ベルフェゴール&ムツキの場合 1
やがて放課後になり、あらかじめガブリエルの迎えを断った六季は居心地が悪そうにカイムの車に乗っていた。
(気まずい…この人って…大佐の何なんだっけ…?部下?)
けれどもいつだったか駐車場で大佐の方が抱きついていたのを見た気がする、と六季は思いながら、なかなか現れない相手を待っていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ?何か不安でも?陛下から事情は伺っておりますから…それに、あの方の欲望を少しは誰かが引き受けてくれた方が私としては助かるといいますか…ですが、女性相手だと妊娠させてしまった場合に第一夫人がお怒りになりますから…男性相手の方が私としても心配は少ないのですよね…」
六季は四年生だ。理解はできるがおよそ小学生相手に平然と口にする話題ではない。そういうところは悪魔らしいと六季は思った。
「…第一夫人…ですか…?あの…カイムさんは…大佐とは…どのような関係…なんですか?」
迷った末に結局遠慮がちに尋ねた六季に向かってカイムは微笑んだ。
「何でしょうね。部下であり…時折彼の魔力を上げるパートナーでもあり…一応、第一夫人公認の…第四夫人候補という不本意ながら余計な役割を与えられているとでも言えばいいのでしょうか…大佐にはたくさん妻がいますから。それに相手との関係性は何も一つではありませんし…」
「あ…そうですよね。魔界のその…第一夫人とか…そういうのって…まだ聞き慣れないんですけど…ルイ兄ちゃんも第二夫人な訳だし…慣れないといけませんね…関係性…か…」
「悪魔は夫人を多く持つことでその魔力の強さを誇示したりもしますから…陛下は異例ですね。ですが王妃と出会ってから陛下の魔力は更に強くなりましたから…王妃お一人でも十分過ぎるほどの揺るぎない魔力を発していらっしゃいます…それにしても来るのが遅いですね。少し様子を探ってきます」
そう言ったがカイムは運転席に座ったままだ。六季の不思議そうな顔を見てカイムは笑った。
「私の分身に探らせています。あぁ…まったく、またですか」
カイムがため息をつく。
「陛下が釘を刺したのにこれですから…悪食ですね。さしたる旨味もない魔力を…」
何を見たのか知らないが、やがて駐車場に現れた大佐は緩んだネクタイのまま気怠い魅力を漂わせながら警備員に挨拶して、彼を無駄に動揺させていた。カイムが運転席から出て言った。
「早く乗って下さい」
「あー怒ってんの?カイム。悪かったって。ムツキ待たせたな」
大佐は悪びれもせずに笑って後部座席に乗り込むと、馴れ馴れしく六季の肩を抱いた。六季は途端に緊張した。カイムは車を走らせる。
「外からは見えないから大丈夫。あー魔力、乱れてるね。ムツキって四年生だっけ…ギリギリ二桁かぁ…子どもは許容範囲じゃないんだけど、ま、この姿なら別にいいか…」
大佐は身体が中学生並に大きいので六季は肩に触れられただけでドキドキした。小学生どうしの触れ合いとは訳が違う。当たり前だがガブリエルの腕とも違った。どこか性的な触れ方だと六季は思って意識してしまう自分が嫌になる。
「…ガブリエルは本当に納得してんの?俺は構わないけどさ…背徳感があって…ムツキはかわいいし」
肩に回された手で少し引き寄せられると、大佐の方から魔力が流れてくるのが分かった。どこかソワソワしていた六季は、重厚感のある大佐の魔力に押し潰されそうな気がした。
「あ…!」
「どうした?ちょっと濃いかな?これでも少な目に流してるんだけど…うん、相性悪くはないみたいだな…俺の魔力をつまみ食いしに来るくせに、効率悪い奴もいてさ。キスの仕方は悪くないのに、まー上がる魔力が微々たるもんって…ほんと無駄っていうかなんというか…で?キスしてみる?」
「あの…いや…それはまだ…急には…」
