向井&椎名の場合 3
向井と椎名は久々にまともな夕飯を食べたことに満足していた。荷物を置かせてもらったシェルターも新しく清潔な部屋で風呂とトイレが完備されていた。
「えー今のボロアパートよりめちゃくちゃ綺麗」
椎名は歓声を上げる。
「あの…ちなみに…家賃は?」
「あーシェルターは家賃かかんないよ。だって未成年は支払えないことも多いし、セラヴィが負担してる。社会人になっても利用し続けるならまぁ…そこは要相談だけど、働き始めたら原則寮の方に移ってもらうからさ」
社長が鷹揚に笑う。実際には魔界の資金が動いているが詳細を語る必要もないと思った。セラヴィでも見た魔力回復スペースがどこにあるかを確認してリビングに戻ると、また見覚えのある顔が増えていた。
「あ…」
三夜美と話していた光輝が、二人の姿を見てやや警戒する表情になる。椎名は思わず両手を上げた。
「何もしないよ!!っていうか、君に絡んだことないでしょ?君みたいにガタイのいい子はタイプじゃないし!」
「…何を言ってるんだよイツキ。ごめんね、一ノ瀬くん。それに…えぇと…」
三夜美の姓は今どうなっているのかと思いながら、向井は何と声をかけていいものか分からず困り顔になる。今野が話していたから経緯はなんとなく知っていた。そこに深く考えてもいない様子の椎名が爆弾を投下した。
「もしかして二人って契約パートナー?」
「は…?いや…お互いパートナーは別にいますよ…」
思わず嫌そうな顔をした光輝に椎名は謝った。
「あぁごめんごめん、君ノーマルだもんね。俺らみたいのとは違って」
「……」
光輝は押し黙ってから首を横に振った。
「俺の契約パートナーは…男性ですよ。でも先輩って口軽そうだから…紹介したくない…」
「うわ、信用ないな、俺。で?ミヤビくんは?」
突然面識のない相手に名前で呼ばれた三夜美は戸惑いつつも口を開く。
「僕も…パートナーは男性ですから…先輩方と一緒です」
返事を聞いた椎名は破顔した。
「なんだ、みんな仲間じゃん。キモいって思われるかなって警戒して損したな…あ…でもよく考えたらルイもだから…そんなに身構える必要なかったのか…」
そんな話をしているタイミングでインターホンが鳴る。どこか慌てた様子の光輝がリビングから姿を消した。向井は止めたが椎名は面白がって顔を出す。
「おかえりなさい!」
階段を降りてきた若い女性が抱きついた相手の顔を見て椎名は見間違いだと思って再度確認してしまった。その隣の相手が光輝の頭を撫でているのが見えて、慌てて椎名は頭を引っ込める。世間では契約パートナーになるのも時間の問題だと噂される二人だ。けれども、あの様子を見る限りでは、実態はそうではないと椎名は確信した。なぜ一ノ瀬光輝が?と椎名は考える。
「ヤバいの見ちゃった…!」
椎名の様子にまた大げさなと向井はため息をついたが、やがて少ししてからリビングに入ってきた二人と光輝、それに白く輝く髪のオッドアイの女性に呆気に取られてしまった。光輝は不本意そうに言った。
「同じ学校の先輩方です。アパートに地縛霊がいて、ヤバいからって今日からシェルター利用するらしいんで…すみません、きさらぎさん、がっつり口止めしておくんで…」
「こんばんは。君たちもここに出入りしてるのがバレたら、何かと記者に僕らのことを聞かれることもあるかもしれない…そのときは、単なる友人だとでも言っておいてくれると助かるし、お互いの契約パートナーについて話されるのも少々手間だから…黙っていてもらえるかな」
きさらぎきりとに微笑んでそう言われると断れないし約束を破りたくはないと、椎名は思ってしまった。光輝はどこか気まずそうに隣の遠野圭一朗の顔をちらりと見る。光輝の肩に手を回した彼はさりげなく、そのこめかみに口付けをして見せた。
「僕が現実に押し倒したい相手はコーキだけなんだけどね…衝撃的な番宣のせいで、世間は勘違いしてるみたいなんだ」
