ベルフェゴール&ムツキの場合 2
ファミレス内に入ると、近くに高校があるのか同じ制服の学生のグループがいくつもあって、二人はチラチラと興味深そうに見られることになった。六季は落ち着かなかったが、相手が悪魔だというのを思い出し、ファミレスの利用の仕方を知っているのだろうかと訝しんだ。
(魔界だって同じようなシステム使ってるから大丈夫だよ)
(そうなんですか?)
(敬語とかいいよ、フツーに話して)
二人はタッチパネルから料理を注文してドリンクバーに飲み物を取りに行った。明らかに外国人の顔立ちの大佐は六季を振り返り何を飲むか聞いた。同じタイミングでドリンクバーにやってきた女子高生の二人組がその横顔を凝視していた。ベルフェゴールの漂わせる悪魔のオーラに無意識のうちに惹かれているだけなのだが、本人たちは気付いていない。
「じゃあ…冷たいカフェオレ…」
大佐は手慣れた様子でボタンを押す。大佐はアイスコーヒーを選び、水に氷も入れて手早くトレーに並べた。席に戻ると六季はカフェオレを飲んで眉を寄せた。大佐もアイスコーヒーを飲んで微妙な顔付きになる。
(家で飲む方が旨いな…)
(うん…)
(ガブリエルんとこも、魔界の王宮で育てた珈琲豆を使ってんだよ。だからだな)
(そうなんだ…知らなかった…)
「知らない方が良いってことも、世の中にはあるからな…」
大佐はそう言って不意にスマホを取り出した。大佐はフッと笑った。
「どうしたの?」
「向こうも学生が多いみたいで、カイムがテイクアウトして珈琲を車に持ち込んで飲んでるんだけど、黒木の淹れる珈琲の方が旨いってさ…」
「みんな舌が肥えちゃってて、こういうとき困るね…」
「悪魔は美食家が多いんだよ」
「ちょっ…声が大きいよ」
「大丈夫だって。周りには当たり障りのない会話にしか聞こえないようにしてあるから」
話しているうちにフライドポテトが運ばれてきた。さっそくつまんだ大佐は頷いた。
「うん、これこれ。黒木のはトリュフ塩とか、複雑なハーブ塩だとかがかかってて、洒落た味して旨いんだけど、シンプルにこういうのが食べたいこともあるんだよなー」
大佐はポテトをつまんで六季の口の前に差し出した。少しためらってから六季は大佐の手からポテトを食べる。大佐は最後までポテトを離さず唇に指先が触れた。六季は少し照れながら言った。
「いつも、こういうことするの?」
「何が?食べさせるかってことか?相手によってはするよ?」
「…カイムさんにも?」
「は?しないよ。あいつはそういうのは好きじゃないから。あーでも死にかけて身体が使えなかったときは、渋々ながら俺が与えるものを食ってたけどね。あいつは仕事ができるのに、有力な後ろ盾がないから、いっつも雑用押し付けられたり足引っ張られたりしてたからな。下らない奴らに仕事の邪魔をさせないためにも、空席になった第四夫人のポジションを与えておけば他の悪魔の牽制にもなるから…与えようとしてるんだけど、なかなか素直に受け取りはしないね…」
「え?つまりは…それって…ビジネス婚ってこと?」
「変な言葉知ってるなぁ。違うよ。もちろんそういう側面もあるけど…あーこっちと価値観が違うから説明が難しいな。俺は優秀な部下に俺の子を産ませたいんだよ…カイムを虐めていた悪魔の中に過激なのがいて、それで死にかけてるカイムを見たときに、俺はこいつに死なれちゃ困る、俺の子を産ませたいって自覚したんだよ…」
「…それ…何だかすごく変だよ。僕からすると…なのに、今は僕とデートしてくれてるでしょ?別にカイムさんみたいに優秀な子を産ませたい相手でもないのにさ。もっとカイムさんとデートすればいいのに」
「…別に変でも何でもないよ。ムツキだって別にそういう相手とだけこうやって一緒に食事する訳じゃないだろ?」
大佐に言われて六季は首をかしげた。
「…僕、ガブリエル以外と外で食事したことないから分かんないよ…ルイ兄ちゃんとかと一緒に住んでたときも外食はしなかったし…その前は施設にいたから…」
大佐は自分の軽い思いつきの発言が六季のこれまでの日常生活にはなかった行動だったというのを知って少し動揺してしまった。
「悪い…もしかして、嫌だったか?」
「ううん、そうじゃない。ただ…緊張は…してる。知らない場所だから…」
大佐は途端に小学生姿のジーンに言われたことを思い出した。はいと言ったのに言葉の意味を正しく理解していなかった自分に気付いて大佐は慌てた。
「あちこち連れ回すなよ?家に連れて帰って魔力を与えたら少し休ませてやれ。夕方にはガブリエルが迎えに来る」
確かにジーンにはそう言われて返事をしたのだ。大佐はしまったと今更ながら思った。
「あのさ、ムツキ…もしかして、知らない場所だとまずかったりするのか?」
「うーん、どうだろ。たくさん魔力を貰ったから多分、大丈夫だけど…あの、できれば隣に座ってもらえる?向こうのテーブルの人が僕の足を見てる視線が気になる…から…」
大佐はすぐに立ち上がると六季の隣に座って足を組んで六季の方に少し身体を向けた。これで通路側からはどうやっても見えない。大佐はポテトを取ると六季に食べさせた。
