社長&イチカの場合 4
やがてストラスの部屋にジーンがやってきて、無事にこちら側に向井と椎名を取り込んだと告げてきた。
「脅したんじゃないよね?」
社長の言葉にジーンは、さぁ、とのみ言って答えなかった。
「社長がご執心でしたからね。魔力回復薬の治験にも協力してくれると思いますよ。それで…社長の体調はいかがですか?見たところ、そこまで体調の大幅な変化は見受けられませんが」
「あぁ…うん、二人を経由したら大丈夫だったよ」
そのとき遠慮がちにドアがノックされた。ドアに一番近かったジーンが開けると、そこには宮森と花咲がいた。
「あぁ…私がさっき呼んだんだよ。社長も安定しているし、そろそろ参加した方がいいだろうから」
「花咲さんもお腹にいるもんね。まずは私からかな。宮森と契約しているのは私だから、多分一番抵抗が少ないだろうし」
社長が頷く。
「あ、あの…えぇと…私よく分かってないんですが…どうすれば?」
「おいで、膝の上に。ほら、暮林さんだってストラスの上に座ってるでしょ?あんな感じでいいからさ」
「えっ…座るんですか?社長の膝に!?」
花咲は社内の社長狙いの女性陣の顔を思い浮かべて微妙な顔付きになった。こんなことをしていると知られた日には人生が終わる。花咲はとても遠慮がちにそろりと社長の膝の上に座った。重くないだろうか。
「宮森のものは私のものも同然…って、言うと語弊があるけど、宮森は私の使い魔だから、その妻である君も割と近い存在だとは言えるね…そんなに緊張しないでよ。ただ抱きしめるだけだから」
「だっ…抱きしめる!?」
「そうですよ。こんな風に」
ストラスは再びリツを恋人のように背中から抱擁した。リツは目を閉じてストラスに身体を委ねている。ルイに抱きしめられているイチカが小さく笑った。こちらは仲の良い友だちがふざけているようにしか見えない。
「大丈夫だよ。キスしたりしないから。されるのはリツだけだよ。お腹に双子がいるから魔力がたくさん必要なんだ」
花咲は社長の膝の上で緊張したまま彼の腕を感じた。社長の腕と密着した身体から魔力が流れてくる。お腹の辺りに少し熱を感じた。気付けば花咲は目を閉じて心地良い魔力に包まれて意識を解き放っていた。
「…花咲さん、大丈夫か?」
ハッとして気付けば花咲はなぜか常務の腕の中にいて、少し心配そうな彼に見下されていた。
「あれ…私…?いつの間に…?」
「覚えていないのか?社長から魔力を流してもらったあと、君は突然気を失ったんだ…大丈夫だ。別に何か急に困ったことが起こった訳ではないが…魔力を与えたら身体が女性になった。その間君は気絶していたんだ…」
「えっ!?」
花咲は真っ先に胸をつかんで、いつもはパットをいれて作っていた胸が本物の弾力を持っていることに気付いて目を見張った。次に恐る恐る下半身を確認する。
「あ…本当に…女性になったんですか?信じられない…」
「あぁ…私も、現実にチェンジできるとは思わなかったが、お腹の子に与える魔力が影響したのかもしれないな。我々が流し合っているのは…お腹の子のための魔力だから…先に母体を整えようとする子どもの意識が働いたのかもしれない。悪魔の子はだいたい、腹の中にいるときから意識ははっきりしているから…」
隣で心配そうに見守っている宮森の姿が見えた。目が合うとホッとした顔をする。宮森は、大きく息を吐いた。
「びっくりしたよ…何があったのかと思った…でも…良かった…このままだったら魔界に連れて行って…身体を女性に変えないといけないと思っていたから…」
言ってから宮森はしまったという顔をした。代わりに常務が言った。
「君が不安になるといけないから、黙っていたんだよ。男性の身体のままだと子どもを育てるには無理が生じるからね。どこかで身体の機能を完全に変える必要があったけれど、自力で変わるには君の魔力が足りないから、宮森と相性の良い社長の魔力を注ぐところから始めてみたんだよ」
「そう…だったんですね。知らなくて良かったかも。それを知ってたら早く女にならなきゃって…焦ってたと思うから…」
「それは普段の君の様子を見ている宮森が、君の性格をよく分かっていたから、黙っていることを選んだんだよ。これで晴れて君も悪魔の母になる準備が整ったという訳だ。おめでとう。このまま少し魔力を流すよ」
「はい…」