遠野の言葉に光輝は明らかに慌てた顔をした。平気な顔で受け流すのだろうと思っていた椎名は光輝の慌て具合に、意外なものを見たと目を丸くする。
「ケイくん…!そういうこと、人前でしれっと言わないでよ。恥ずかしい…」
「あーコーキが照れてる」
やってきたルイにまでからかわれて光輝が赤くなっているところに宮本が帰宅した。
「いや…ゼミの先輩方に捕まっちゃって…遅くなりました。ミヤビ、体調は大丈夫!?」
入ってくるなり三夜美の心配をするこの青年が三夜美の契約パートナーだと椎名も向井もすぐに気付いてなぜかホッとした。芸術家体質の転生者の中には過激なパートナーと付き合う者も少なからずいる。すでに大学に進学した元同級生の中にもそういう者がいたから、絵の上手い三夜美のパートナーがそうであっても何らおかしくはないと思っていたせいだった。彼は帰宅するなり三夜美を抱きしめて、三夜美の方が少し恥ずかしそうな困った顔をしていた。
「僕の契約パートナーの宮本さんです…」
三夜美は恥ずかしそうな顔のまま言った。
「僕たちもここに来て日が浅いので…まだ慣れた訳ではないですけど…食事も美味しいし、魔力も足りなくなることがなくなったから…先輩方もきっと身体が楽になると思います」
三夜美の言葉に椎名も向井も同時に頷いていた。
「久々にちゃんとした飯食ったなって思った。やっぱり食うもんケチって魔力回復薬に逃げるのはダメだね…俺、ちゃんとしようって思うからさ。ミチ、今まで見捨てないで付き合ってくれて…ほんと…感謝してる…」
椎名の言葉に向井は口元に手を当てて、思わず明後日の方向を向いた。
「イツキが素直だと…なんか調子狂うなぁ…」
***
同じ頃、ジーンはタブレットで魔界と通信をしていた。膝の上にはリツを乗せている。画面の向こうにはエストリエともう一人の悪魔の姿があった。それはベルゼブブだった。役職としては彼とベルフェゴールは変わらない地位にある。
『なぜ私がわざわざそちらに出向いてまでその悪霊を食わねばならないのですか…陛下だってそんなものを食べたところでそれほど影響は出ないでしょう…』
「…私は今、妻の腹の子に毎日魔力を注がねばならないのだから、明らかに触りのあるものは少しでも取り入れたくはないんだ。それにその霊は場所に縛られているから、回収してそちらに送り付けることもできない…だが、まぁ気乗りしないのなら無理にとは言わないよ。こちらに来たら天使の絶品料理を食べる機会もあったのだが…ま、興味はなさそうだな…悪かったよ、では…」
通信を終えようとするジーンに向かって画面の向こうの悪魔は慌てた顔をした。
『ま、待って下さい!天使の絶品料理!?それはいかなるものなのですか!?』
「君…こちらに来ないのにそんなことを知っても意味はないだろう?和洋中…なんでもありだ」
『い、いや…行くのが嫌な訳ではないのですよ…その…私だけではなく…懇意にしているサキュバスを…一名同行しても良いのでしたら…すぐに出発できるのですが…』
「別に構わないが…なぜだ?」
『その…急に…子どもが欲しいと…言われましてね。実は…王妃の妊娠を知った日からずっと言われ続けているのですが…若い頃から長年避妊薬を使っていたせいなのか…子どもができにくい体質になってしまったようでして…少々…今は不安定になっているので…置いていくのが心配なのですよ…』
画面に写り込んでいるエストリエがニヤリと笑うのをジーンは見逃さなかった。どこか涼し気な冷たい顔をしたこの悪魔がまさかこんな本心を隠していたのかと、思っているに違いない。
「同行を許可しよう。で、その者の名前は?」
『エイシェトです…』
「なるほど。エイシェトか。現役のサキュバスが一名いた方がこちらもちょうど聞きたいこともあったし…アスモデウス元帥に魔法陣を稼働させるように頼んでおこう。君の方が悪霊の取り込みは正確だし早い。助かるよ、では会えるのを楽しみにしている」
ジーンは満足気に微笑んで通信を終えた。




