リツ&ムツキまたはルイの場合
「ほら、俺しかいなくなった。どうってことはない、姿を変えていいから」
「うっ…あぁっ!」
閉めたドアの向こうでバサバサと羽ばたくような音が聞こえた。フィランジェルは思わずジーンの顔を見上げる。フィランジェルの中でリツが鶴の恩返しみたいとつぶやくのが聞こえたが、フィランジェルには何のことか分からなかった。
「大丈夫だ。大佐!!」
少し離れたところで六季の肩を抱いて待っていた大佐はジーンの様子を見て何かを察したように顔を上げた。
「何かありましたか?」
「カイムが産卵する。付き添ってやれ」
「えっ!?あ、はいっ!!」
大佐は大慌てで部屋の中に入ってゆく。ジーンもフィランジェルの肩を叩くと中に戻った。フィランジェルと取り残された六季は少し困ったような顔をしたが、やがて不安そうに口を開いた。
「カイムさんは…大丈夫?」
「あぁ…うん。ガブリエルの神聖力は私が全部吸い取ったから大丈夫。今は別件だよ」
フィランジェルは姿をリツに戻そうとした。だが体内の神聖力が多くてうまくいかなかった。見上げた六季が微妙な顔をしている。
「戻らなかった?」
少しだけ伸びた髪を引っ張ると銀色のままだった。六季は神妙な顔のままリツを見て頷いた。
「うん…見た目はリツだけど…銀髪だし…目も青いよ…」
「あぁ…ガブリエルの神聖力が強いからかなぁ…しばらく戻らないかも」
「あのさ、産卵って聞こえたんだけど…聞き間違いじゃないよね?」
「うん。カイムのお腹に卵があったから、鳥の姿になって産卵するっぽい…私は見ない方が良さそうだから。ほら、元々悪魔な訳じゃないし…誰にだって見られると恥ずかしい姿はあると思うし。ジーンとストラスは医師免許があるからまた別だけど」
「そっか。卵って…子どもが生まれるの?」
「多分…私だって、悪魔の産卵なんて初めてだし…あ…」
リツのお腹の中で子どもの動く気配がした。
「…ガブリエルの神聖力のせいかな…いつもより動いてる…」
「二人…赤ちゃんいるんだっけ」
「うん。そう…」
「どんな感じ?」
「うーん、たくさん魔力と神聖力を欲しがるよ…私と繋がってて…元気に動いてると安心する…」
「そっか。僕も女の子になったら産めるのかなぁ?」
「えっ?ムツキ…そんなこと考えて質問してたの?」
六季は頷いた。
「今日大佐にデートしてもらったら、好きになっちゃったから…カイムさんみたいに僕も子どもを産ませたいって思われるにはどうしたらいいのかなって思って。リツもルイ兄ちゃんも悪魔のお嫁さんになれたんだから、僕にだってチャンスはあるんじゃないかなって思ってさ。大佐の魔力が…すごく相性がいいっていうか…とっても身体が楽になって…やっぱり僕は悪魔の魔力の方が合うんだなって分かっちゃったんだ…」
「え?それ…本気で言ってる?ルイが聞いたら泣くよ?」
「なんで?」
「なんでって…ルイはムツキには真っ当に生きて欲しいって思ってるから…」
「それってルイ兄ちゃんやリツが真っ当じゃないみたいな言い方だけど…魔界の国王と国王補佐官の妻なのに、真っ当じゃないって言ったら、魔界の国民に対して失礼だと思うよ?」
「あー」
リツは六季のこういうところが苦手だと思った。話しているといつの間にか言い負かされる。
「だって、大佐に何人妻がいるか知ってるの?私もよくは分かってないけど、何人も妻がいて、ストラスの比じゃないんだよ?ムツキ、耐えられるの?」
「…それについては…まずは、候補になってから考えるよ。だって、僕がストラスの妻になりたいって言うよりはずっとマシでしょ?」
「うーん…だから…なんていうか…まず、その女の子になって妻になるって発想がね…ムツキは女の子になりたいの?」
「別に積極的になりたいのとは違うかな。でもカイムさんだって普段は男の人の姿でしょ?でも産卵するってことは…大佐のために産むんだと思うし…大佐は好きな相手に子どもを産ませたいって言ってたから、それなら女の子になるのがいいのかなって思っただけだよ?」
リツは考え込んでしまった。そこに頼みの綱と言っていいのか実に微妙な美少女姿のルイがやってきた。ルイはリツを見て笑った。
「フィランジェルなのかリツなのかハッキリしてよ。先輩方、さすがにこの姿見たらびっくりして声も出なかったわ。まーそりゃ妊婦だもん驚くよね。ムツキ…家出したってほんと?」
「うん、そうだよ。僕、大佐のお嫁さんにしてもらいたくて」
言ってしまった、とリツはげんなりする。ルイはムツキの顔を見下ろした。