「どう?俺の魔力に集中してれば大丈夫かな?あぁ…でも慣れないからダメなのか?」
「大丈夫。さっきよりずっといい…うん。でも…こういうとこ来たかったし、デートもしたかったんだ。一つずつ克服しなくちゃならないことが色々あって…それはルイ兄ちゃんも同じなんだと思うけど…僕…他の人よりも視線に敏感なのかな。この人、いやらしい目で僕を見てるって…分かっちゃうんだ…最近…特に…」
「あーそれは恐らくインキュバスの能力の一つだよ。だったら車の中での俺の視線とか触り方も嫌じゃなかったか?」
大佐はいまいちなアイスコーヒーをストローで飲んで言った。六季は困ったような顔をして、けれども首を横に振った。
「…それが…嫌じゃなかったから…むしろ困ってる。さっきの視線はすごく生々しい感じがして嫌だったのに…大佐には見られても…触られても…あのときは嫌じゃなかった…」
「そうか。まぁ…インキュバスのことなら特性を知らない訳でもないからな。俺は今なんなら、もっといやらしい目でムツキのことを見ることもできるよ?やんないけどさ。女の姿に勝手に変えて悪かったな」
「ううん…僕の足なのに…女の子って性別変えてちょっと年齢上げただけで、こんなことになるなんて、すごく変な感じ…」
ムツキが言うと大佐は笑った。
「それはムツキが可愛いからに決まってるだろ。俺はぶっちゃけどっちの性別でも好きだと思ったら抱ける悪魔なんだよ。でも実際の年齢が十歳だと、魔界の法律でいっても手を出すのは早いからな。婚姻可能な年齢は十三だ。キスに関しては…軽いキスならムツキの年齢でも可能だけどな…」
大佐は言いながら腰に腕を回す。言っていることとやっていることが違うと思ったら大佐はフッと笑った。
「…魔力が乱れてるから少し流すだけだよ…」
大佐の方から魔力が流れてくるのを感じながらポテトを食べていると、パフェが運ばれてきた。パフェにはスプーンが一つしかない。大佐は気にせずにイチゴと生クリームをすくうと、六季の口に入れた。同じスプーンで自分も生クリームとトッピングを食べた。
「スプーン共有するの嫌だったか?一応これでも魔力は上がる。悪魔は何回でも歯を生やせるから虫歯もない。安心していいよ?」
「えっ…いや、別に嫌じゃないけど…」
「なら問題ないな」
大佐はアイスクリームをすくって六季の口に入れるとニヤリと笑った。
「俺の唾液も一緒に食っとけ」
「えーなんかその言い方は…絶妙に嫌…食欲なくなるよ…」
「パフェ食いながらスプーン舐めるだけで魔力は上がるんだ。一石二鳥って言うんだろ?使い方合ってるか?」
端から見れば仲の良いカップルがいちゃついているようにしか見えないのだが、それから全部パフェを食べ終わるまで大佐は何だかんだで際どい発言を繰り返し、それに対して六季は突っ込みを入れ続けた。大佐は六季のカフェオレがなくなったタイミングでアイスコーヒーを飲み干してオレンジジュースを二つ持ってきた。やがてパフェがなくなると、六季は大佐の言った言葉が本当だったと実感しない訳にはいかなくなった。いつも不安になったりすると、六季は魔力がどんどん減るのが自分でも分かっていたのに、スプーンを共有しただけで魔力は店に入る前に満たした以上に増えているのを感じた。
「スプーンでこれなら…大佐とキスしたら鼻血出そう…」
六季が真面目な顔をしてつぶやいたので、彼は笑ってしまった。
「軽いのから始めたらそのうち慣れるよ。ま、最初は出るかもしれないけどな。そろそろ店出るってカイムに連絡しとくわ」
大佐はスマホにメッセージを送信する。ちらりと見た六季は見慣れないアイコンが並んでいると思った。
「おっと、これは裏画面だからムツキにはまだ早い。一応出向みたいな扱いにされてるから、魔界の事務仕事もしてるんだよ。授業の合間に」
「えぇ!?」
「カイムも中学に通いながら同じことやってるよ。同時進行で色々処理してる。もちろん陛下もだけど」
「…悪魔って…思ってたよりも真面目なんだね…」
「あー?なに?ただエロいことして魔力を増やしてるだけだとでも思ってたのか?真面目ってよりは、そのくらいやってないと退屈になるからだな。まぁ、だからムツキと喋るのも、面白い。たまにデートしてこうやって魔力を上げるのもいいな」
大佐はタッチ決済を済ませると六季と店を出た。そこに見知らぬ高校生らしき男子の集団がいた。全員で五人。避けて駐車場に向かおうとした大佐は行く手を阻まれた。
「こいつらだよな?店内でいちゃついてたのって」
一番ガタイの良い男子がそう言って大佐を見たが、自分よりも彼の方が長身なのに気付いて苛ついたような顔をした。
「先輩、清葉学園って金持ちの通う学校の制服ですよ…」
「へぇ。金持ちならちょっと金寄越せよ。店内でいちゃつかれて勉強に集中できないって苦情来たんだわ。迷惑料払えって言ってんの」
「あー?誰も勉強なんかしてなかっただろ?それに、長時間自習での利用はご遠慮下さいって店内にも貼ってあったし、本当に勉強したいなら図書館にでも行けばいいだろ。日本人なのに日本語読めないのか?」
両者の間に険悪な空気が漂う。大佐は背後に六季を庇った。




