向井&椎名の場合 6
しばらくして、マルバスはジーンと二階堂について話をしていた。
「どうかな?二階堂くんの様子は…」
「そうですね、慣れない場所に来た割には落ち着いている方だと思いますが…あぁいう真面目なタイプは無意識のうちに、しっかりしなければという意識の方が強く働くので、自身の感情を押し込めてしまって、突然爆発する場合もありますから、注意が必要かと思いますね…」
ジーンはアンケートの結果をチェックしてフッと低い笑い声を立てた。
「…指名させたのか?」
「えぇ…まぁ…あのリモンを見ても…そこまで心が動いたようでもありませんでしたし…基本的に女性は風景の一部のような認識しかしていないと考えるのが妥当かもしれませんね。元のパートナーが男性だったことを考慮しても、この姿の方が効率が良さそうだと判断しましたが。それに補佐官を見る目が少し気になったので、外国人の姿にしました」
マルバスの分析を聞きながらジーンは頷く。
「何かあったら…よろしく頼むよ」
ジーンの言葉にマルバスは一礼をした。
「はい、お任せ下さい」
***
一方、椎名は魔力回復薬を投与したものの、そこまで大きな魔力変化は見られず、目が覚めてからはむしろ少し魔力不足になっていてぼんやりしていた。魔力が足りないときの椎名は頭が働かない。何をするのも億劫になる。
「椎名くんは魔力回復薬が効きにくい体質みたいだね…まぁ君には契約パートナーがいるから、今のところ心配はないとは思うけど、パートナーに、もしも何か起こった場合に使える魔力回復薬がないとすぐには相性の良い相手が見つからないこともあるからね…」
マルバスはリストバンドの魔力変化の計測数値を見ながら言った。
「…向井くんが嫌じゃないなら、僕の魔力を試してみてもいいけど…まぁ、君は二階堂くんとは違ってこちらの事情も知ってるでしょ?試さなくても僕の魔力は君との相性は悪くないと思うよ?僕は魔界では医者をやってるんだ。陛下のようにこっちの世界の医師免許は持ってないけど、相手の魔力に合う魔力ならある程度は調整して流すこともできる…」
マルバスはそう言って椎名の額に触れた。椎名はそこからマルバスの魔力が流れ込むのを感じた。マルバスは反対側の手で向井の首の後ろに触れる。向井にもマルバスの魔力が流れ込み、二人は同時に思わず声を漏らした。
「っ…!!」
「ふぅん、君たちは反発しながらも上がるタイプなのかな?もしかすると…少し合わないくらいの魔力を注いだ方が君の魔力は上がるのかもね…実に興味深いよ」
マルバスに魔力を流された二人は一瞬のうちに体内を巡る心地良い感覚に我を忘れそうになっていたが、他人の魔力に酔っていることをお互い悟らせまいと必死に堪えていた。そんな二人の様子を見てマルバスは思わず笑いそうになった。マルバスの魔力に流されない方が珍しいし、見ようによっては健気だ。あまり意地悪をするのも可哀想になり、マルバスは魔力を流すのを程々で止める。それに椎名は元々の魔力量に戻すために流しただけだから、過剰に流してもいけなかった。リストバンドの計測値を見てマルバスは満足気に頷いた。ぴったりだ。
「とりあえず少し魔力回復薬の配合を変えて、あと一回使ってみましょう。明日は体調を整えた方が学業にも支障はでませんから、食後に一度試して、効果が出ても出なくても明日の投薬は行いませんから安心して下さい。向井くんは椎名くんの投薬の後は同じ部屋にいるのは構いませんが、触れ合いは極力避けるようにして下さいね。手袋をした状態で手を握るのは構いません」
マルバスは微笑んで部屋から出てゆく。ベッドに上半身を起こした椎名はマルバスの後ろ姿を見送り椎名らしい感想を述べた。
「あの悪魔も…モテそうだなぁ…なんかフェロモンでも出てんのかな?どう思った?ミチ、けっこうタイプじゃない?」
向井は思わず渋い顔になる。返答に困る質問をしないでほしい。
「イツキこそどうなんだよ…」
「うん?そうだなぁ。タイプじゃそうじゃないかで言ったら俺はミチの方がタイプだから。でも魔力の質としては好きかも」
「…それって、要するにタイプってことだろ?」
「違うよ。ミチがいなくて身体に合う魔力回復薬もなくて八方塞がりだったときにはお願いするかもしれないけどさ…それだけだよ」
椎名は片手を伸ばして向井の手に触れた。そのまま向井は無言で椎名の手を握る。二人は特殊な素材の手袋でお互いの魔力が流れないようにされていた。それでも握ると少しは落ち着く感覚がした。きっと気分の問題だろう。向井は知らない場所でも椎名がいれば平気だった。椎名がいるから落ち着いていられる。椎名より余裕があるように見えても、その余裕は椎名の存在が不可欠だった。
「ミチはさ…虐められてるときもクールで格好良かったよね。俺はそんなミチが好きになったんだ…ミチが冷たい目で周りのバカな奴らを見回してると…ゾクゾクした…」
「なんだよ、それ…」
言いながらも椎名の望みが少し分かってわざと向井は冷たい目を椎名に向けた。
「イツキは僕のものだよ。僕以外にその顔を見せちゃダメだ」
椎名の瞳を覗き込むと椎名は期待する表情を浮かべた。向井は唇を重ねる寸前で止めた。キスは禁止だ。もどかしい。
「…ミチ以外には…見せないよ…だって…俺は…元拷問官なんだからね…」
他人の前では嗜虐的な己を演じることで、椎名は学園内で今の地位を確立していた。周囲も当然椎名が危険な人物だと思っている。だから実は椎名と向井の関係が本来は逆転していると、知られるわけにはいかなかった。
「そうだね…苦痛に顔を歪めるのは僕の方…」
向井はそう言ってフッと笑う。周囲を欺いているのは向井もだった。向井は周囲には元暗殺者であることを明かしてはいない。知られたら面倒になるのは分かりきっていたから気配を消して、罪人だと言った。嘘は言っていない。だが数え切れないほど罪を犯したことには違いなかった。
「二人とも、入るよ。次は別の配合の魔力回復薬を試してもらうから、しばらく向井くんは側を離れないでね」
部屋に入ってきたマルバスが経口摂取の魔力回復薬を差し出す。椎名は躊躇する様子もなく魔力回復薬を飲み干して言った。
「なんだこれ、美味しい!!お代わりしたいくらい!」
魔力回復薬の味は二の次の製薬会社が多い中、セラヴィは味にも拘っていた。美味しいと思って飲んだ方が魔力が上がりやすいという持論に基づいて、飲みやすい味の薬を開発中だ。最終的には同じ魔力成分でも数種類のフレーバーを用意する予定だ。椎名は飲んでからしばらくして身体の中が熱くなる感覚がした。魔力が上がる前によくある兆候だ。だが一瞬だけ熱くなってそれはすぐに熱を失う。リストバンドの数値変化を見ていたマルバスは首を傾げた。
「魔力の成分的には向井くんに近いはずなのにねぇ…すぐには上がらないね…」
マルバスは数値を記入し椎名の顔色を窺う。急に魔力欠乏が起こりそうな兆候はないが、魔力量が増えない可能性の方が高いとマルバスは思った。だが、まだ判断を下すのは早い。
「まずは三十分待ってみようか」
マルバスはそう言い残して部屋から出て行った。




