今野&加納の場合
リツは加納が来る前に常務室に一時避難をしていた。折しも社長室から出てきた宮森が驚いた顔をする。学校とテレワーク組に分かれていて出社していないはずだったからだ。ジーンは手短に説明をして常務室に入る。ジーンはドアを閉めるとすぐにソファーに移動した。ジーンは医務室の気配を探りながらソファーに座ってリツを抱きしめた。やはり先ほどの出来事がショックだったのかリツの魔力はいつもよりも乱れていた。ジーンは唇を重ねて魔力を補う。こちらのリツのお腹には子どもはいないが、あのときリツが真っ先にお腹を庇ったことにジーンは気付いていた。無意識のうちに自分よりも腹の子を守ることを優先するのかと思うと、なんとも形容しがたい感情がこみ上げてくる。それに、ガブリエルに先を越されたことにもジーンは自分自身に対して苛立ちを感じていた。ほんの一瞬ジーンは今野を斬るのをためらったのだ。なのにあの天使は少しも迷わなかった。一方でリツの方はジーンから注がれる魔力を受け取って、少し息を乱していた。
「リツ、少しは…落ち着いたか?」
「うん…」
頷いたリツは再びぎゅっと彼に抱きついてきた。小さな子に戻ってしまったような動きだ。ジーンはゆっくりと背中を撫でながらリツを落ち着かせる。ジーンのパソコンの画面には医務室が映っていた。途中で頭が痛いと鎮痛剤代わりにブエルの魔力を貰いに来た多田ひまりが映り込む。
「…わざと見える位置でやってるな…まったく」
白衣の医師が多田ひまりを抱きしめて長々としつこいほどに口付けを交わすのを見せられたジーンは食傷気味に呟いた。そのとき内線が鳴ってブエルが慌てて出るのが見えた。
「どうやら加納くんが到着したようだな」
ジーンのつぶやきにうっかり画面を見てしまったリツは再び名残り惜しそうにキスしているブエルと多田を見てしまう。多田が医務室から去るとブエルはこちらを見て明らかにドヤ顔をした。
「私たちもやってることは大差ないか…」
ジーンは諦めたようにそう言って再びリツに優しく口付けを始めた。
***
今野はベッドの上で目が覚めた。どこだろうと思って職場体験に行く先輩についてきたことを思い出した。何かを忘れているような気もしたが、考えようとしてそこに加納翔吾がいることに気付いた。
「具合悪くなって倒れたって聞いたからさ…」
加納はどこか怒ったように言って参考書を閉じるとカバンの中に入れた。
「あのさ、椎名先輩には契約パートナーがいるんだから…頼るのは止めた方がいい。イズミが何に苛ついて自暴自棄になってんのか分かんないけど…オレが解消するよ…」
「…ショウゴには…無理だよ…」
今野は顔を背けた。今はその真っ直ぐな瞳を見るのが辛い。身体を動かすと背中の痛みはほぼ消えていた。
「どうして?イズミはさ、ルイになりたかったんじゃないの?ルイに酷いことしながら、本当はそうなることを望んでたんじゃないか?」
加納は突然立ち上がると今野の首に両手をかけた。絞めそうで絞めない。今野が加納を見上げると今度は片手で両目を塞がれた。加納は耳元で囁いた。
「キスしていい?」
今野の返答を待たずに唇が重なるのを感じた。ほんのわずかに触れただけなのに、どういう訳か背中に痺れが走って今野はビクリとした。少しの間今野は加納の体重を感じた。こんなに重かっただろうか。それとも自分があまり成長していないだけなのか。久々に触れた加納の手のひらはやけに大きく感じた。
「イズミ、俺がイズミの契約パートナーになるよ。中学卒業して十六歳になったらすぐにでも。だから今はその前段階の慣らしだと思ってほしい…だから煙草も止めなよ。最近ぼんやりしたり苛々したりするのは煙草のせいもあると思うよ?」
「……そんなに匂う?」
「煙草吸ってない人は分かると思うよ?それに、せっかくセラヴィに来たんだから、自分に合う魔力回復薬のサンプルを貰ったら?それと併用して…俺と付き合えば今よりは体調だって良くなると思うよ?」
