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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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アルシエル&ルシフェルの場合 1

 イチカが眠った後で社長は静かに部屋を出た。魔力で満たしたからしばらくは大丈夫だろう。階下に降りるとストラスとジーンがいた。ストラスの膝の上にはリツがいて、ジーンの膝には少女姿のルイが乗っている。イチカも起こして連れてくれば良かったかと思いつつも、彼は近くのソファーに座った。


「私を呼び出すなんて珍しいね、どうしたの?」


 ストラスが社長の前に光輝の父が置いていった酒とつまみを置く。一口飲んだ社長は目を見張った。


「さっぱりしていて飲みやすいね。美味しいよ。で?単に美味しい酒を飲ませるのに呼んだ訳じゃないよね?」


「えぇ。今手がけている新事業に関してですが…」


「仕事の話は会社でしようよ」


「いえ、会社で話題にするにはちょっと…今の事業が軌道に乗ると、この世界の人口減少を更に加速させ、この世界の滅亡を早める可能性があるという点について、社長はどうお考えなのかと思いまして」


「…個別の魔力回復薬と魔力回復シールの何が滅亡に関わるの?」


 社長は酒をもう一口飲む。


「リツ、もしも今ここにあらゆる悪魔の個別の魔力を詰めた魔力回復薬があるとしよう。そうしたらどうする?」


「え…?」


 リツは思わず助けを求めるようにストラスの顔を見る。ストラスは苦笑しながら口を開いた。


「では、ここにもしも俺の魔力を詰めた魔力回復薬が一本あるとします。私はいない。リツさんはどうしますか?」


「えーと…その魔力回復薬を飲む…?」


「ですよね。俺がいる必要がなくなるんです」


「……まぁ…そう…だけど…それと人口減少とがどう関わって…あ!」


 リツはハッとしたように顔を上げた。魔力回復薬があれば今していることを行う必要がなくなる。ジーンは重々しく頷いた。


「それが仮に契約パートナーだった場合…今までのように契約パートナーがこなしていた役割が魔力回復薬で事足りてしまう。相手なしに一人でも完結する世界になると、今までのように契約パートナーから関係が深まるにつれて結婚に至る者も減少し、その結果出生率も更に下がる…」


「いやいや、それはそうかもしれないけどさ、さすがにこの世界の滅亡は大袈裟なんじゃない?」


 社長は髪を掻き上げて笑う。


「そうでしょうか。この世界の新生児の人口の約半数を異世界からの転生者が支えている事実をご存じですか?その半数のうち、希望転生者は約二十七パーセント、残りは札付き転生者と無希望転生者が支えています。残りの七十三パーセントのうち悪魔と堕天使は二パーセント程度、天使が約一パーセント。ちなみに…ベレトのような生まれつき動物の属性を持つ使い魔の転生者はこの世界では悪魔にはカウントされず、動物からの転生者としてカウントされる場合もあるようです…」


「うーん?そうなると俺やオセなんかはどうなるんだ?ハウラスもだけど」


 ストラスが微妙な表情になる。ジーンが唇を歪めて笑う。


「ストラスも転生してみたら分かるんじゃないか?ちなみにオセを調べたら動物からの転生者扱いになっていたよ。届け出を受理した職員の匙加減によるところが大きいように感じたね…転生前の情報を読み取る画像診断で出てきたイメージを見た者がどう捉えるかによるらしい」


「適当だなぁ…うっかり鳥類にされるのは不本意だな」


 ストラスが苦笑する。


「ですから…話を元に戻しますが、動物枠に悪魔や使い魔の転生者が含まれている可能性は否定できませんがそれも一パーセント未満で、いずれにしても悪魔や堕天使は少数なので、当初は私が札付き転生者を回収して魔界に戻っても、人口の変動に大きな影響は与えないと判断していました…」


「だろうね。別に問題ない。で?魔力回復薬が何だって?」


「社長…その前に一つ確認したいのですが、社長はいずれ魔界に戻る気は…本当にありますか?」


「……いずれはね。でもしばらくは戻るつもりはないよ。こちらの世界で…さすがにいつまでも老いないのも変だから少しずつ見た目は変えていくつもりだけどさ…二十年か三十年か…宮森には本人に判断を任せるよ。花咲さんが妊娠した以上、このままこちらにいる訳にもいかないだろうし、私も魔力が戻ってきたから使い魔の一人がいなくても、まぁ…なんとかなるし。何なら秘書はラウムに頼む手もあるから」


「イチカはどうするんです?妊娠させて…ほぼあれから軟禁状態でこの家の中にいるんですよ?社長がこちらに何十年か留まるつもりなら、イチカに対してこの世界における知識や資格をきちんと与えてあの子がもっと自信を持ってこの世界で生きていけるようにすべきかと思いますが。この家で子どもを産んで子育てして…世間と関わらせずに過ごさせるのには限界がありますし何より酷でしょう」


