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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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今野の場合 2

 同時刻、旧校舎裏で高等部の先輩に掴まえられて、濃厚な口付けを交わしていたベルは、不意に小さな悲鳴を聞いて顔を上げた。


「どうしたの?ベル…?」


「なんか、悲鳴聞こえなかった?」


「そんなの…いつものことだよ…」


 彼は再び唇を重ねてくる。ちょっと魔力のつまみ食いをするつもりが、強欲で面倒な相手に出会ってしまったとベルが思ったとき、再び悲鳴が聞こえた。


「いつものことってどういうこと?」


 相手の両手首を押さえて素早く身体を入れ替えて逆に壁側に追い詰めると、相手はどこか嬉しそうな顔をした。


「だから…そういう趣味の奴らがつるんでんの。分かるよね?俺らみたいなのより過激なことをしないと魔力量が上がらないんだよ…近付かない方がいいよ」


 ベルは気配を探る。何か変な気配がする、と思ったところで近付いてくる足音が聞こえた。草を踏む音が軽い。一人二人。


「…どこに行ったかと思えば…心配して損したな」


 呆れたように小学生姿のジーンに言われて、ベルは慌てて掴んでいた相手の手首を離した。彼は途端に挙動不審になり顔を背けるとカバンを手に取って走り去る。ベルは大きく伸びをした。


「……だいたい…誘ってきたのは向こうだし…大した魔力もないし…旨味はなかったなぁ…」


 ベルは緩めていたネクタイを律儀に元に戻した。


「高等部の制服だったね…」


 リツにまで苦笑されて彼は微妙な顔をして押し黙ってしまった。その時再びかすかな悲鳴が聞こえた。ジーンは眉を寄せる。


「やれやれ…関わらない訳にもいかないか。相手が少し…ハイになっているようだ。力加減を誤れば今野が死ぬかもしれない…急ぐぞ大佐」


「えぇ?何やってんですか?旧校舎でハードプレイでもしてるんですか?」


「まぁ…そんなところだな」


「学校ですよね?ここ」


「さっきまでディープキスしてたくせに何を言ってるんだ?」


 悪魔らしくないベルフェゴールの言葉にそう返したジーンにリツはうっかり苦笑したが、いくら発達が良さそうに見えるからと言って付属小のベルを捕まえてキスをする相手も相手だとリツは思った。



***


 

「止めろ、やり過ぎだ!」


 向井は椎名を止めようと後ろから羽交い締めにしようとしたが、振り払われて柱に頭をぶつけて呻いた。それでも起き上がる。契約パートナーを犯罪者にする訳にはいかない。椎名の足元に転がった今野は、吐瀉物に汚れた顔のまま虚ろな目をして痙攣している。


「イズミ、まだだろ?もっと欲しいよな?」


 椎名は鞭を振り上げる。そのとき教室のドアが開いて見知らぬ男性が二人入ってきた。


「あ?誰だよ?邪魔すんな!!」


 椎名は叫んだが、向井が椎名の足にすがりついて言った。


「お前、イズミをよく見ろ!!意識がない!」


「…やり過ぎだ。加減も忘れたか」


 男性は今野を抱き上げると冷たい声で告げた。向井はやけに痛む頭の後ろに手をやってぬるりとした感触にゾッとした。指先が赤く染まる。


「あー切れてんな、お前はちょっと寝てろ」


 椎名の頭をもう一人の男性が掴むと彼はそのまま意識を失う。彼は向井の頭にタオルハンカチを当てて圧迫した。ハンカチなんか要らないと言ったがポケットに突っ込んだカイムに大佐は感謝する。そのことを忘れていて使っていなかったのを、たった今思い出したのだった。


「ちょっと話も聞きたいから移動するよ。少し圧迫しておけ。俺はこいつを運ぶ。ったく…拷問官だか何だか知らないが、半端に戻った知識をこっちで使われると迷惑なんだよ…」


 彼はぶつぶつ文句を言った。外国人なのにペラペラ日本語を話すなと向井はぼんやりしながら思う。


「外を通ると面倒だな。ショートカットするか。君は向井くんか、今日見たことは後で忘れて貰う必要があるかもしれない…少し待て。道を繋ぐ…」


 ジーンはそう言うと教室の端にあるロッカーを開けた。いつもはモップとバケツが入っているのに、そこにあるのは真っ暗な空間だった。彼は空間に向けて片手を差し出して沈黙する。向井は目をしばたいた。


