ミカエル&イオフィエルの場合 2
リツが悪魔の企みを知って慌てる少し前、自室に籠もったミカエルは不穏な動悸と必死に戦っていた。ベッドに辿り着いたものの、やっとのことでその上に倒れ込む。身体が熱い。最初は込み上げた怒りのせいだと思っていたが明らかにこれはおかしい。自分の唇から盛れる吐息の熱さに、媚薬を使ったリツの息遣いをふと思い出した。まさか、と思ったがそれ以外は考えられなかった。いつの間に?と思う。
「ミカエルさま!?」
背後で声が聞こえてイオフィエルが部屋に入ってくるのが分かった。
「来るな…イオフィエル…ダメだ…」
けれどもイオフィエルの姿が視界に入った途端にミカエルの中に言い表しようのない獰猛な衝動が沸き起こった。目の前の少女が急に女に見えた。少女の姿で誤魔化しているが、そこにいるのはすでに成熟した女だという事実をミカエルは急に腹の底で認識した。ミカエルと目が合った途端にイオフィエルも自分の欲望を意識したことをミカエルは感じ取っていた。悪魔の媚薬の効果を侮っていたことを彼は後悔した。
「ミカエルさま…あぁ…私…変です…」
イオフィエルはそう言うと大胆にもベッドに横たわるミカエルの上に乗ってきた。普段のイオフィエルならば絶対にしないことを、今イオフィエルはしていた。赤い顔をしてイオフィエルまでが呼吸を乱し始める。急激に神聖力が乱れてイオフィエルの体内からみるみるうちに減るのが見て取れた。
「助けて下さい…苦しい…です…」
ミカエルはすがりついてきたイオフィエルの危機を感じ取り急いで唇を重ねた。ミカエルはそこから自ら天使の力を注ぎ込む。それなのに、イオフィエルの身体は一向に満たされなかった。どこかから漏れている。その事実に気付いて、それがどこなのかに気付いた瞬間に、ミカエルは巧妙な罠にかかった己に気付いた。
「イオフィエル…ごめん…」
ミカエルは必死で理性を保とうとしながら低い声でやっとのことで呟いた。
「え…?」
「塞がないと…無理…みたいだ…注いでも…君の…身体から…神聖力が…漏れてる…」
イオフィエルはやけに自分の下半身が熱いことに気付いていた。力が漏れているせいだったのかと、イオフィエルはようやく納得した。ミカエルの指が触れる。下着を下ろされるのが分かった。
「ふさ…ぐ…?」
今まで一度も触られたことのない場所に触れられてイオフィエルは慌てた。変な気分だ。触れているのはほんの一部分なのに全身がしびれるような感覚がした。恥ずかしい。でもこれで治まるのだろうか。だとしたら耐えなくては。そう思ったのに苦しさは続いたままで、イオフィエルは少し意識が朦朧としてきた。
「イオフィエル…抱くよ…」
「…え…?」
ぼんやりし過ぎて聞き間違えたのかとイオフィエルは思ったが、そうではないことがようやく理解できた頃には、すでにイオフィエルは慣らされミカエルの準備は整っていた。
「ミカエル…さま…?」
圧倒的な何かがイオフィエルの中に入ってくる。熱い、とにかく熱くて、鈍い痛みと共に神聖力の漏れていた部分がようやく塞がれるのが分かった。ミカエルは少し苦しそうな顔をしたまま、イオフィエルの両手に自らの指を絡ませる。大きな手だと思った。あれほど剣を振るっていたのに豆一つなく滑らかだ。それにどちらかといえば繊細な指先。イオフィエルはそう思って近付いてきた相手の顔に気付いて目を閉じる。いつもの口付けだ。でも今日はまったく違う。自分の中にミカエルを受け入れている。そこまで考えたところで、自分は今、何をしているのかとイオフィエルは思った。
「動けない…もう少し…力…抜ける…?」
ミカエルの声がする。分からないままに頷いて、これがミカエルの言っていた抱くという行為なのかとイオフィエルはようやく理解した。ここに来る前にサリエルに聞いたらはぐらかされてしまったのだ。ミカエルに任せているから不安になることはない、と。ただ痛いかもしれないとは言われた。だからもっと怖いことなのかと思っていたのに、そうではないと気付いてイオフィエルはそこで力を抜いた。ミカエルはゆっくりと動き出す。
「うん…よく…できたね」
ミカエルに褒められた。滅多に褒めない上官が褒めてくれたので、イオフィエルは思わず微笑んだ。ところがミカエルは途端に驚いた顔をした。
「……!君って子は…どうして、このタイミングでそんな無防備に笑うんだ?私を煽ってるの?」
ミカエルが慌てたような怒ったような声を出す。イオフィエルは慌てて首を横に振った。そんなつもりはない。
「無自覚なのはもっと悪いよ!」
ミカエルが突然激しく動いたのでイオフィエルは思わず声を上げてしまった。まるで自分の声とは思えない悲鳴が上がって自分でもギョッとする。はしたない、と思った。天使がこんな声を上げてはいけない。
「私だって…初めてなんだ…手加減しようと…思っていたのに…こんなの…無理だよ!」
ミカエルは苦しそうに叫んだ。イオフィエルはすでに息をするだけでやっとのように、仰け反って喘いでいる。死んでしまわないだろうかと、ミカエルは一瞬不安になった。
(大丈夫だ。快楽に溺れているだけだよ。死にはしない。ミカエルもそのまま流されろ。考えるな。少しその固い思考を閉じておいてやろう…)
