ベルフェゴール&カイムの場合 3
部屋からまず出てきたのはストラスだった。ストラスはルイとリツを見やって小さく笑った。
「リツさん…ルイを慰めてやってたんですか?」
「えっ?あ…うん。少しだけ」
ストラスはルイを抱き寄せると頭を撫でた。ルイはストラスの前では年齢相応の素の表情を晒す。
「部屋に行くか?」
「…ストラス…先に食事してていいよ…」
「じゃあ半分だけ行かせておけばいいだろ。ほら、二階に行くぞ、ルイ。まだ魔力が不安定だよ。すみません、リツさん、ありがとうございました」
ストラスはリツに礼を言って二人に分かれると一人はリビングに行きもう一人はルイと階段を上って二階に消えた。やがてジーンが顔を出す。
「カイムは大丈夫?」
リツが尋ねるとジーンは頷いて手招きをした。リツが恐る恐る中に入るとカイムはすでに男性の姿に戻っていて、大佐がタブレットの向こうの誰かと会話していた。声でアグラットだと分かる。
『なによ、もうっ!あなた、どうしてカイムが産卵してるのよ!』
「色々あってそうせざるを得ない状況だったんだよ…別に妊娠させた訳じゃない。それに産卵も滞りなく終わったから今まで通りに過ごせる」
『はぁぁ、あなたを信じた私がバカだったわ。そうよね。妊娠と産卵は違う。産んでしまえばまたすぐに、魔力を上げる触れ合いだってできるものね。だからあなた、鳥に変われるカイムを選んだのだったら、ちょっと計算し過ぎよ!?それで…カイムの方は大丈夫なの?』
「あぁ…」
大佐がタブレットをカイムの方に向けるとカイムは深々と頭を下げた。
「申し訳ございません…その…身体の機能を…未成熟なままに留めておこうと思ったのですが…うっかり…我を忘れて大人に戻ってしまいました…大佐に非はございません…」
リツは画面に入らない位置にいる大佐があ然としてカイムの顔を見たのに気付いた。直後に大佐は複雑な表情でカイムを見つめていたが、アグラットはカイムに身体に気をつけるようにと優しい言葉をかけて通信をすでに切っていた。大佐はわしわしと髪を掻き上げながらカイムに向かって低い美声でつぶやいた。
「カイム…あのときお前をそのままに留めたのは…俺だろ。お前は戻ろうとしたじゃないか。なのに、なんで自分のせいにしたんだ?」
「それは…大佐が不利になるからに決まっているでしょう。夫婦間の契約違反になりかねませんから。そこは時間差で妻になった自分がうっかりしていたことにしておいた方が言及を避けられます…私ごときのことで第一夫人と大佐が離婚することになっては困りますから」
カイムはそう言いながらも、お腹の前にタオルに包んだ何かを大事そうに抱えていた。
「カイム、リツに卵を見せてもいいかな?」
「あ、はい。すみません、どうぞ」
リツは恐る恐る近寄ってカイムがお腹の前に抱いている卵を覗き込んだ。カイムがタオルをそっと開く。
「わ!すごい!綺麗なターコイズブルー!!」
リツは目を見張る。卵の大きさは十五センチほどだった。胎児を産むよりは小さいにしても、このサイズを産むのは確かに大変だろうとリツは思った。それにしても色が鮮やかで美しい。ターコイズブルーで少しうずらの卵のように斑点がある。
「ネビロスに魔界から孵卵器を届けてもらわないといけないな」
ジーンが卵をちらりと見て言った。
「今日はこのまま抱きしめて温めます」
「カイム、俺も一緒に抱いて眠っていいか?」
「…大佐はムツキとも一緒にいた方がいいと思いますよ?寝室に来るのなら小学生と大人に分裂して下さい」
大佐はカイムの言葉に呆れたような表情になった。どこかガッカリした様子で肩を落として口を開く。
「あーカイム…お前、ほんとそういうとこはドライだよなぁ。初卵で初めての子なのに、どうしてそんなに淡々としてるんだ。今夜くらいは他の女のところには行かないで一緒にいてほしい、くらい言ったっていいのに」