 ジーンの言葉にリツはヒヤヒヤした。けれども社長の口から出た答えは予想外のものだった。


「…誰もイチカをこちらに残すとは言ってないよ。イチカは臨月になる前に魔界に戻す。元々…こちらで出産させるつもりはなかったからね」


「え…?社長は…戻らないんですよね?イチカだけ戻すって言うんですか?そんなの…納得しませんよ?」


 リツは思わず声を上げる。


「するよ。暮林さんが誘えば行くって言うよ。魔界で一緒に出産しようって。私もまぁ…たまにはこっそり会いに行くし」


「……」


 リツは困り果ててストラスの膝の上で押し黙る。ジーンの膝の上でお腹を撫でられていたルイはずっと黙っていたが、社長の顔を見ると遠慮がちに言った。


「イチカ…聞いたら怒ると思いますよ?社長が残るなら自分もこっちで出産するって言うと思います。僕だったら嫌です。こんな風に一人で勝手に決められるのは」


 ジーンは何か思案していたが、やがて口を開いた。


「とりあえず社長の気持ちは確認しました。納得はしていませんからイチカの件に関する結論は今は保留にします。社長がしばらくこちらに留まる意思があるかどうかを確認したのは、社長はこの世界の仕組みそのものを変えようとして世界的な実験でも始めるのではないかと、それを危惧していたからです。とりあえずはこの国から…」


「別に…私はこの国…強いてはこの世界の人間が滅ぼうとも痛くも痒くもないんだよ。ただレリエルの話を聞いたらちょっと気になったのも事実なんだ。魔界はいち早く札付き転生者の回収を始めたけど、依然としてここが異世界の流刑地である事実は変わらないからね。むしろ回収に応じた世界の方が少ないし天界に至ってはトップが不在で代理人のサリエルが応じると言ったら天使は無理に回収しなくても大丈夫ですと言われたらしいじゃない。悪魔と天使の扱いにも非常に温度差を感じるよね?都合の悪いことにはこっそり悪魔を利用しておきながら、やっぱり印象が悪いからこの世界からは出て行ってほしいと遠回しにそう言ってるように聞こえるじゃないか。異世界の悪魔だってこちらが始末したのに、のど元過ぎれば熱さを忘れるってのは、まさにこのことだって思うよ?だから、ちょっとした嫌がらせだよ。私がやろうとしているのは」


 社長はそこで出ていたおつまみを口に入れる。ソフト薫製だ。燻した香りが鼻腔を刺激し旨味が口いっぱいに広がる。社長は満足そうな顔をした。ストラスが食べやすいサイズにちぎってリツの口元に差し出したので思わず食べてしまってからリツはルイの視線を感じて気まずくなった。


「嫌がらせで…世界を滅亡の方向に導くんですか?」


 ジーンはため息をついて、同じようにルイの口にもソフト薫製を入れた。ルイは嬉しそうに食べて目を見張る。どうやら気に入ったらしい。


「別に…カップル特典とか、色々やったらいいんじゃない?例えばうちの魔力回復薬を二人とも注文した契約パートナーには割引率を上げるとか…パートナーがいる方がお得だと思える特典を設ければ人はお得なものに弱いから、じゃあ契約パートナーになって一緒に購入しようとかなるかもしれないし…子育て特典とか…魔力回復薬に関してはこの先一応手は打つつもりだよ」


 社長はそう言って酒を飲んだが不意に妙な顔をしてリツの顔を見る。


「今更だけど…膝の上のパートナーが逆なのに全然違和感がないから、スルーしちゃったよ。魔力を与えるにしても、君たち仲良すぎじゃない?そのうち恋人を交換して楽しんだりできそう」


 社長の言葉にジーンはあからさまに嫌な顔をした。リツは今更過ぎる指摘に、社長は目の前の事象をどう捉えているのかと不安になった。


「そんな魔界のごく一部の過激な悪魔のやり方を踏襲したりはしませんよ。我々がお互いに許可したのは魔力の経口摂取のみです。社長だって口ではそう言いますが、イチカを参加させないじゃないですか。いつまでも自分がお腹の中にいた頃にお母さまの受けた仕打ちを恨んでいても、いいことはありませんよ」


 ジーンの言葉に社長の目が暗くなる。一瞬ルシフェルの顔になり社長はジーンに憎しみの表情を向けた。


「やめとけよ、クソガキ」


 そのとき廊下から声が聞こえた。ドアが開いて大人の姿のベルフェゴール大佐が現れる。大佐はなぜか腕にイチカを抱いていた。イチカは気まずそうにルシフェルの方を見た。そして言った。


「変な夢見て…目が覚めたらソーシがいないから…ちょっとパニックになっちゃって……」


「お前、パートナーの気配くらい探っとけよ。ったく…俺の方が反応早いとか…それこそアグラットに知られたら一日中嫌味を言われそうだ」


 気怠そうにそう言いつつも大佐はしっかり抱いた腕からイチカに魔力を送って落ち着かせていた。


「お前さ、俺から掠め取ったんなら、もう少しリリスを大事に扱ってくれないと困るんだよ。お前は妊婦の扱いに慣れていなくて戸惑ってるのかもしれないが、そう言ってる間にもどんどん腹は膨らむんだよ」


 大佐はルシフェルの顔を見下ろして嘆息した。

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