「なんで?別に減るもんでもないし、相性も悪くないしもっと上げたくないの?」
大佐は六季の顔を覗き込む。このやたらと色気のある顔が悪いと六季は思った。
「初めてじゃないんだろ?そんなに悪魔とキスするのが怖いか?それとも…大人の姿の方が好きか?ガブリエルくらいの」
「えっ…いや…その…」
一瞬気怠い気配がダダ漏れの色気たっぷりな大人の姿が見えて六季は不穏な動悸を感じた。彼はニヤリと笑うと六季の額に軽く口付けをした。それから彼は首を傾げて言った。
「額よりは首の後ろの方が入るのかな…?ネクタイ緩めろ。あーやっぱり後ろか。天使の気配がする…ちょっとずらしておかないとガブリエルと間接キスするみたいでそれは微妙だな…」
大佐はそう言って遠慮もせずに六季を抱きしめて首の後ろに口付けをした。大佐の唇を感じるのと同時に先ほどよりも濃い魔力が流れ込み、六季は震えた。どこか物静かなガブリエルの流し方とは全く違う。六季は思わず声を漏らし、慌てて口に手を当てた。
「うん…塞ぐのは正解。魔力も漏れるからな…」
六季は必死に鼻で息をしようと試みたのに自分の意思とは無関係に声が出てしまう。最終的には大佐の手が伸びてきて、大きな手のひらで口を塞がれた。
「インキュバスは…天使より悪魔の方が相性がいいんだよ…飲み込むように入るな…気持ちいいか?身体に溜めておける魔力が増えたんだろうな…腹も減るだろ?」
首の後ろで大佐がつぶやいた。六季は頷く。言われてみれば以前よりも食べているはずなのに、すぐに空腹になるとは思っていた。
「はい…」
「カイム、どっか寄って甘い物食いたい」
「…かしこまりました」
カイムが苦笑しながら少しして帰路から逸れる。
「ですが…この時間帯ですと…恐らく学生でも女性客が多いかと。悪目立ちしてもいいんですか?」
「だったらムツキ、女子になっとけよ。俺がなるよりはムツキの方が良さそうだ。名前も性別どっちか分かんないし、問題ないだろ」
「ええっ!?ちょっ…!!」
首の後ろから先ほどとは何か違う魔力が流れ込んだと思った瞬間に六季の姿は少女に変わっていた。ご丁寧に髪まで長くなっている。大佐はニヤリと笑った。
「美少女の出来上がり!」
スカートからむき出しの太ももが心もとない。六季は自分の身体を見下ろしてあまりの違和感に動揺した。
「ま、デートしようよ、ムツキ。五歳くらいプラスしといたからな。俺も高校生くらいになっとくか。これで二人で遊んでても違和感ないだろ」
更に身長の伸びた大佐はおもむろにムツキの胸に手を伸ばすと、ムツキの胸が膨らんだ。その後に締め付けられる感覚がした。
「なっ…!!」
「こんなもんかな?ブラはしとかないとな。カイム、違和感ない?」
運転席からカイムがちらりとこちらを見て頷く。
「良いと思いますよ?可愛らしいので、他の男性に奪われないようにして下さいね。それから…調子に乗って散財すると、第一夫人からチェックが入りますから程々にお願いしますよ?あとは、お分かりかと思いますが、可愛いからと手を出し過ぎることのないようにして下さい」
「……分かってる分かってるって!細かいね、カイムも」
大佐はスイーツの種類が豊富なファミレスに車を停めたカイムを見て頷いた。
「私はあちらのカフェで仕事をしていますから。デートが終わったら呼んで下さい」
どうやら道路を挟んで少し離れたところにカフェがあるらしいが、六季からは全く見えなかった。だが悪魔には見えているらしい。
「あぁ、あっちね。確かにこっちじゃ場合によっちゃ集中できないしな。うん…けっこうグループで盛り上がってんな。分かったよ」
二人を車から降ろすとカイムは駐車場から出て行った。
「さーて、何食うかな。やっぱポテトは外せないな。パフェもいいな。黒木の料理も旨いんだけど、たまにこういうのも食べたくなるんだよな」
大佐は六季の手を取ると嬉々としてファミレスのドアを開けた。




