向井&椎名の場合 4
その日の夜マゴトは会社で指導した向井と椎名にリビングで遭遇し、お互いにどこか気まずい顔付きのまま会釈をした。二人は社長と何やら話しながらアイスを食べていた。一緒に降りてきたケイはマゴトの開けた冷凍庫から少し迷って遠慮がちにストロベリー味のアイスを選ぶ。マゴトはラムレーズンのアイスを出すと再びリビングから出てゆく。その様子をちらりと見た椎名が、目を見張るのが分かった。
「今のってマコトさんの契約パートナーですか?めっちゃ美人じゃないですか!!」
「イツキ…」
呆れた様子で向井はたしなめたが社長は頷いた。
「そう思うよね。でもあぁいう子は逆恨みされやすいから、気をつけないと巻き込まれて怪我するよ?アサヒくんみたいにね。あ…この話って公表してないんだっけ、まぁいいか。通りすがりに親切にしたら腹を掻っ捌かれてアサヒも大変だったんだよ」
「えっ?そんなことがあったんですか?」
向井はゾッとする。そういえば彼が一週間ほど感染症で休んでいると今野から聞いたのを覚えていた。この時期にどこで何に感染したんだよ、とそのとき椎名は笑っていたが、そもそも一週間程度でそんな大怪我は完治しないだろうと冷静に思う。
「椎名くんも…ちょっと危うい感じがあるから、真面目な話、あの部屋にずっと住んでいたら、変な影響を受けて怪我する可能性はあるからね…まぁ…常務がその手のプロを呼んでお祓いしてくれるみたいだけど…まだあそこに住む?こっちのシェルターの方がまだ向こうよりは学校に近いし、出勤するついでにうちの社員が車で送ってるから、楽だと思うよ?」
「あの…逆に好条件過ぎて…怖いんですけど…」
「そうかな?そんなことはないよ。二人も魔力回復スペースのことは知ってるだろう?そこから派生して新しい魔力回復薬の開発や、若者向けの魔力回復シールもサプリメント的な扱いで売り出そうとしていてね。そこで、少々特殊な経歴の転生者のデータも欲しいんだ。要するに椎名くんと向井くんだね。君たちは異色の魔力パートナーだから面白いから治験にもってこいなんだよ」
言われた向井はビクリとする。確かに履歴書を出したから自分が何の転生者なのか社長が知っているのは当然だった。向井は養父に言われた転生前の気配を読み取らせない薬を今も服用している。養父はIQの高さのみで彼を選んだが、転生前の職業を分かっていて引き取った養父はかなりの変わり者だと思っていた。
「暗殺者と拷問官の契約パートナーなんて、滅多に出会えないだろうからさ。たとえ拷問官の方がヘタレでも」
社長は笑った。
「社長…ヘタレなどと面と向かって言わないで下さい。彼に対して失礼ですよ」
そのとき常務が苦笑しながらリビングに入ってきた。
「それはそうと…そろそろ時間なのですが」
「あぁ、もうそんな時間?でも今はちょっと口説いてるところだからさ」
「そう言ってまた結論を先延ばしにして苦手なものをはぐらかすのは良くないですよ?この先は私が説明しますから、二階のストラスの寝室に行って下さい。皆が集まっていますから。その代わり具合が悪くなったら我慢せずに、即中断して下さいよ?」
「はぁ…分かったよ、もう…大丈夫だよ」
社長は言うと立ち上がって言った。
「常務の方が説明は上手いだろうから任せるよ。じゃ、こちらも野暮用があるので、また明日」
社長はリビングから出てゆく。常務は冷凍庫を開けるとチョコレートアイスを片手にやってきて二人の前に座って顔をしかめた。
「社長の温もりの残るソファーは何とも気持ちが悪いな」
露骨に失礼なことを言って常務はチョコレートアイスを食べ始める。ラフなバスローブ姿に二人はやや目のやり場に困りつつ座っていた。少しはだけた部分からちらりと見てしまった向井は思わず目を泳がせた。鍛え上げられた身体をしている。
「そのうち慣れるよ。君たちを我が社に引き込みたいのは私も同感だ。ヘタレだ何だと言われても曲がりなりにも拷問官をやっていたなら、ここで暮らせば記憶が蘇るよ。向井くんの方もね。この建物は特殊な設計方法で…空間にも微量の魔力が漂うようになっている。だから呼吸をしているだけでも体調が整うようになっているんだよ。まだこの世界では確立されていない方法だから…違法建築だと言われればそれまでだが、立証可能な証拠もない。たまたま皆の体調がいいだけとも言える」
「えっ…?それは…つまり…」
「あぁ、私は異世界から来てここに滞在している…最初は旅行者気取りだったのだがね。訳あって拠点が必要になった。ある程度予想はついていると思うが…政府が札付き転生者を回収しろとうるさいから…それに応じて回収を行うために来た…と言えばそれなりに体裁も整うだろう」
彼はチョコレートアイスを食べながら笑う。
「あの…体裁が整うというのは…つまり本当の目的は別のところにあるということですか?まさか…侵略!?」
向井の言葉に常務は面白そうに笑った。
「侵略するつもりなら、とっくにやっているし、そんな面倒なことはするつもりもないよ。私は一人の堕天使の転生者を探していたんだ。その魂はもう見つけて自分の手に入れたから私としては目的は達成した訳だが、まぁ、もう少しこちらの世界に干渉してもいいかと思ったから滞在している」
