ベルゼブブ&エイシェトの場合 1
リツは結局銀髪に青い瞳のままリビングで食事をする羽目になり、皆に驚かれたり顔をじっと見られたりした。隣では少年のルイが黙々と食事をしている。
「ルイ…大丈夫?」
リツがルイに尋ねると、ルイは刺身を食べながら頷いた。
「うん、僕はね。女の子のルイは少し感情の振れ幅が大きいんだよ。だからちょっとしたことでも僕よりショックを受けるし…涙脆かったりする。妊娠してるからなのかなぁ?でもリツはそんなに変わらないよね。やっぱり女の子だから?」
その隣ではハルが味噌汁を飲んでいたが膝にニンフを乗せていた。椎名がハルの膝を凝視して目をこする。
「なんか時々…現実味のない生き物が見えるんだけど…気のせい?」
「あ、ニンフのこと?います…ここに」
ハルはニコリと笑う。ハルはニンフの口に丸い何かを与えていた。シャワシャワと鳴きながらニンフは食べる。目を瞬きながら同じようにニンフを見ていた三夜美は遠慮がちに口を開いた。
「キャラクターにデフォルメしてもいいですか?魔力回復シールのデザインに使いたいんですけど…」
ニンフがシャワシャワと鳴く。
「いいそうだよ。本人の同意を得たから大丈夫だ」
ジーンが笑った。社長が周りを見回して、ところで、と口を開いた。
「この中で中学生レベルの勉強をイチカに教えてくれる人はいない?バイト代は一時間二千円でどうかな?」
「はい!やります!」
向井が真っ先に手を挙げる。次に光輝、ルイ、宮本、三夜美がやや遠慮がちに手を挙げた。社長は得意科目を聞いて頷いた。イチカは少し困ったように立候補した面々を見た。
「あの…俺、頭そんなに良くないから…優しく教えてくれると助かるかなって…よろしくお願いします…」
イチカは頭を下げた。
「椎名くんと向井くんは、パートナーとしての過ごし方の指導もあるから…その合間に入れないとダメだね」
そんな話をしていると、ジーンがハッとして顔を上げた。ストラスも天井を見上げる。
「到着したようだな…向井くんと椎名くんが住んでいた家に住み着いている地縛霊に対応できる悪魔を呼んだんだ」
「ベルゼブブ大佐とエイシェトさまが到着なさいました」
黒木がリビングのドアを開けて告げる。黒木が連れてきたのは黒髪の美青年と長い黒髪がウェーブした夕日のような瞳をした女性だった。女性の方はリビングに勢揃いした悪魔たちの中に二人の天使がいることに気付いて怯えた表情をして美青年の後ろに隠れた。
「みなさん、こんばんは。ベルゼブブと申します。彼女は私の妻のエイシェトです」
ジーンはおやと思った。パートナーと言っていたが、どうやらこちらに来る前に婚姻届を出したらしい。婚外子を作りたがらない悪魔は契約を結ぶのが早い。
「あ…エイシェト…」
立ち上がったのはイチカだった。イチカは驚いた顔でエイシェトを見つめる。反射的に隠れてしまったエイシェトは恐る恐るベルゼブブの陰から顔を覗かせて、もっと驚いた様子で目を大きく見開いた。
「もしかして…うそ…リリスなの?その姿…転生しちゃったの!?」
「あぁ…うん…そう…久し振り」
「そんな…百人の悪魔を手玉に取ったあのリリスが…?」
「いや、それは盛り過ぎ…それより…ベルゼブブの妻?うそだろ…?」
「だって!リリスはみんなの憧れだったのよ?なのにあんな子どもと結婚して周りがどれだけ驚いたか…あなただって私のことは言えないわよ!」
「あんな子どもで悪かったね。一応、私もいるんだけど…」
社長が口を挟むと、エイシェトはその姿を二度見した。
「うそっ!ルシフェルもいるなんて聞いてないわよ!魔界を見捨てた裏切り者じゃない!あなた!!」
「あぁ、言ったら君は一緒に来てはくれないと思ったから…伏せていて悪かったよ」
「ひどい!私を騙したのね!!」
ベルゼブブは怒るエイシェトを、それでも愛おしそうに見つめて微笑んだ。
「申し訳ございません、陛下、それに…王妃?その気配は…どうなさったのですか?」
「ガブリエルの神聖力を吸い取って一時的にこうなっているだけだ。こちらはミカエルとイオフィエル。天使の繁殖計画のために試験的に滞在している」
エイシェトはジーンの言葉にぽかんとした。
