ジーン&ムツキの場合 1
椎名と向井がアサヒと共に興味本位に付属小の正門までついてきたので、朝の挨拶をしていた教員は思わず戸惑いの表情を浮かべてしまった。高等部で留年した彼らは有名人だ。
「おはようございます」
向井は爽やかに挨拶をする。
「じゃあまた後で!」
ジーンが笑って手を振る。交友関係に若干の不安を覚えながら教員は口を開く。
「高等部の生徒とも知り合いなのかい?」
「昨日職場体験に来ていたみたいで、パパがそのままうちに連れてきて一緒に食事しました」
「そ、そうなんだね」
教員の戸惑う表情に、恐らく椎名の悪評が耳に入っているのだろうとジーンは思った。教室に入るとすぐに二人の元に数名が駆け寄ってくる。荻原ジェシカが転校してから、鈴本と滝野はなんとなくお互いを快く思ってはいないものの、他につるむ者もいなくて結局二人で行動し、どういう訳か高村姫乃が瞳とリツに興味を持って近付いてきた。
「だって私も神グループと仲良くしたかったんだもん。元々はジェシカが仲良くするなっていうから…仕方なく従ってただけだし。滝野さんにも中等部に悪い先輩の知り合いがいるとか言われて…怖くなって…でも…結局ウソなのかなって。だって、二人とも高等部の一番ヤバい先輩と一緒に登校してきたって噂になってたよ?ほんとなの?私はジェシカもいなくなったから、これからは自分の仲良くしたい人と仲良くしようって思ったの。吉野さん、私も…ヒトミって呼んでいい?私のことはヒメノって呼んでいいからさ」
リツとヒトミは姫乃の変わり身の早さに少し呆れたが、姫乃は構わずにぐいぐい入り込んできた。実際に関わってみると、姫乃はサバサバしていて小さなことにはあまりこだわらない性格だと分かってきた。姫乃は希望転生者で、姫乃の住んでいる世界が巨大隕石によって崩壊するという予言を信じて、転生希望を出したら軌道が逸れて世界は崩壊を免れ、損をした気分だと言って苦笑した。
「前の世界の方が…魔力も使いやすかったから…もっと簡単に何でもできてたんだよね。魔力を動力にしてたから、電気は使ってなかったし…でも、なんか…ジーンとリツって、魔力使えそうだよね。だって身体の中を流れる魔力の量が他の人よりもすごいんだもん。私、そういうのが見えるの。どうして?」
「えっ?どうしてって言われても…」
リツは困ったようにジーンを見上げる。ジーンはフッと笑った。
「ヒメノはパートナーと一緒に転生しなかったの?一人で来たの?僕はリツをやっと見つけて毎日一緒にいる生活になって、ようやく体調が安定したんだよ。だからじゃないかな」
「そっかぁ。パートナーね…私にもいたのに、転生のタイミングがうまくいかなくて、もう別の人と結婚しちゃってたんだよね。私、ずっと探してたのにさ。しかも向こうはすでに知ってて、私が小学生だって分かった時点で即、契約パートナーと入籍したんだってつい最近になって分かって。信じられないしムカついて…あと八年くらい待ってくれてたっていいじゃない!だから、こうなったらもう神グループのムツキくん辺りを狙おうかなって思って、気持ちを切り替えることにしたの」
リツは思わずむせ返ってしまい、ジーンは微妙な表情をした。
「なに?ムツキくんって…もしかして他にもう好きな子いるの?」
「うーん…いや…どうだったかな。でも…ムツキは…止めておいた方がいいかもしれない…」
ジーンが言うと姫乃はやけに鋭い勘を発揮した。姫乃は急に小声になる。
「ねぇ…ひょっとしてなんだけど…ムツキくんが女の子が苦手って噂時々聞くんだけど…ほんと?」
「…さぁ。本人に確認したらいいよ。どうせランチで一緒になるんだからさ」
ジーンは質問には答えずに、はぐらかした。
***
やがて昼になり姫乃を伴ってランチルームに行くと、先に来ていた六季はあからさまに眉を寄せて嫌そうな顔をした。
「なんか増えてるし」
明らかに不機嫌そうな声色に姫乃がビクリとする。
「ご、ごめん。調子に乗ってついてきちゃって…嫌なら別の席で食べるから…」
姫乃の言葉に六季は言った。
「別にそこまで言ってないよ。フミヤは幼稚園の頃から高村のこと好きみたいだし、いいんじゃない?あ、僕がバラしたって言わないでよ?フミヤのことだから、絶対自分からはそんなこと言えないと思うからさ」
平然とそう言って六季はジーンの隣に座る。
「隣、座っていいよ」
なぜか六季は自分の隣を指差した。やがていつものようにベルが六年生の女子と共にやってきて、リツとジーンにプレミアムデザートを置いてゆく。姫乃がベルを見て目を輝かせたので、ジーンは釘を刺した。
「ベルは遊び人だから、止めたほうがいいよ。男女年齢構わず…だから」
「ええっ!?なんで、そんな子と知り合いなの?」
「親が同じ会社で働いてるからだよ…だから同じ時期に転入してきたんだ。ベルは魔力が上がるなら誰でもキスくらい平気でするよ?」