「あの…異世界って…どちらから来たんですか?」
こういう質問をするときは向井が話すのだと思ってジーンは隣で強張った顔のまま沈黙している椎名を面白そうに観察した。
「こちらの世界の者が魔界と呼ぶ場所だよ。私は悪魔だ。社長もね。転生していたが元に戻した。社員の中には悪魔に戻した者も何人かいるし、その過程でパートナーも共に悪魔になった者もいる。皆が希望したからそうなっただけで、無理強いした訳ではないよ。それに現役の天使も数名滞在している。天使とは敵対している訳ではないからね。ごく一部には合わない者もいるが、それはお互いさまだろうな。人類だからというだけで皆が仲良くできるなら、そもそも下らない戦争などは起こらないだろう」
「あ…悪魔??じゃあ…暮林さんが…探してた堕天使だったってことなんですか?悪魔って…転生者の数も少ないですよね?」
「ご名答。私の現在の役職は一応国王だからリツは王妃だな。社長が先の魔王と呼ばれた存在だから、区別するのに国王を名乗っている…と、ここまで明かしたのは君たちをこちら側に取り込むためだよ。悪魔は美しかったり変わっていたり…面白いと思った魂を同族に勧誘する。ルイも然り…アサヒも然り…いずれはコーキも…君たちは二人揃って社長が手に入れたいようだから…恐らくあの手この手でこの先も誘惑してくるよ。別に今すぐでなくとも、死ぬときに魂を渡す契約もできるが…」
「あのっ…じゃあ、マコトさん…は?」
「あぁ…彼は私の使い魔…要するに直属の部下だよ。契約パートナーはまだ人だが…そのうち悪魔にするんじゃないかな。彼は拷問官の仕事もしていたことがあるし…敵は問答無用に排除する。敵というのは、我々とはまた異なる世界からやってきた野蛮な悪魔たちのことだ。首都圏を騒がせた者たちに関しては、総理大臣からの要請もあって排除したが、完全に全て駆逐したとは言い切るのはまだ時期尚早かもしれない。だからこの世界の拠点を守る意味でも…少々気を配るついでに、君たちが野蛮な悪魔に奪われないように手元に置くという措置を取ろうとしていると理解してもらうと話は早いかもしれないな」
「手元に置く…?」
向井が不審そうに首をひねると常務はニヤリと笑った。
「悪魔もね、この世界の空気では魔力を安定させるのが困難なんだ。たからパートナーと交わって魔力を上げる者が多い。要するに君たち契約パートナーと同じ行為をする。そして統計的に君たちのように特殊な経歴の転生者の方が魔力は増幅させやすいんだ。要するにフリーの異世界の悪魔がいた場合に、君たちは狙われやすい…幸か不幸か、たまたま今住んでいる物件のせいで魔力が上がらず悪魔に目を付けられずに済んでいたが、この先はどうなるか分からない。だから中途半端に関わるくらいなら懐に入れてしまった方が守りやすいしお互いの利益にもなるという訳だ。さぁ、どうする?」
「どうするも何も…選択肢はないんですよね?」
向井が恐る恐る口に出すと常務は事もなげに言った。
「いいや。君たちがやはりあのアパートに戻って今日のことはなかったことにして暮らしたいのなら、今日丸一日の記憶を消すのみだ。多少何かおかしいと後から思うかもしれないが、その程度の話だよ。私たちも今後君たちには関わらないし…向井くんは…そうだな。別の会社で働くことになって、椎名くんは就職先が見つかるかどうかも怪しいところだな。君たちの転生前の経歴を開示されたら…雇用してくれる企業は自ずと限られる。ブラック企業か…裏社会と関わりの深い企業か…その途中で異世界の悪魔にうっかり遭遇したら人生はほぼ終わる。奴らは加減を知らないから魔力を吸い尽くして見るも無残な死体が出来上がるだけだ…アサヒは死ぬ寸前で回収したから私が悪魔に変えるしかなかったんだ。本人が生きたいと望んだからな。正直なところ君たちがそんな風になるのは見たくない」
十分に脅されていると向井は思った。同時にアサヒが一週間程度で何事もなかったかのように戻って来られたのは、悪魔になったからだったのだとようやく腑に落ちた。今野が休んでから登校してきたら彼が元気過ぎてズル休みだったんじゃないか、などと勘ぐっていたほどだ。ここで断れば死ぬ寸前でも回収されないかもしれない。どう考えても分が悪いと思った。
「椎名はどうしたい?」
向井が尋ねると椎名は肩をすくめた。
「俺は…向井に合わせるよ。今まで散々迷惑かけたからさ」
向井は頷いた。
「…セラヴィで…働きたいので…これからよろしくお願いします」
向井が丁寧に頭を下げると常務は頷いた。
「ようこそ。私は君たち二人を歓迎するよ」
一瞬目の前の相手が長い黒髪に赤い目をした人物に見えた。その頭にはねじ曲がった角が生えている。身体が今よりも二倍ほどに大きくなったかのように見えたが、それは一瞬で、相変わらず目の前には端正な顔立ちの外国人がくつろいで座っているだけだった。向井と椎名はたった今見た姿が恐らく本来の彼なのだろうと思い、向井は向井で自分の選択が今後自分たちにどう影響するのかを考えて少し鳥肌が立ったほどだった。引き返せない、ただそれだけは確かだった。