大佐がカイムの顔を覗き込む。口付けしそうになるところでカイムは大佐の額に触れて押し戻して顔を遠ざけた。
「ムツキは今は男の子ですから。それに十歳相手にはさすがの大佐もキスをしていいかどうかの瀬戸際ですから、別に同じベッドでただ抱きしめて欲しいと言われても、温もりを与え合う程度のことなら、それ以上の問題は起こらないでしょう。これが年頃の少女ですと、さすがにアグラットさまに顔向けできない事態が発生しないとも言えませんから、気軽にお勧めはしませんが…」
大佐はジーンの顔を見て肩をすくめる。
「あぁ、まったくカイムは手に負えないよ。本当に俺のことが好きなのか自信がなくなってくる…」
「大佐はそうやって不安にさせるくらいの相手の方が長続きする傾向が強いからな…最初はアグラットのサンドバッグとして機能しているのかと思ったくらいだったが…こちらでもアグラットの刺激が欲しくて雑魚どもに殴られた訳ではないよな?」
「…陛下…王妃の前で俺の性癖が疑われるような発言は控えて下さいよ…それに…王妃はその姿はどうしたんですか?」
リツは大佐に尋ねられて誰のせいで、と言いそうになった。
「これはカイムからガブリエルの神聖力を取り除くのに吸い取ったら見た目にまで影響が出たんです。急いで取り除きましたけど…カイムの卵には影響してませんか?私はそれが少し心配です…」
「あぁ、その点については、悪魔の子どもは強いから大丈夫そうだよ。卵の殻にも外からの刺激を避ける魔力が含まれている。悪魔の夫婦が共に温めながら眠って上に乗っても割れない強さがあるからな。仮に寝相が悪くてベッドから転がり落ちても割れたりはしないと聞いているが…産まれた子に、お父さんは何回落とした、お母さんは一回も落とさなかったのに、と落とした回数まで数えられていた悪魔もいたから、その辺は気をつけることだ。記憶する子もいるようだから…」
ジーンが笑った。リツは驚く。
「大佐、落とさない自信はありますか?」
カイムの言葉に大佐はため息をついた。
「あぁ?俺はそんなヘマはしないよ…ん?ちょっと待った、だとすると、卵をベッドの横に置いてカイムにちょっかいかけたらそれもバレるってことか?今まで卵を産む悪魔と付き合ったことはないし、嫁にもいないから…いまいち勝手が分からないが」
「…そうだな。だからそういうときのために孵卵器を使う悪魔の夫婦が多いんだよ。別に胎児が腹にいる悪魔の夫婦は気にせずに触れ合うが、やはり我を忘れて卵を落とすリスクを避けたいのだろうな。カイムだから、そんなことはまず起こらないと思うが、孵卵器に夫婦の魔力を込めておいて、その中に卵を寝かせておいてやった方が後から苦情を言われる心配は減るらしい…」
ジーンはニヤリと笑ってリツの肩を抱いて片手で卵の包まれたタオルの上から手を当てた。
「君の卵を取り上げたのは私だ。魔界の国王…隣にいるのは私の妻だ。これから君とは長い付き合いになりそうだから、この魔力の気配を覚えておくといい…」
ジーンはさらりと卵を撫でて話しかけると微笑んだ。
「陛下…ありがとうございます」
カイムが頭を下げる。
「とりあえず卵を抱いてリビングで食事をしようか?皆も心配していたから」
「はい…」
大佐が横からそっと卵を抱き上げて愛しそうな表情を見せた。まだ卵だが、悪魔はこの状態でも何かを感じるのだろうかとリツは不思議に思う。ポコポコとリツのお腹の中で子どもたちが動いた。まるで近くに新しい命があるのが分かっているかのようなはしゃぎ方だと、リツは感じた。
「あ…」
ジーンの手が伸びてきて、リツのお腹に触れる。
「…仲間の誕生に喜んでいるんだよ」
ジーンが微笑んだ。カイムはベッドから降りてきて、すたすたと歩き出す。
「陛下の魔力のお陰で身体が楽です…もう痛みも、ほとんどありません」
「そうか、それは良かったな」
「カイム…俺だって魔力を注いだだろう…まったく…素直じゃないんだから…」
大佐は卵を撫でながら嘆息した。