「そうなんだ…」
そのとき少し遅れてトレーを持って現れたフミヤに六季が声をかけた。
「フミヤ、人数増えたから今日から一個席空けて隣に座って」
いつも六季の隣にすわっていたフミヤはそこに座ろうとしている姫乃を見て途端に赤くなる。分かりやすくてバレバレだ。姫乃は幼稚園時代に虐められていたフミヤを思い出した。姫乃の方がやんちゃだったから、そういえば何かにつけて助けていた記憶が蘇る。でも、と姫乃は思った。幼稚園の頃はあんなに小さかったのに気づけば同じ目線になっていた。正直なところ今までは異性として認識はしていなかったけれど、元恋人が別の相手と結婚したショックで寝込んだ姫乃は、改めて自分と同い年の少年たちを眺めた。今は子どもだが、将来的にはフミヤも悪くないかもしれない。可愛らしい顔立ちは相変わらずだけど、と姫乃は思う。
「高村さん…久し振り…」
フミヤは照れたように言って、六季が呆れたようにため息をつくのが聞こえた。ジーンがちらりと六季を見る。
「ムツキ…幸せが逃げるよ?」
「よくそんなこと知ってるよね。ところでベルがどっちもいけるってホント?」
「なんでそんなことを知りたがるの?」
「別に。興味本位」
「多分ムツキ相手なら喜んでキスくらいするよ。そんなに魔力が足りないのか?」
ジーンはおもむろに手を伸ばして六季の首の後ろに指を当てた。六季は亀のように首をすくめて慌てた。
「ちょっと…いきなり…!!」
けれどもジーンから魔力を流された六季は慌てて口を閉じた。変な声が出そうになる。
「やっぱりここか。流れやすい」
ジーンは触れた指先にガブリエルの気配を感じた。あの天使は唇から流したのかと思う。背後から六季を抱きしめて。なかなかに背徳的な構図だ。唇にしないだけまだマシかと思ってジーンは六季に魔力を流し込むと指を離した。
「頭痛がするようなら、魔力回復薬を使った方がいいかもしれないよ?今はこれで大丈夫だろうけど…」
「あ…ありがとう…」
六季はガブリエルとジーンの魔力の違いを明確に感じ取り、そしてついに分かってしまった。天使の力では自分の魔力は時間をかけないともう上がらないのだということに。ガブリエルが三十分近くかけて行うことを、ジーンはものの数分でやってしまった。
(それはムツキがインキュバスの転生者だからだよ。天使の神聖力よりも悪魔の魔力の方が多分…身体には溜まりやすいんだ。シールを渡されなかったか?恐らくガブリエルも分かっている。ムツキが記憶を取り戻したら自分の力では補いきれなくなることに…だからシールを開発したんだろうな。悪魔の力を込めたシールがあれば、しばらくは今まで通り暮らせるから…)
心の中にジーンの声が響いた。
(そっか…ガブリエルは…やっぱり…変だけど…天使なんだなぁ…僕、種類の違いが分かるようになっちゃったよ…悪魔の魔力の方が…僕の身体には合うって…)
(それも成長の一つだよ。別にガブリエルに対して罪悪感を抱く必要はない…)
ちらりと見れば、フミヤと姫乃が遠慮がちに小声で何かを喋っていた。
(ヒメノにムツキは女の子が苦手だという噂を聞くけど、どうなんだと聞かれたから、本人に聞けと言っておいたよ。どう答えるか考えておくといい)
(はぁ?面倒だなぁ…別に僕がどっちを好きだろうが別に誰にも迷惑かけないと思うけど…)
(うっかり好きにならないための事前調査だろう。うまくフミヤに矛先が逸れたから問題はなさそうだが…)
(……えっ…それは…危なかったな。フミヤのこと色々聞いておいて良かった…)
(ところでカイトとはどうなった?)
(えっ?それは…別にどうにもなってないよ)
(なんだ、進展がなくて面白くないな…ベルは高等部の生徒と旧校舎の裏でディープキスしていたというのに)
(はぁっ!?)
(ジーン、あんまりムツキをからかわないで。大佐を引き合いに出す方が間違ってるよ)
突然リツの声が割り込んでムツキは驚いた。今までの会話を聞かれていたのだと気付く。
(ムツキもそろそろ…インキュバスの記憶が蘇るかもしれないし、マゴトならインキュバスとの経験もあるが今は契約パートナーがいるからな…そうなると、子どもの姿のままの大佐あたりに魔力を与えてもらうのが一番手っ取り早いかもしれないよ。カイトとの進展を待つのと…ムツキが覚醒するのと果たしてどちらが早いのか…それによっては下手な素人より悪魔に手伝わせてムツキのインキュバスとしての衝動を回避させた方が早い。インキュバスは平均的に早熟だからな…)
ジーンはプレミアムプリンを食べながら心の中で会話を続ける。舌触りがなめらかで美味しい。
(あの…大佐…紹介してくれますか?ガブリエルには僕から言うので…放課後にでも…)
改まった様子の六季にジーンは頷いた。
(分ったよ。ベルにその辺の者で無駄に消費しないように伝えておこう)