花咲は少し緊張したが、宮森が片手を握ってくれて頷いたので大丈夫だと思えた。無理やり組み敷かれて貪られながら、やっと少しだけ上がる魔力とは違って、流れてきたのは恐ろしく濃厚で酔いそうな程の魔力だった。花咲は思わず喘いだ。
「宮森…唇を塞いでやってくれないか?漏れてしまうから…」
「あ、はい…」
宮森の顔が近付いてきて花咲は唇を塞がれた。
「ゆっくり…鼻で深く息をして。力まなくて大丈夫だ。身体から力を抜いて…そう…」
花咲は常務の美声を聞きながら宮森に口付けをされている現実を受け止めきれずに、困惑しながら重厚な魔力を注がれていた。
「…この程度かな。あまり注ぎすぎても酔ってしまうからね」
常務が魔力を注ぐのを止めると、宮森はそっと唇を離した。
「よくできたね、楓」
宮森は微笑んで頭を撫でる。常務はひょいと宮森の膝の上に花咲を乗せてから、相変わらずストラスに魔力を注がれているリツのところへと移動した。
「リツ…随分と気持ち良さそうだな…」
「あ…ジーン…」
少しとろんとした顔のリツがジーンに向かって腕を広げる。ストラスの腕からリツを抱き取ると、風呂上がりのように身体が暖まっていた。
「もう眠そうだな…我々は先に自室に戻ることにするよ」
まるで子どものように抱きついたリツを連れた常務は部屋を出てゆく。
「イチカもそろそろ行こうか」
社長も笑ってルイとくっついていたイチカを抱き上げた。
「歩けるよ!ソーシ!」
「いいんだよ。そうしたいだけだから」
「おやすみなさい。良い夢を」
背中にストラスの声が聞こえた。部屋から出た社長は寝室のドアを開けたジーンの背中に声をかけた。
「今日はありがとう…助かったよ。その…花咲さんのことも含めて…」
振り返ったジーンは微笑んだ。
「社長も、仕事のみではなく…こういったことも含めて…もう少し他の悪魔や周りの人間を頼ってもいいと思いますよ。抵抗があるのは分かりますが…」
社長は頷いた。
「そうだね…玉座を放り出して君に押し付けてしまったのは…悪かったと思ってるよ。そういう負い目があるから、自分の存在が君の築き上げた国の不安材料にしかならないことも含めて…魔界には当分帰らない方がいいと思っているんだ。イチカは…魔界に帰りたかったかい?」
社長はイチカの顔を見下ろした。
「えっ…帰りたいかって言われても…ソーシが帰らないなら俺も帰らないよ?ソーシはさ、強がるけど寂しがりだし、放っておくと危なっかしいから…やっぱり一緒にいないとさ」
「そっか…うん…だよね。イチカならそう言うんだろうなって思ったよ。ごめんね、里帰り出産もさせてあげられないかも…」
「リツは双子だからこちらでの出産は危険な可能性もある…子どもたちの育つ速度によっては魔界に行って出産しなければならないかもしれない。ルイも同様にね。それでもイチカがこちらで出産をするのなら私やストラスは全面的にサポートするよ」
ジーンの言葉にイチカは頷いた。それから考えながらつぶやいた。
「こっちで産んで大丈夫ならそうするし…周りから見て危険だなって思うなら…そのときは…ちょっとだけ帰って出産してまた戻るってことも…するかもしれない。状況によってかな。出産なんかしたことないから分かんないし」
至極もっもともな答えに社長は頷いた。
「そうだね。イチカの言う通りかも。イチカの体調と医師の見立てによって変わるってところかな。うん…なんか一人で悩んで安全策を取って早めにイチカを魔界に戻したほうがいいかなって考えてたけど…やっぱりイチカが決めるべきことだったんだね…ごめん」
「え?そんなこと考えてくれてたのか?安全策とか…ソーシが一番取らなそうな感じだけど…って言ったら失礼か。いっつもなんとかなるでしょって感じだから俺の出産に関してもそうなのかなって思ったりしてたから…案外考えてたのが意外だよ…悩んでたのか?こっちこそ…ごめんな」
「あぁ…イチカ、やっぱり…君は頼もしいね。姿が変わってもリリスだった頃の頼もしさは変わらないよ…」
社長はイチカを抱きしめる腕に力を込めた。
「もう…ソーシも変わったようで変わらないな。でもちょっとは周りのこと考えられるようになったのは進歩かな。こっちの世界で揉まれて、甘やかされてきたお坊ちゃんも、少しは成長したんだな」
イチカは社長の頭を撫でる。ジーンの腕の中でほぼ眠りそうなリツが言った。
「仲良しだね…良かった…」
「あぁ、そうだな。では、おやすみ」
ジーンは微笑んで寝室に入るとドアを閉めた。