「リツ、彼と手を繋いでやってくれるか?」


「うん、分かったよ。絶対に離さないでね。変なところに出ちゃうと回収できないから」


 小学生姿のままのリツに見上げられて向井は頷いた。片手を差し出すと手が血で汚れていた。向井はハッとしたが、少女は気にする素振りもなくその手を握ると、先に今野を抱えた男性がロッカーの中に消えるところだった。手を引かれて彼も後に続く。なぜこんなに広いのかと彼は不思議に思った。壁の裏でもない。後ろから椎名を抱いた男性がやってきて四苦八苦しながらロッカーを通り抜けた。しばらくの間暗い空間を進むと、遠くにポツンと明かりが見えた。


「リツ…ノックしてくれ」


 言われたリツが特徴的なリズムで明かりの漏れる壁を叩くとそこが開いて白衣姿の男性が立っていた。やはり出口もロッカーだ。


「どうしたんです!?あーこりゃひどいな。何の薬物を使ったんだ?完全にバッドトリップしてるだろ…」


 振り返ったジーンと目が合った向井は重い口を開いた。


「…魔力回復薬の入った煙草を数口…吸いました…その後…これを…」


 向井は魔力回復薬の袋をカバンから取り出す。椎名がネットで購入したものだった。外袋の裏の成分表を見た医者は片方の眉を上げた。


「…こういう胡散臭い薬は買うなよ…人によっちゃ、効きすぎることもある…」


「すみません…契約パートナーが買って…今野くんに飲ませました…どうやっても魔力量が上がらなくて…」


 話している間にジーンは今野をベッドに寝かせて身体を拭いていた。それから静かに唇を重ねる。何度か繰り返して魔力を注ぐと、小さなうめき声が聞こえた。


「…っ…え?桜井先生…?」


「今野くん、君は少し危なかったよ。あのとき私におねだりしたキスは今返したからな。まったく…世話の焼ける…」


 ジーンはテキパキと点滴の準備をすると今野の腕に針を刺した。


「先生…どうして…?」


「別に理由はないよ。たまたま通りがかったら君が虚ろな目をして痙攣していたから連れてきただけだ。ご両親に連絡しておきなさい。ここは私の勤務先のセラヴィ株式会社の医務室だ。就職予定の友人と会社の見学をしていたら具合が悪くなって医務室で休んでいるとでも言えばいい。背中の傷は…点滴が終わったら治そう。少しは自分の欲望が何を招いたかについて、反省することだ」


 ジーンはそう言ってカーテンを閉めて出てゆく。枕元に置かれたスマホを今野は手に取った。少しだけ手が震えた。医師の武衛として医務室を預かるブエルは向井の頭を治療していた。


「この程度ならすぐに治るが…問題は頭の中だな…」


 彼はそう言いながら彼の頭に手を当てる。なぜかじんわりと頭全体が温かくなるような感覚がして、向井は不思議に思った。しばらくすると彼は向井の顔を見て頷いた。


「脳みそは無事みたいだな。ちょっと皮膚が裂けただけだ」


「…向井くん、君、いつだったか職場体験に来ていただろう。私は一度見たら忘れないんだ。もっとも…会ったときにはこの姿ではなかったから分からないと思うけどね」


 彼はいつの間にかかけていた眼鏡を外す。黒髪がやや明るい茶色のウェーブがかった長めの髪に変わり、鋭い碧眼が彼を見下ろしていた。彫像のように整った顔立ちのその人を向井は忘れるはずがなかった。契約パートナーである椎名が暴走気味に接してきた翌日、向井は体調不良のまま申し込んだ職場体験の日を迎えてしまい、会社に到着したまでは良かったがふらついて倒れそうになり、彼に支えられたのだった。


「あ…じ、常務…」


 向井は絶望的な顔になる。椎名のせいで大怪我をして留年した向井は卒業したら就職するつもりだった。セラヴィが第一希望だったのに、こんなところを目撃されたのでは人生は終わったも同然だと彼は思った。顔を覆った向井の肩に小学生のリツが触れる。