「ムツキ…大佐の第一夫人は大佐をぶん殴って窓の外に飛ばすような悪魔だよ?それでも、何番目かの夫人になりたいなら止めはしないけど…あまりしつこくすると逆に捨てられるから魅了したらその後は少しそっけないくらいの関係性の方が長続きするみたいだよ?」
「ルイ、アドバイスしてどうするの!!」
「えっ?だって止めておきなよって言ったところで、ムツキは聞かないからさ」
「えぇ…?」
リツは脱力する。ルイは更に続けた。
「でも…女の子の姿になって抱かれるとき初めてはやっぱりめちゃくちゃ痛いよ?男の子の姿でするときの初めてもそうだけど…体感としては女の子の身体の方が僕は痛かった。大佐も身体の大きい悪魔だから…その辺は覚悟しておかないと」
「ちょっと!ルイ、ムツキはまだ十歳だよ?そういう話は…」
「なに焦ってるの、リツ。あと三年もすれば魔界じゃ結婚できる年齢になるんだから、本気で悪魔の妻になるなら知っておくべきだと思うよ?僕のお腹の子は人間の赤ちゃんよりも大きくなるのが早いから子宮が破れないように毎晩ストラスに魔力を注いで少しずつ補強しながら大きくしてるんだけど…それもけっこう辛いんだよ。お嫁さんになりたいってムツキは僕を見て思ったのかもしれないけど、元が男の子の身体を女の子の身体にして赤ちゃんを育てるのはすごく大変なんだよ。気持ち良くて楽しいことだけじゃない。その後には相手の子どもを産むっていう責任が伴うんだからね?それと大佐だってそれなりの地位にあるんだから婚外子はダメだよ。子どもが可哀想なことになるんだからね!」
「ルイ…エストリエみたい…」
「そりゃあね。ご飯も食べれないし…今は匂いだけでもダメだから、僕はリビングには行かないよ。リツとムツキは食べてきたらいいよ。男の子の方の僕に食べてもらって、後で栄養を共有するんだけど…それでも最近は少し気持ち悪くなるんだよね…ムツキ、悪魔は大概子どもを産ませたくて相手を抱くんだよ?ただ快楽を求めるだけじゃないんだ。好きな相手には産ませたくて仕方のない生き物だってストラスに言われたんだよ。だから大佐も例外じゃない。悪阻もそうだし…ムツキも細いからなぁ…妊娠するまでに身体の中から整えて準備する期間が必要だと思うよ」
六季は神妙な顔をしてルイの話を聞いていたが、やがて頷いた。
「分かった。すごく大変だってことは理解できたよ。でも試練が多いほど僕はやる気が出るんだ。だから多分耐えられると思う。ルイ兄ちゃんも頑張ってるんだもんね。ねぇ、リツ、僕お腹減ったよ。ご飯食べに行こう」
「ち、ちょっと待って、手を洗わないと…」
「もう、僕、先に行ってるから!お腹ぺこぺこ」
六季はそう言ってリビングに入ってしまう。リツはルイの表情を窺った。
「ルイ?」
「…おかしいなぁ…あれだけ脅せば諦めるかと思ったのに…やる気が出るってどういうこと?ムツキは痛いのも苦手だからアピールしたのに…」
「ルイ…諦めさせるために言ってたの?」
「そりゃあね。だって…仮にも弟が大佐に抱かれるとこは…兄としては、あんまり想像したくないよ…」
「それを言ったらルイもじゃないの?ムツキは…複雑だったと思うけど…」
リツの言葉にルイは頬を膨らませる。
「意地悪なこと言わないでよ」
「ごめん、でもムツキにはムツキの意思があって、それは簡単に誘導できるようなものじゃないんだと思う…」
「まいったなぁ…想像以上にショックかも…」
ルイはお腹を撫でながらため息をつく。
「そっか」
リツはルイの頭を撫でる。ルイはリツを見つめると顔を近付けてきた。そっと静かに唇が重なる。ルイはリツが魔力を流すとすぐに唇を離してリツの肩に頭を乗せた。リツはルイの頭を撫でる。使い魔としての契約をしたせいなのか、時々不安定になるとルイは最近リツに甘えるようになっていた。
「ムツキも…あの人の呪縛からは…抜け出せなかったってことなのかなって思ってさ…僕が離れればなんとかなるんじゃないかって思ってたけど…ベクトルが別の悪魔に向いただけだった…」
「ルイは呪縛って言うけど…ムツキはインキュバスだから悪魔に惹かれるのは仕方ないのかもしれないよ?」
「うん…そう…かもしれないけど」
そのときカイムのいる部屋でどこか悲痛な叫び声が聞こえた。リツはビクリとなる。ルイもハッとしたように顔を上げた。
「カイム!よく頑張った!!」
大佐の大きな声が聞こえた。リツとルイは顔を見合わせて部屋の方へと向かった。




