が自分のことを好きになるはずがないと、どこか冷めた眼差しを向ける自分もいる。二階堂は最終的に飽きられる自分ならばありありと思い浮かべることもできた。
(でも…たとえいっときでも…今は…忘れていたい…)
そう思ったときドアがノックされてラフな私服に着替えたマルバスが部屋に入ってきた。二階堂は慌ててうがいをする。
「仕事としての時間はここまでだから、この先はフリーだよ。アオくんのことが気になるから寄ってみたんだ。体調はどう?」
「あ…はい、大丈夫です」
「本当に?一人で寂しくない?」
マルバスはさらりと頭を撫でる。悪魔にはありがちな触れ方だったが、それだけで二階堂は鼓動が早まるのを感じた。
「添い寝しようか?そのくらいなら別に問題ないでしょ?」
「えっ…あの…でも…」
二階堂はためらう素振りをしたが、そんなことを言われると期待してしまう自分もいた。
「遠慮しないで。一人でもぐっすり眠れる自信があるなら、別に無理強いはしないけど、どう?眠れそう?」
二階堂は部屋を見回してから、やがて首を横に振った。まだ慣れない空間という認識が抜けない。夜中にパニックを起こしてもマルバスは帰った後だと思ったら急に不安になった。
「ぐっすりは…無理…だと思います…」
「じゃあちょっと泊まる準備するから待ってて」
マルバスは手慣れた様子で洗面台の収納を開けて予備のコップと歯ブラシを取り出した。鏡に映るマルバスは二階堂よりも軽く頭一つ分は背が高い。そう思ってぼんやり見ていると鏡越しに目が合って二階堂は貧弱な身体を後ろから抱きしめられた。
「僕の添い寝はこうやって抱きしめてお互いの温もりを感じながら眠るんだよ。最初は緊張するかもしれないけど、慣れたらぐっすり眠れるよ」
マルバスは腕を離すと歯を磨き始めた。うがいをするとマルバスはクローゼットを開けてバスローブを二着取り出した。
「そのパジャマだといかにも病院って雰囲気だから、こっちに着替えようよ。少しお互い素肌にも触れた方が魔力は上がりやすいと思うし」
二階堂はバスローブを受け取って、おずおずとパジャマを脱ぎ始めた。その間にマルバスは豪快に脱いであっという間に着替え終えていた。二階堂はマルバスの視線を感じた。
「聞いてもいい?その…肩と背中の火傷の跡は…どうしたの?嫌だったら…答えなくていいけど」
「…あ…えっと…施設にいた頃…別の歳上の転生者に…熱湯をかけられて…」
「そっか。熱かったし痛かったでしょ…」
「でも…病院に連れて行ってもらえただけ…まだ良かった方です。そうじゃない子もいますから…」
マルバスはこの世界に来て日々転生者絡みの嫌なニュースを見聞きしていたから理解していた。施設の職員が逮捕されるケースもあれば、転生者同士の諍いの末にどちらかが亡くなるケースもある。マルバスは首を横に振った。
「それを良かったと言うけれど…本当は当然の権利だし、そもそも熱湯をかけられるようなことはあってはいけないことなのにね…」
マルバスに手招かれて二階堂は遠慮がちにベッドに入った。マルバスは両腕を開いて受け入れる態勢だった。二階堂はうるさい鼓動を意識しながらその腕の中に入る。抱きしめられて横たわると彼は間接照明に切り替えた。
「もう少し暗くする?」
「このくらいで…大丈夫です」
「そう?」
マルバスは当然のように唇を重ねてきた。二階堂は更にバクバクと鳴る鼓動を感じた。意識してしまうと身体が熱くなってしまった。
「大丈夫だよ。怖いことや嫌なことは起こらないから。治験に協力はしてもらう約束だけど…本当はそんなのは建前に過ぎなくて…セラヴィは一人でも多くの転生者に生きてて良かったって感じてほしいだけなんだよ。アオくんも含めて…ね。ま、でも僕が複数人と深く関わる可能性のあるこの仕事を選んだら妻は離婚届を置いて出て行ってしまったよ。僕の国は複数人と交際して妻や同性のパートナーを何人持っても養えるなら構わないんだけど、妻の考えはそうじゃなかったみたいでね。僕はテーブルの上の離婚届に記入して正式に離婚してからこっちに来たんだ。この国も一夫一妻制なんだよね?だから…僕は君をゆくゆくはパートナーにすることも考えた上で好きになったんだけど、アオくんが僕一人を独占したいと考えるなら、そこは考え方が一致しないかもしれない…ごめんね。今は誰とも結婚していないし交際相手もゼロだけど…先に言っておかないと…後で君が考え方の不一致を知って悲しむのは嫌だったから…」
マルバスに言われて二階堂は困惑した。同性のパートナーにすることまでマルバスが視野に入れていたことに対してだった。まさか一夫一妻制ではない国の出身だとは思わなかったが、妻がいたのだと思った。会社の都合で新しい部門に就くと決まって離婚に至ったのだとしたら、マルバスも被害者なのではないかと二階堂は不意に思った。
「あの…奥さんのこと…愛してましたか?」
マルバスはなぜか驚いたように目を見張ったが頷いた。
「それは…だって、愛してないと結婚しようとは思わないよね?でも結局僕は妻の意向よりも仕事を選んでしまったんだよ。でも、アオくんに声をかけたのは離婚の喪失を埋めるためじゃないよ。放っとくと君は今にも消えてしまいそうで…もっと強い身体になってもらいたいと…医療に携わる身としては思ったって方が少し近いかな。それに魔力の相性がいいから…こうやってキスしてるだけでもすぐに上がる…」
マルバスは二階堂にそっと口付けをする。二階堂はこんなに身体が楽になることがあるとは正直なところ思ってはいなかった。自分を騙していた上司など比べものにもならない。魔力回復薬がなくても相性の良い相手に出会えたら、見違えるように健康に過ごせるようになったという話は都市伝説の類いだと思っていた。
「身体が…いつもより…楽です…」
「キスしてるだけで…こうだよ?それ以上のことをしたらどうなると思う?」
マルバスに囁かれて二階堂は再び鼓動が跳ね上がる。美しい瞳が自分を見つめて微笑んでいる。二階堂は思わずその先を許しそうになり、慌てて首を横に振った。
「分かりません…そんなこと…」
「そうだね。アオくんが欲しいというまでは、僕はキスとハグ…それから特定の場所…例えば額や首から魔力を注いだりする以外のことはしないよ。後ろを向いて。首から少し注ぐから。そうしたらぐっすり眠れるはずだよ?」
二階堂は言われた通りに後ろを向いた。髪をかき分けるマルバスの指先と首の後ろに唇の熱を感じた。そこから流れ込む魔力も。後ろから抱きしめられて、彼は腰の辺りに硬い感触があるのに気付いてドキリとした。
「ごめん…。僕の身体は正直だから…本当はもっと先のことをしたいって思ってるんだ…でも我慢するよ」
二階堂は出会ってまだそれほど時間の経っていない相手にこんな風に求められるとは想像していなかったので口から心臓が飛び出そうなほどバクバクしていた。しかも流れ込む魔力の心地良さに流されそうになる。思わず息を吐くと優しい手に口元を覆われた。
「ゆっくり、鼻から息をして…ゆっくりだよ…深く…落ち着いて…」
言われた通りに息をしていると、二階堂はやがてぼんやりしてきた。慣れない場所で眠れるはずがないと思っていたのに眠くなる。
「おやすみ…」
マルバスの静かな声が耳元で聞こえた気がした。