どこからともなく、アルシエルの声が聞こえる。一瞬頭を撫でられたような感覚がして、その後ミカエルは本当に悪魔の言葉通りに何も考えられなくなった。全身の感覚に集中する。ただひたすらに心地良い。流されろと言われた意味を全身で感じ取ってミカエルはとうとうそのまま己を解き放った。
***
「…イオフィエル…?」
ハッとして我に返るとイオフィエルは自分の隣で眠っていた。ミカエルは起き上がって自分の身体が神聖力で満ち足りているのを感じた。信じられないくらいだ。
「やっと目が覚めましたか?」
どこか不本意そうな声が聞こえて、ミカエルはそこにフィランジェルの姿を見た。
「天使には天使が付き添えと言われましたから、仕方なくです。私だって今は悪魔なんですけどね?まったく…ミカエル上官まで気絶してどうするんですか。二時間くらい寝てましたよ。身体はきれいにしました。リツが見たくないと言うから交代しました。それはそうですよね。自分のパートナー以外の裸を年頃の女の子が見たいかって言ったら…いくらミカエル上官の身体が引き締まった彫像のようだとしても、とても恥ずかしいと思いますから」
言いながら熱いタオルを渡される。そういえばおしぼりでガブリエルが顔を拭いていたと思ってミカエルは顔を拭いた。一気にスッキリする。
「もう少し後で…アルシエルがイオフィエルの様子を見に来ますよ。着床してるかどうか確認するそうです」
「あ…あのさ、フィランジェル…そんなに淡々と事務的に伝えないでよ…なんだか…怒ってる?」
フィランジェルは深いため息をついた。
「別に怒ってませんよ。事務的に伝えないとこっちだって恥ずかしくなる。悪魔と天使は着床スピードが似たようなものだって、ガブリエルとアルシエルが話した結果…そうなったので…まったくあの二人も変なところで競い合うから困りますよ。定期的にイオフィエルの身体の変化を確認して記録するんです。天使と天使は初めてなんですから、もしかすると悪魔の私たちとは違うかもしれないし…とにかく、ミカエル上官は終わった気でいますけど、結果がどうであれこの先もイオフィエルに寄り添ってあげないと、困るんです。妊娠するって大変なんですから」
そう言われてようやくミカエルは目の前の相手のお腹に悪魔と天使のハーフと、天使が宿っていることを思い出した。
「フィランジェル…悪かったよ。確かに私は今、使命から解放されたような気になっていた…」
ミカエルはしゅんとした。言われてみれば悪魔たちは終始パートナーのことを気にかけている。ストラスも事あるごとにルイを抱きしめたり膝の上に乗せて過剰なくらいにお腹をそっと撫でていたりするのを見せられてきた。見せられた?とミカエルはふと疑問に思う。あえて二人は見えるところでやっていた。遠回しに教えられていたのだろうかと思う。
「上官はどこか純粋な少年みたいなところが好ましく思っていましたけど、こういう場合はちょっとイラッとするなと思ってしまいましたよ。晴れて大人になったんですから、少しはパートナーに対する気配りも覚えて下さい。今回はイオフィエルも気絶していたから良かったですけど、イオフィエルが正気に戻ったときにパートナーが一人で気持ちよさそうにぐうぐう寝ていたらどんな気持ちになるか想像してみて下さいよ。私なら多分虚しくなります。アルシエルは絶対にそんなことはしませんけど」
そうまくし立ててフィランジェルは椅子から立ち上がった。
「イオフィエルの目が覚めたら、身体が大丈夫かどうか聞いてあげて下さいよ?痛いところがあったらその満ち溢れている神聖力で癒してあげて下さい、いいですね?」
念を押してフィランジェルは出て行った。ミカエルは枕元に畳んで置かれたバスローブに気付き袖を通した。イオフィエルはまだ眠っている。もう一度布団に潜り込んでミカエルはイオフィエルの頭を撫でた。もう何もなかった頃には戻れないのだと悟る。この手で穢してしまった、そう感じる自分と、これでイオフィエルは自分のものだと思う醜い欲望にまみれた自分が姿を現した。それにこれでガブリエルがなんと言おうとイオフィエルは自分のものだという所有欲までもが顔を出し、頭の中が葛藤でどうにかなってしまいそうだった。何も考えずに敵と判断した相手をただ排除していたあの頃の方が楽だったとミカエルは思った。なぜこんなに苦しいのか。イオフィエルなら抱ける、イオフィエルならきっと己を受け入れる、どこかそういった思い込みもありながら闇雲に突き進んできた結果こうなったのに、それを喜ぶ自分と後悔する自分との相反する感情に責め立てられる羽目になるとは思ってもみなかった。それよりも、何よりも。
(この突然訪れた変化を…イオフィエルはどう感じているのか…)
もしも目覚めてすぐの言葉が拒絶だったら。ミカエルはまるで獣のような衝動に身を任せた己の行いを顧みて、イオフィエルが目覚めるのを少し恐れていることに気付いた。とんでもないことをしてしまった自覚はあった。フィランジェルは怖くないと言っていた。でもそれは相手がアルシエルだからだと。ではイオフィエルは?自分に抱かれたイオフィエルはどう感じるのだろうか。納得してここに来ている前提だが、果たして本当にイオフィエルは納得していたのか。それすらが急に不確定なものに感じられて、ミカエルは鬱々と考えを巡らせる羽目になった。