「は、繁殖計画ですか?……王妃さまは天使みたいになっているし、本物の天使もいるし…先の魔王までいて…みんなで仲良く生活してるって…みなさん正気ですか?カオスじゃないですか!ベルゼブブ、どうして言ってくれなかったの!?」
エイシェトは信じられないといった様子で声を上げた。
「正気を疑うなんて失礼だよ…連れてきたのは…君が子どもを欲しがっていたからじゃないか…陛下と王妃と一つ屋根の下で暮らせる環境にいれば、きっと良い魔力を感じて君の身体の調子も整うんじゃないかと思ったんだよ。現にリリスだって…」
そこで慌てたようにベルゼブブは口を閉じたが、イチカを凝視したエイシェトはイチカのお腹に意識を集中させた。次にカイムの方を見て膝の上の卵に気付く。二階には補佐官の第二夫人がいたし、ルシフェルの使い魔の隣にいる見知らぬ女性もなにやらそんな雰囲気だ。エイシェトは複数の気配を読んで頭を抱えた。
「なんで…こんなにたくさん妊婦がいるのよ…!!」
「ほら、だからだよ。国王陛下の魔力を浴びたら君もきっと…だから少しリラックスして異世界生活を満喫しようじゃないか…エイシェト!?どうした?」
急にガクリと力を失ったエイシェトをベルゼブブは慌てて抱き留めた。
「まいったなぁ…気絶してしまったよ…エイシェトは繊細なんだ」
ベルゼブブは困り果てたように周囲を見回して肩をすくめた。
***
「分かりました。二人が荷物を取りに行く際に同行してついでにその女性の霊を取り込んできます。日程が決まり次第教えて下さい」
ベルゼブブはジーンから向井と椎名の話を聞いてにこやかに頷いた。イチカは少し心配そうにベッドに寝かせたエイシェトを見つめている。イチカは言った。
「ベルゼブブ…それよりも…何がどうなってこうなったんだ?」
「…どうと言われましても…昔から私はエイシェトのことが嫌いだった訳ではありませんよ?ただ長い間…エイシェトは私のことを男性としては見ていなかっただけのことです。それが少し変わっただけで…エイシェトは…どちらかといえば男性らしい筋骨隆々な悪魔を好む傾向が強かったのですが…それで少々恐い目に遭って以来…私のように女性に対して敬意を払える悪魔と付き合うようになったのですよ」
「ふぅん。ベルゼブブは敬意を払えるのか?怪しいところだなぁ…」
「失礼ですね。私は少なくとも女性の嫌がることはしませんよ…たまたま…通りかかったので助けただけです…危険な状態だったところを救ったら急に男に見えたのでしょう。別に筋骨隆々でなくとも、戦い方などいくらでもありますから…」
「なるほどね」
「リリスさまこそ…本当に今でもルシフェルさま一筋なのだと分かって驚いているところですよ?」
「ふん、見た目はだいぶ縮んだけど、俺だって成長してるんだよ。考え方だって変わる」
イチカが言うと、ベルゼブブは微笑んだ。
「エイシェトは…リリスさまがいなくなってから…あなたのようになろうとしていたのかもしれません…でもこの性格ですから…無理していたのでしょうね。元々サキュバスらしい性格かと言えば…そうでもありませんから」
「あのさ、この家にはインキュバスの転生者の女と男の子がいるんだよね…女の方は魔力を吸い取るのがうまくなくて、男の子の方はまだ記憶が戻ってないんだ。エイシェトがいたら、少しは何か参考になるかなって思ったんだけどさ…」
イチカの言葉にベルゼブブはまじまじと相手を見返した。
「リリスさま…本当に変わりましたね。他人のことを気にかける発言をあなたの口から聞く日が来るとは…」
イチカは眉をしかめた。
「そんなにロクでもない奴だと思われてたのか?いちいち口にしなかっただけで、昔だって気にかけてたよ。でも言わないと正しく伝わらないこともあるって学んだから、ベルゼブブに言ってるんじゃないか。エイシェトにだって友だちがいた方がいいと思うんだ。エイシェトは自分から進んで友だちを作るタイプじゃないってことくらいは昔から知ってるからな」
イチカの言葉にベルゼブブは頷いた。
「悪魔との付き合いは…かなり不器用かと…それは私でも分かります」
ベルゼブブは眠るエイシェトの顔を見て少し困ったようにつぶやいた。