「大丈夫だよ。そんな全部がおしまいだ、みたいな顔しないで」


 顔を上げると隣に座っているのは小学生ではなく、自分と大差ない年齢のボーイッシュな女性だった。向井はハッとする。


「え…?暮林さん?ルイを…助けたでしょ?違う?あれ?でもあの子は男の子か…」


「違わないよ。本当は女の子だから。あのときは調査で学校にいたんだ…そっか、向井くん、あのとき屋上にいたのか。ルイしか見えてなくて…」


 カーテンの向こうで物音が聞こえた。


「暮林リツだって!?」


 今野の叫び声が響く。リツは困ったようにこめかみに手を当てた。


「頭…痛い…前はこんなこと…なかったのに…今野くんの何が…引っ掛かるんだろ…」


 ジーンは仕方なくカーテンを開けにゆく。そして今野に告げた。


「リツは女性で今は私の妻だ。君はラグエルの一部を有する転生者…だが一部だから完全な天使としての記憶を持たない。リツはフィランジェルだ。君は覚えていないだろうが…恐らく君はフィランジェルを陥れる発言を神の耳に囁いた…私が想像しうるのはこの辺までだ。君はガブリエルに好意を寄せられているフィランジェルに嫉妬でもしたのだろう…悪魔と交わったとでも言ったのか?ま、君の言葉は遠い未来に起こりうる事実の一つではあった訳だが。フィランジェルはここで悪魔である私の妻になったのだからね」


 今野は失禁した日に見えた光景を思い出していた。リツの背後に見えていた悪魔の正体は彼だったのかと思う。ガブリエル?と今野は首をひねった。何だか嫌な感じはある。だがフィランジェルというこちらの名の方が遥かに気になる。脳裏に唐突に銀髪で青い瞳の天使が浮かび上がった。


「ちっ…違う!違うんだ!いや…違わないけど…僕は…フィランジェルに告白したんだ!でも振られて…その腹いせに…罪を捏造したら…斬られて…身体だけじゃなく意識も…バラバラになった…!!そうだ、思い出した!なんで忘れてたんだろう…僕がこうなったのは…全て…お前のせいだ!」


「え…?」


 リツは鈍く痛む頭を押さえて今野の方を見た。


「なるほど。しかし、振られた腹いせに罪を捏造するなど、天使にあるまじき行いだな。それは意識がバラバラになっても仕方ない。フィランジェルのせいではなく君の責任だ。その責任を他人のせいしている限り、君は幸せになるのは難しいよ」


 ジーンはリツの手を取って立たせると自分の隣に立たせた。ブエルはその間に椎名を別のベッドに寝かせて念の為に手足を拘束してから、魔界の薬を注射する。少し強い欲求をなだめる際に使用する鎮静剤の一種だった。彼はタブレットで椎名の転生前の情報を調べていた。異世界の拷問官だ。彼は相手に苦痛を与えることで魔力量が上がると思い込んでいる。だが果たしてそうだろうか。そう考える間にも、今野はジーンにリツが抱きしめられるところを見せられていた。まだ中学生相手にこの悪魔も少々大人げないと思いながらブエルはその様子をチラ見する。


「君がフィランジェルを陥れようと憎しみを燃やしていた頃…我々はこうして戦いの途中で、一度だけ抱きしめ合ったのみだった。君だって勝手に嫌がるフィランジェルを抱きしめたな?だが君と私との違いはただ一つ。私は拒まれなかった」


 リツは困ったように今野を見ている。リツはようやく自分の痛みの理由を思い出していた。無理矢理抱きしめられたときにフィランジェルは逃れようとして、そこをラグエルに殴られたのだった。鈍い痛みと絡みつく腕の感触が不快でフィランジェルは叫び声を上げ、そこにガブリエルが現れた。だが、フィランジェルを救ったはずのガブリエルもそっとフィランジェルを抱きしめて唇を重ねてきた。フィランジェルの涙を見たガブリエルは謝罪して静かにその場を去った。あのとき、ガブリエルは剣を抜いていた。


「ガブリエル…?まさか…」


 フィランジェルとリツは同時に思い至った一つの可能性にハッとして息を飲んだ。


「…ラグエルを…バラバラにしたのは…もしかして…ガブリエル?」

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