加納に言われるとそんな気もしてくる。今野は頷いた。
「…いつから…付き合うって選択肢が出てきたの?加納はそういうのじゃないと思ってたから…」
「いつって…ルイがいなくなってから…かな。オレはイズミが何だかんだ言いながらもルイと付き合ってそのうち暴力的な衝動も治まるんじゃないかって思ってた…でも、違って…逆になってったからさ。オレ見ちゃったんだよ。旧校舎でイズミがやってること…それについては謝るよ。ごめん。一緒に帰ろうって誘おうとしたら、イズミが旧校舎に入って行ったから…追いかけたんだ…それで…」
「あーマジで?ショウゴには見られたくなかったな…」
今野は予想以上に自分がショックを受けていることに気付いた。
「床に這いつくばって…犬みたいだっただろ?」
「犬っていうか…あぁいうプレイがしたいの?イズミは…」
「いや…最初の頃は…それで魔力が上がってたから…自分に合ってるのかと思ったんだ。でも…繰り返すうちにだんだん魔力も上がらなくなって…どんどんハードな方に傾いていったっていうか…」
そのときカーテンの向こうで咳払いが聞こえた。
「ちょっといいかな?私は医者だ。入るよ?」
カーテンを開けて入ってきた中年の医師は二人の顔を見下ろして言った。やけにくっきりした濃い顔立ちだ。ネームプレートには武衛と書かれているから恐らく日本人なのだろうが、少し国籍不明にも見える渋い顔立ちをしている。彼は入ってくると説明を始めた。
「一定の刺激による快楽や苦痛と共に魔力量が上がることは確かに学術的にも証明されているが、何事にも限度はあるんだよ。今野くんの場合は…その状況に慣れるのが早かったんだろう。君の具合が悪くなったときに、薬物を使ったことがないか君の先輩に聞いたら教えてくれたから私はその事実を知ったが…学校に報告してもいいことはないし、下手すると君は更生施設送りになるかもしれない。要するに大人の魔力回復薬に慣らされた身体から少しずつ年齢に合った正しいものに薬を減らす必要があるということだ。そこで提案したいのだが、我が社の治験に協力するという体で、こちらとしては君の治療を行うこともやぶさかではない。ここは転生者の救済所とも言われるセラヴィだからね?同時に加納くんには、今野くんに合った正しいやり方で、契約パートナーの慣らしを開始してもらう。接種する薬の量を減らすにはやはりパートナーがいた方が効率的だから…」
二人の少年は白衣の医師の言葉にお互いの顔を見合わせた。今野が眠っている間におおむね説明を受けて納得していた加納はすぐに頷いた。
「オレ…やります。それでイズミが楽になれるのなら」
すると白衣の医師は少し微笑んだ。
「今野くん、君は友だち思いの幼馴染がいて幸運だと思うべきだよ?皆が皆…とことん付き合ってくれる訳じゃないんだからね?友人から…その先の関係になってもいいと申し出てくれる相手に恵まれない者がどれだけいると思う?加えて我が社には正しい拷問…いわゆるハードプレイでも怪我をしないやり方を指導できる者がいるんだ。君の先輩にも指導することになったよ。私の息子だ。マコト、入っていいよ」
呼ばれたマゴトは不本意そうな顔をしながら二人の少年に見上げられる。彼は別にそこまで拷問を好む訳でもない。ただ仕事の一環として一通り知ってはいるし、魔界のインキュバスやサキュバスの中にも虐げられて喜ぶ者がいるから経験ならあるという程度の話だった。経験ならあるとマゴト本人は思っているが、悪魔本来の見た目の凶悪さに怯む者もいるが、そこさえクリアすれば意外と彼とは楽しい時間を過ごせたというインキュバスやサキュバスも一定数存在していることに、彼自身は全く気づいてはいなかった。しかも彼の顔を見た今野は明らかに期待と尊敬を込めた眼差しを向けてくる。隣の加納も興味深そうな顔をした。
(拷問を指導するのか…?不本意にも程がある…)
それはむしろフルフルの好む分野だ。マゴトは内心で盛大なため息をついた。




